放蕩息子

「はあ困ったなあ」


 オルランダは女中部屋らしき狭い部屋で軟禁されていた。

 外側から鍵がかけられたままで、窓らしい窓もない部屋。


「ゴーシェ達にも会えないし……」


 しかしながら初めて眠るふかふかのベッド、着替えに出されたのはレースの寝間着。

 おそらく自分だけ厚遇されてる気がしてならない。

 持ち物の本もそのままだ。

 するとドアがコンコンとノックされた。


「入ってもよいかな、マダム」


 マダム、なんて呼ばれたのは初めてのことだ。


「えっとその……どうぞ」


 一体誰だろう? そう思って返事をすると外側から鍵が開けられ、室内に一人の青年が入ってきた。

 黒い緩やかな波を打つ髪を後ろで縛り、中世的な顔立ちをした、青い目が印象的な背の高い男性だ。

 オルランダには区別がつかなかったが、上質すぎるレースのシャツを着こなし、目と同じ青のサッシュベルトに、銀色に輝く剣をいている。

 これまたオルランダはあまり知らないのだが貴族風の黒いズボンにぴかぴかの長靴、銀の拍車が付いている。


「今朝食を運ばせる、そのままベッドに座っててくれたまえ」


 この声には聞き覚えがあった、確かゴーシェを蹴った将軍風の男!


「あなたは……!」


「紹介がまだだったな。でもその前に朝食をどうぞ、その後ゆっくり話そう」


 本物のお仕着せの女中が入ってきてベッドに座るオルランダの前に卵を落とした粥飯かゆと水を置くと出て行った。


「粗末な食事で悪いね、こんなものしかここでは出せないのだ」


「都で私が食べていたものに比べればとんでもないご馳走だわ、ありがとうございます、えっと……」


「アルチュールだ、ここのどら息子だよ」


こんどこそオルランダは目を丸くした。

目の前の男は貴族だというのだ!


「あっ、あの……数々のご無礼をお許しください」


「そんなに固くならないで、貴族といっても都の気取った連中とは違う。本当のどら息子だからね」


「とてもそのようには見えません、まるで昔話の王子様みたいで……」


「ははは、わたしは都では近衛隊の中間管理職のくせに、上司を殴って今は田舎に引きこもってる。つまりは謹慎中の身さ」


「えっ、近衛隊……」


 オルランダの記憶を辿るにあの時ボージェスの庵から出てきたのが近衛隊だったはずだ。


 アルチュールは何かを知っている?


「近衛隊とは、国王の身辺警護をする貴族で構成された軍隊のことだ。それが何か?」


「いいえ……わたしは何も」


「珍しい、金の髪をしている」


「これが元で見世物として売られたのです」


「ふむ、流民かね?」


 ここでアルチュールは身分についてくどくど言ってくるものとオルランダは思っていた。

 なぜなら流民でいることは差別されることと同質であったし、相手が貴族であるのなら尚更だった。

ところが――


「なあ君、わたしはこの国の身分制度を一番ばかばかしいと思う者としての自負があるのだよ、わたしは貴族、君は流民。その前に同じ人間ではないのかね? 身分にかこつけて威張り散らしてる連中ほど醜いものはない、それに君のその髪、美しいじゃないか。髪は黒くなければならないと誰が決めた?」


「アルチュールさま……」


 熱弁を振るうアルチュールに少し気圧されながらも彼の理想には称賛を送らざるを得なかった。


「こんな格言がある、天は人の上に人を作らず。その通りだ、王族であろうが流民であろうが天下のもとには平等であろうよ、だからわたしがこんなどら息子を演じてやるのもあと少しだ」


「?」


「事件を解決したら都に戻る、そしてわたしは一人でも世間を変えてやる」


「……事件を解決?」


「ああ、まだ言ってなかったか。ふむ、そういえばまだ寝間着だし元着ていた服は男物だったな……出来る範囲で君には便宜を図ろう。不便だろうがあのゴーシェとダオレという者の疑いが晴れるまでは君も軟禁しなくてはならない」


「えっ……何故ですか!?」


「賊が入ったのだ、その嫌疑があの二人にもかかってる、とはいえ犯人と決まったわけじゃない」


「いったい何が起こったのですか?」


「殺しだ」


「ええっ!!」


「殺されたのはこの領地の守護である、ボレスキン子爵。わたしの従弟その人だ」


「ん? ここは伯爵領ではないのですか? このお屋敷も伯爵さまのお城で」


「伯爵家の本宅は都にある、ここは我が家の主有する領土だ、所謂荘園だ。そしてここは田舎の平城ひらじろ


「しょうえん……」


「古来より吾が伯爵家に仕える農民たちが、ナツメヤシを栽培する広大な農園がある。そのうち見せてあげよう……ああここの農民たちは農奴ではない、わたしがすべて解放したが、なおかつ当家に仕えるいと言って残った者達なのだ」


 こんなところにもアルチュールの理想は体現されていた。


「……そういえばどうして従弟の子爵さまが亡くなったと?」


「彼が亡くなったことは皆知っている、だが遺体がどこにもないのだ」

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