2.ボレスキン伯爵

アルチュール・ヴラド

 あくる朝目を覚ますとそこは牢の一角であった。

 縄でご丁寧に縛られている、せめてボージェスの庵にある自室のベッドで目覚めればよかったのに。

 ここは堅い石でできた狭い寝台だ。

 反対側にはやはり縛られたダオレが寝かせられている。

 自分のグラムも懐剣もダオレの鉈も没収済みだ。

 どうやら牢は地上で塔の上のようだった。

 石壁の隅間から入る朝日が眩しい。

 唯一の入り口にはボレスキン伯爵家の紋章を付けた兵士が見張りに二人ばかり立っていた。


 オルランダはどこだろう?

 そう思って石の寝台で横たわっていると、金属音を立て塔の階段を昇ってくるものがいた。

 二人の兵士に敬礼すると牢に入ってくるではないか!

 男は青い瞳が印象的な柔和な顔立ちこそすれ、背が高くがっしりとした体つきで長めの黒い髪を後ろで縛り、鎖帷子を着て腰には長剣をいていた。

 狭いのに抜く気でいるのかこの男……そう思って男を見ていると、彼は慇懃に挨拶をした。


「先ずは昨晩の無礼を。そなたを蹴ったのはわたしだ、悪いことをした。よく眠れたかね?」


「……何者か名乗ってもらおうか、最近名乗らぬ無礼者が多すぎるのでな。オレはゴーシェだ。あんたは?」


「わたしはアルチュール・ヴラド、この城の警備主任のようなものだ」


「そこに転がっているのがダオレだ。もっとも本名ではないようだがな、アルチュール殿」


「ダオレ君はまだ眠ってるようだな、君たち一行が何者で何が目的なのかは話せないかね?」


「牢の中で縛られたままでか? 大概にしろよ?」


 思わずゴーシェは悪態をついたが、アルチュールは一向に気にかけていない様子だった。


「悪いが君たちの目的が政府転覆や、王権の簒奪だったりすると生かして伯爵様の領地から出すわけにもいかないからね、縛ったままで頼む」


「そのどちらでもねえよ、オレは砂漠の学士。養父を殺された故下手人を探してるだけだ。ここに迷い込んだのは都へ行く途中だからだ」


「ほう学士風情が仇討ちか、都は逆方向だと思ったが?」


 アルチュールの青い瞳が細められた。


「信じるか信じねえかはアンタら次第だ、オレの荷物の中に狼の乳を飲む赤児の紋章が刻まれた懐剣があったはずだ、それが養父を殺した下手人の残した証拠よ」


「………………」


 アルチュールは思案していたが急に声を出した。


「ダオレ君、起きているのなら会話に参加してくれまいか?」


 ダオレは吃驚して飛び起きた。寝ているふりを看破されてかなり驚愕している。


「なるほど、で、ゴーシェ君。きみたち一行はゴーシェ君が取り纏め役でダオレ君とオルランダさんが仲間、というわけか」


「仲間……とかそんなんじゃねえよ、行きずりでここを目指していただけだ」


「ほうそれで、きみたちは下手人を探す以外に何をしに伯爵さまの領地へ?」


 そう訊かれるとゴーシェは黙りこくった。


 まさか無計画に目指していたとも、何かここで収穫があろうと漠然と考えていたとも、この警備主任を名乗るアルチュールの前では言えまい。


「縄を解こう」


 急にアルチュールが言ったので二人は面食らったが。手首が鬱血していたので、これはかなり嬉しい申し出だった。


 アルチュールが短刀で縄を切るとようやく二人は戒めから解放された。


「してあなた方は何故ここへ来た?」


 しかし相変わずゴーシェは黙っていることしかできない。ダオレも同様であった。


「ふむ、言えないなら牢ここに入ってもらうまでだ、何、その牢はしばらく使われてなかったので君たちを歓迎するだろう。ではな!」


「待てアルチュール!」


 思わずゴーシェは叫んでいた。

 退室しようとしていたアルチュールが振り向きざまに歩を止めた。


「オルランダはどうした!」


「彼女は手厚く歓迎している。心配するな」


 大業な金属音を立ててアルチュールは出て行った。


「大丈夫ですよゴーシュ、伯爵はおそらくオルランダを手厚く歓迎しています」


 先ほどまでだんまりだったダオレが口を開いた。


「なぜそんな事が判る?」


「ふふふ、勘ですよ」


「気持ち悪ぃな」


 そう言ってゴーシェは再び石の寝台に横になった。


 少しでも早くここから脱出することを考えなくては……いつまでも牢になんかいられない。


 オレは都を目指すのだ。

 そうして牢の中を見回した。

 見張りがぴったりと塔の階段側に着いている、次いで光の漏れる塔の窓を見た。

 隅間は8ゲイグ(10センチ)程しかないし何せ物凄い高さであることが分かった。地上からこの牢は15プロム(25メートル)以上のところに位置していた。

 ここからの脱出は到底無理だ。

 見張りを倒すしか方法がない。

 だが剣は取り上げられている上こちらは牢の中……どうすれば?


「ゴーシェはここから出たいと思っているのですよね?」


「当たり前だ」


「オルランダさんが助けに来てくれるかもの知れませんよ」


「まさか! あいつが? 何故そう思った」


「勘です」


「また勘か……」


 だがオルランダには神の左手……ふしぎな力がある。

 存外に彼女が何か鍵となるかもしれない? そう思いゴーシェは少しの間待つことにした。

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