1.賢者ボージェスの庵
剣の束
「オルランダ、様子がおかしい。今出ていったのは何者だ?」
小声でゴーシェは話しかけた。
「あまり都で見る機会はなかったけど、おそらく近衛兵……」
「王の飼い犬がボージェスに何の用だ!?」
「……わからないわ、でも馬で乗りつけてくるなんて穏やかじゃないわ」
二人はしばらく様子を窺っていたのだが、
「行くぞ!」
ゴーシェは抜刀して砂丘を滑り降りた。
ボージェスの庵の木製の地下への入り口を足で蹴り破る。
そこには陽の射さぬ真っ暗な通路が口を開けていた。
ゴーシェは慣れた様子で、その内側へと滑り入ってしまった。
「ちょっ、待ってよゴーシェ!」
オルランダは急いで彼を追った。
内部は意外にも広い空間で、下り階段を降り切ると砂の時折零れるホールが広がっていた。
そこには剣を持ったままのゴーシェが立っている。
「来たのか」
「置いていかないでよ!」
ゴーシェは腰の革袋から火打石を取り出すと、部屋の隅から立派なランプを取り出した。
「天井からの採光が見えるだろう? あれがあるうちに、火打石を使ってランプに火を灯せ」
オルランダは火打石の使い方には不慣れだったが、ゴーシェの弁からして真っ暗になってしまうに違いなかったから、必死にランプに火を灯した。
「油は充分か」
「なみなみと入っているわよ」
「気を付けて運べ、着いてこい」
ゴーシェはホールの隅にある下り階段を下り始めた。
ランプを持ったオルランダが追従する。
いくつか角を曲がると砂漠とは思えぬほどひんやりとしていた。よく見ると足元の水路を透明な地下水が流れている。
漸くゴーシェに追いつくとそこは大きな扉で、円形のノッカーが付いている。
「――ここがボージェスの部屋だ」
ゴーシェはノッカーをガンガンと叩いた。
「ボージェス! ボージェス! 居るのか、返事をしてくれ、ゴーシェだ帰ったぞ! ボージェス! 無事なのか? 返事をしてくれ……」
再びノッカーを叩くが室内から何の返答もない。
「クソ……これは最悪の事態を想定した方がよさそうだな……オルランダ、下がってろ!」
ゴーシェが扉を開けるとそこは本でいっぱいの部屋で、机に突っ伏した人物が腰かけていた。
「ボージェス、何故返事をしない!?」
近づいてゴーシェは舌打ちした。
「クソッ! 殺されてる! 来い、オルランダ、賊がまだ残ってる可能性がある離れるな!」
「ええっ!?」
いきなりのことにオルランダは右往左往したが、ランプの明かりを手にゴーシェの隣まで辿り着いた。
「見ろ、この短刀で延髄えんずいを一突きだ」
翁の頸の後ろに短刀が突き刺さっていた。
灯に照らし出されたのは真鍮の短刀で、束には狼とその乳を飲む赤子の意匠が彫られていた。
「都でこの意匠を見かけたことは!?」
非常な激情でもってゴーシェは詰め寄った。
「見たことないわ……さっき出ていった近衛隊のものとも違うし」
「畜生! 都に行ってこの下手人を討つ!」
「落ち着いてゴーシェ、あなた本当にがらくたの都へ行くの?」
「お前にボージェスの無念が分かるか!」
「でも近衛隊とこの剣の束の意匠の関係は何なの? 王家と関係があるならボージェスという人も何か王家に狙われる理由があったはずよ」
「考えつかない!」
「あなたさっきから頭に血が昇りすぎよ、心中察するけど少しは落ち着いて!」
「こんなに落ち着いている!」
「じゃあ、あなたの命も多分危ないわね。だってボージェスではなくあなたが標的だってことも十分考えられたんだから」
「……なんだと」
ゴーシェの顔色がみるみる変わった。
そのとき後ろの扉が勢いよく開いて二人の賊が入ってきた。
「そういうことだデュランダー・カスパル! その命頂戴する!」
「ここで養父と共に朽ち果てろぉおおお!」
「させるかっ、下がってろオルランダ!」
ゴーシェは剣を構えると賊に向き直った。白刃がみるみる黒く染まっていく。
「あれが噂に聞くグラムか!」
「憶するな、挟撃するぞ!」
二人の賊は一斉にゴーシェに切りかかってきた。
「死ねぇええええええ」
ゴーシェは一人目の賊の胸倉を片足で思い切り蹴り飛ばすと、返す刀で二人目の賊の胸板を袈裟切りに切った。――だが、
「浅いわ!」
刀傷は賊の着ているレザーメイルにざっくりと傷をつけたに過ぎなかった。
一方蹴り飛ばされた方の賊は部屋の反対側まで飛ばされ、思い切り喀血した。
「畜生餓鬼だと思ってからに、舐めやがって」
血痰を吐きながら賊は悪態を吐いたが、ゆっくりと立ち上がり再びゴーシェとの距離を詰めていく。
「やはり実戦経験が足りないな、そこの扇情的な恰好の小娘は後でゆっくりと我々が頂くとしよう」
「デュランダー・カスパルの首を取ったと言えば、あの方もさぞかし沢山褒美をくれるだろうさ、
二人の賊は下卑た笑いを見せながらいつでもゴーシェに飛びかかれる距離を取った。
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