お買いものに行こう!
豚の挽き肉。キャベツ。ニラ。生姜とニンニク。餃子の材料を入れたカゴを持って、惣次郎と日和、小狐はスーパーに来ていた。
午後の二時。夕食の買い出しに来る主婦たちと時間帯が被ったようで、店内は程良く混んでいる。その中でも比較的に人通りが少ない日用品コーナーで、惣次郎は沈んでいた。買う予定もない、トイレ掃除用品の前で屈んでいる。気遣うように日和が惣次郎の背中をさすった。眉を下げている日和の横で、惣次郎が沈み込むことになった元凶である小狐はどこ吹く風だ。
惣次郎が落ち込むことになった発端は、こんなものだった。
精肉のコーナーを見ていた時に、小狐が鳥もも肉のパックを突いたのである。いつもの調子で、惣次郎は「こら、ダメだろ。それは売り物だぞ」と注意をした。しらっとした小狐をよそに、慄いたのは日和だった。慌てて、惣次郎の腕を力強く掴む。ダメだダメだと首を振る日和が、惣次郎には意味が分からなかった。だが「どこに行くんだ、勝手に走るな」と、卵コーナーに駆けていく小狐に声を上げたところで、異様さに気づいたのだった。
周りの客たちから、奇異な目線を受けていた。ちらり、ちらり。危ない人を見る目で、惣次郎を窺ってくる。中には、ひそひそと客同士で話す声も聞こえていた。
小狐の姿は、他の人には見えない。そのことをようやっと思い出せた時には、惣次郎に血の気はなかった。
誰も居ないところに向かって、一人で喋っている。そんな怪しい人物に、惣次郎の姿は映っているのだ。
惣次郎は、集まる視線から逃げるように精肉コーナーを離れると、日用品が並ぶ棚の前で崩れ落ちた。カゴをそのままにして帰ってしまいたいくらいだったが、日和も居り、小狐も居る。何より、これから大事な餃子パーティーが控えていた。材料は買って帰らなくてはならない。
一頻りに頭を抱えてから、惣次郎は寄り添ってくれている日和を見た。
想像の中で、日和の苦労を分かった気でいた。だけど、実際に身を持って体験してみると、思っているよりも辛いものがある。自分には見えている。そこに在るのが当たり前の存在を、誰にも認識してもらえず、分かってもらえない。惣次郎には日和が居たが、今まで誰も居なかった日和は、どんなに苦しかったのだろう。長い間、孤独に苦しんでいたに違いない。心配そうに顔を覗き込んでくる幼い少女を、惣次郎は泣きたくなる思いで見返した。
「阿呆じゃな」
雰囲気をぶち壊して、小狐が鼻で笑った。
「あのな、元はと言えば、小狐が勝手なことするからだろ」
他の人から見ても不自然でないように、潜めた声で惣次郎は言う。
「ははん。ここでは好き放題に出来るわい。どーれ、まずはあの美味そうな菓子でも食ってやるかの」
人の目を気にして注意ができないのをいいことに、小狐は狐らしく、悪戯に目を細める。惣次郎は仏頂面のままで「餃子なしな」と容赦なく言った。その宣告は効いたようで、こめかみをピクピクとさせながらも「なんと姑息な」と呟いて、小狐は一転して大人しくなった。
気を取り直してレジを通ると、惣次郎たちは車に揺られて帰路に着いた。日和と小狐は、後部座席に座っている。カーステレオから流れるのは、今若い世代に人気だというアイドルグループの曲だ。小狐が見ていた音楽番組から情報を得て、スマートフォンにダウンロードしておいたのだ。Bluetoothなんてハイカラな方法ではなく、FMトランスミッターで、カーステレオに付いているラジオへと電波を飛ばしている。時折、電波が乱れて雑音が入った。
家に辿り着き引き戸を開けると、家に声をかける間もなく、にゅうと座敷童子が顔を出した。日和に苦手意識を持たれていると知ってから、座敷童子なりに気を遣っているらしい。だが、初老の着物姿の女性が物陰から覗いている姿は怖いので、正直なところ普通に出てきてほしいものだった。
初老の女性に化けているのがいけないのでは。そう惣次郎は思ったが、今から若い女の子の姿形に変わられても心臓に悪いので、言わないでおく。
「おかえりなさいませ」
柱の陰から顔だけを出したまま、座敷童子は言った。
座敷童子が気を遣っているように、日和も座敷童子のことを気にかけていた。仲良くなりたいみたいだよ、との惣次郎の言葉が効いたのだろう。まだ顔は強張っているものの、惣次郎の陰には隠れずに、日和は頭を下げる。瞬間、座敷童子の顔色が明るくなった。
惣次郎は肩の力を抜いて、上がり框にのぼった。家の中では誰の目も気にしなくていいのだと思い、安堵の心を持ってしまうと、大分あやかし達に毒されているような気がする。
日和、小狐と座敷童子と、並んで手を洗うと、台所に集まった。
日和と小狐は子供用のエプロンをしている。日和はピンク色で、胸元にマグカップと同じうさぎのキャラクターのアップリケが飾られている。小狐のものは水色だ。胸元には、うさぎの対のキャラクターらしいクマのアップリケがあった。惣次郎と座敷童子は割烹着姿である。何もここまでしなくてもと惣次郎は気がすすまなかったのだが、衣装を揃えることも大切だと座敷童子は言って譲らなかった。
真新しいエプロンに身を包んで、顔を綻ばせている日和を見て、一理あったなと惣次郎は思う。得意げに座敷童子はほくそ笑んでた。
「じゃあ、まずはキャベツを切ろう」
台所の作業台に置いていた丸々一つのキャベツを持つと、日和と小狐が「おー!」と拳を上げた。
作業台の上では狭いので、居間の卓袱台にまな板を二つと、包丁を置く。この日の為に、子供用の包丁も二本、買っておいたのだ。エプロン、包丁と出費が続く。キャベツを半分に切り分けたところで、不意に声がした。
「あれ? もう準備してたの?」
声がした方を見て、惣次郎は飛び上がらんばかりに驚いた。居間の入り口に、由良と千景が立っていたのだ。
「何勝手に入ってきてんの!?」
今まで、由良に対して敬語で話していたのだが、それも忘れて惣次郎は目を大きくする。
「何って、玄関が開いてたから」
最後に家に入ったのは惣次郎だ。いつもの癖も手伝い、しっかりと施錠をしたはずだった。いつの間に開けられたんだ。恨めしく座敷童子に目を向けると、座敷童子はぽかんと口を開けていた。視線は一点に向けられている。由良の顔だ。みるみる内に、座敷童子の顔に熱がともっていく。ぽうと赤面して目を輝かせる座敷童子を見て、惣次郎は「うわあ」と小さな声を出した。今、惣次郎は、一人の座敷童子が恋に落ちる瞬間を目撃した。
「えっ! 小狐!?」
小狐は由良から距離を取ると、尻尾を膨らませて臨戦態勢を取った。両手を床に着いて腰を高くした姿は、さながら獣である。
日和も驚いたらしい。惣次郎と同じく、小狐の大きく膨らんだ尻尾と、愛らしい顔に似合わない口許から覗く鋭い犬歯を、目を白黒とさせて見ている。
「これが噂の稲荷神かあ、いやあ、こんな可愛い神さまは初めて見たなあ。話すのは初めてだよね。はじめまして……なんだか、また新しいのも居るようだし」
由良は至極安穏としていた。まるで小狐の敵意を剥き出しにした姿が見えていないようである。のほほんと微笑み、小狐と座敷童子を交互に見ている。冷や冷やとしているのは惣次郎と日和だけのようで、座敷童子はほおを染めたままだったし、千景は由良の前で傍観していた。
「坊主、わしを祓いにきたのか」
小狐らしくのない低い声だった。
「神さまを祓うなんてとんでもない」
両手を上げて降参ポーズをし、由良は心外だと目を丸くした。
「餃子パーティーをするって聞いたから、来てみただけだよ」
小狐の目が惣次郎を向く。惣次郎は日和を見た。日和はらくがき帳を開くと、慌てて文字を書き殴った。
『わたしがおしえました』
一度、古賀さんの畑に行ってから、日和は二日に一度は農作業の手伝いに通っている。そこで、千景とも会っていたのだろう。
犬歯こそは隠したが、毛は逆立てたまま、小狐は面白くなさそうに喉を鳴らした。
「何故、坊主なんかを呼んだのじゃ」
困ったように、日和は眉尻を下げる。
「別に呼ばれてないよ」
日和の代わりに答えたのは千景だった。
「餃子パーティーをやるって聞いただけ。それをこの人が、面白そうだから行ってみようって」
呆れたように、千景は由良を見る。由良は相変わらずだった。にこにこと笑顔を崩さない。
「秋の彼岸も終わって暇でさあ。小狐ちゃんも見てみたかったし」
由良の声は浮薄だ。小狐は屈託したようで、高くしていた腰を下げると、膨らませていた尻尾もしぼめた。戦意喪失だった。顔には「なんじゃあこいつ」と張り付いている。惣次郎も同意見であった。神社や寺が嫌いはしと日和から聞き及んではいたが、小狐は本当にそういったものが嫌い——警戒心を抱いているらしい。
「手伝うからさ、仲間に入れてよ」
昭和のアイドルのように、ウインクでも飛んできそうだった。
由良の言葉にいち早く反応をしたのは、座敷童子だ。惣次郎がいいと言う前に、どうぞどうぞと席を空け「お召し物が汚れます故」と、自らが着ていた割烹着を勧める。由良は「僕はからっきし料理がダメでね、包丁は遠慮するよ。でも、手先は器用なほうだから、餡を包むのは任せて」と、小さくガッツポーズをした。餃子パーティーをやっていると知っているのなら、なんで袈裟姿で着たんだよと、惣次郎は呆然としながらも心の中で突っ込んだ。
そうして、四人の予定が六人に人数を増やし、餃子を作っていくことになった。
キャベツを刻む。ニラを刻む。生姜とニンニクも微塵切りにしていく。
宣言通り、包丁を使う過程は清々しくもスルーした由良は、ニコニコと微笑みながら様子を傍観していた。日和と千景が、包丁を代わりばんこに使いながら、慣れない手つきながらも器用に切り刻む。
一番に危なっかしいのは小狐だった。包丁を握ったことがなかったのだろう。あまりにも手元が覚束ないので、小さな生姜やニンニクは任せられなかった。小狐は、座敷童子に鼻で笑われながら、顔を真っ赤にしてキャベツを切っている。千切りと呼ぶには荒いものだったが、歯応えのある餃子になっていいだろう。
刻んだ野菜を二つのボールに分けて入れると、豚の挽肉も投入する。そして調味料を混ぜ合わせ、こねていく。
小狐は疲労困憊といった様子で、うなだれていた。危なっかしい手つきに、惣次郎や座敷童子からの指摘が横から後ろから入り、慣れない作業だと言うことも手伝って、気が張っていたらしい。
「もうわしは嫌じゃ……わしは食べるだけが良い……」
消沈してぼやく小狐に、腕まくりをしたのは由良だった。
「じゃあ僕の出番だね」
座敷童子が、手早く薄いビニールの手袋を差し出す。「ありがとう」と花の咲くような笑顔で受けると、由良は小狐がこねるはずだったボールに手を入れた。座敷童子は赤面している。惣次郎はなんとも言えない面持ちで、それを眺めていた。惣次郎か座敷童子が仕事を引き継ぐであろうと思っていた小狐は、耳をピンと立てると、恨めしそうに由良を睨みつけている。
「何故お主がやるのじゃ!」
「ずっと小狐ちゃんに任せっぱなしだったからね」
日和と千景、小狐と由良。知らず知らずの内に出来上がっているチームに、小狐はわなわなと声も出ないようで唇を震わせていた。
日和と千景は順調そうだ。二人で片手づつボールに手を入れて、和気藹々と餡をこねている。日和が話せない分、寡黙な千景と上手く歯車が合っているらしい。
「もうそろそろ大丈夫かな?」
二つのボールを見比べて、惣次郎はテーブルに餃子の皮を用意した。指を濡らす水が入った小鉢もセットする。
材料をテーブルの中心に置いて、円を描くように皆が座る。小狐は由良と距離を置き、憮然とした顔で惣次郎の横に座った。
「ちょっと小狐、それは餡を入れすぎだよ。あ、千景くん、上手。お店の餃子みたい」
惣次郎と座敷童子も加わり、餃子を包みあげていく。
小狐の包み方は大胆だった。皮から餡がはみ出していても気にしない。千景は器用で、一つ二つと作っていく内に、要領を掴んでどんどんと上達していく。由良も上手い。
意外なことに、一番に餡を包むのが下手なのは日和だった。小狐の餃子は餡が多く焼売のようになっているが、日和のものは餡が少なすぎてまるでワンタンのようになっている。
日和が持った餃子の皮の上に、惣次郎がスプーンですくった餡を乗せる。同じように惣次郎も一枚の皮を持つと、見本を見せるように餡を包み込んだ。
「ほら、こうやって包んでいけば……簡単だよ」
由良や千景ほど美しくはないが、家庭のものらしい餃子が出来上がる。手の平に乗せた餃子を見せると、日和も必死に真似をして餡を包んでいった。出来上がったのは、不恰好ではあったがワンタンではなく、きちんとした餃子であった。
「下手くそじゃな」
「小狐も人のこと言えないだろ」
ぷくくと笑った小狐を、惣次郎が嗜める。
「……日和?」
餃子を両手に乗せながら、日和は呆然としてテーブルの上を見ていた。いや、正確にはテーブルを囲む面々の顔を、ぽかんと口を開けながら眺めていた。
訝しんで惣次郎が日和の名を呼ぶが、反応はない。日和の隣に座っていた千景が、惣次郎に代わって顔を覗き込んだ。はっとしたように焦点を合わせると、日和は顔を赤らめて俯く。
なんだろう。問う暇もなく全ての餡を包み終えると、テーブルの上に次はホットプレートを設置する。長年、押入れの中で埃を被っていた代物だ。ようやっと日の目を浴びて、喜んでいることだろう。
火の番を座敷童子に任せて、惣次郎は台所へと引っ込んだ。餃子だけなのも味気がないので、中華スープを作ろうと思ったのだ。
「仲良くやってるみたいだね」
黙々と葱を刻んでいると、後ろから声がかかった。由良だ。手を止めて振り返ると、割烹着を脱いで袈裟姿になった由良が、居間と台所を区切る柱に背を預けていた。
「おかげさまで」
惣次郎は俎板に向き直った。
「稲荷神って祟りが酷いって聞くから、少しだけ心配に思ってたんだけど、あんなに生意気で可愛い小狐ちゃんだとは思わなかったよ」
水を張った鍋に、刻んだ葱、裂いたカニカマを入れて、火を点ける。
「それはないって言ってたじゃないですか」
「うん。そうだね、あの時は弱っていたから。もし力を蓄えたら違うかも知れないじゃない」
だから、来てみて良かったよ、と続けて、由良は緩慢な瞬きを落とす。惣次郎は再び、作業台に向かい直した。
由良なりに心配をし、餃子パーティーをいいキッカケとして、訪れてくれたと言うことなのだろうか。
「それで、どうでした?」
「まだ祟る力もないらしい」
「……ああ、確かに、座敷童子もそんなこと言ってました。あいつは大丈夫だと思います」
枯葉が落ちる程度の間が空く。
「小狐ちゃんや、アレは座敷童子かな。それだけじゃないよ。日和ちゃんとも、大分良くやってるみたいだね。良かったよ」
水で戻していた塩蔵ワカメを洗いながら、惣次郎は傍らを見た。柱に寄りかかっていた由良が、隣に立っている。
「でも、あやかし者と仲良しこよしもいいけど、ちゃんと線引きはしなくちゃダメだよ」
今だ煮えない鍋を見ていた由良の黒目が、ゆっくりと流されてきた。目と目が合う。ワカメを洗う手を忘れたように止め、惣次郎は固まった。由良が微苦笑を漏らす。
「餃子、楽しみだね」
それだけを言い残すと、由良は居間に戻っていった。
惣次郎は何とも言えない気持ちだった。由良の発言に驚いたのではなく、動揺したのでもなく。紛らわすように、沸騰し始めた鍋に鶏ガラスープの素と塩を入れ、溶き卵を回し入れる。最後にワカメを投入して、胡椒を一振り。出来上がったスープをお盆に乗せると、丁度良いことに餃子も焼きあがったようだった。居間から日和と小狐が呼びに来る。
「惣次郎、早くせぬか。冷めてしまうぞ」
先程までの憮然面はどこにいったのか。餃子の焼ける匂いに食欲をくすぐられたようで、小狐はほおを緩ませていた。日和も嬉しそうに、今か今かと惣次郎のことを待っている。思わずの笑いを零しながら、二人に急かされて惣次郎は居間に入った。
座敷童子と千景が、醤油皿に餃子のタレを作っている。はたから見ればお婆ちゃんと孫である。それを、由良はテーブルにほお杖を突いて眺めていた。由良と千景。どのような家族なのか、この少しの間だけでも知れる。千景は、由良よりもしっかりしていて、働き者のようだった。
スープのお椀も各自に配り終え、全員が席に着くと、一斉に手を合わせた。いただきます。一番を切ったのは小狐で、ゆったりと最後を閉じたのは由良であった。子供三人、成人三人ーー座敷童子は食べないため、正確には大人二人にしては多い餃子を、思い思いに突いていく。餡の歯応えで、小狐たちが作ったものなのか、日和たちが作ったものなのかが分かった。小狐たちのものは身の野菜が大きく、歯応えがあって食べ甲斐がある。日和たちのものは、歯触りが優しく、肉汁も滑らかに感じた。座敷童子を除き、皆が餃子に舌鼓を打っていると、不意に由良が箸を止めた。
「いやあ、嬉しいよ。普段は千景と二人だからね。こんなに賑やかな食卓は初めて。ね?」
同意を求めて、由良が千景を見やる。
「そうだね。いつもはカップラーメンとかばかりだから。ありがとう、日和」
スープの腕を置いて、千景は日和に横目を投げかけた。
驚いたように目を丸くして、日和は押し黙る。ひゅ、と小さく、息を飲んだ後が、惣次郎の耳には入ってきた。恥じらい、戸惑いながら日和が俯いた。
惣次郎も、日和とは別の意味で驚いていた。由良の家庭環境を詳しくは聞いていなかったが、息子が居ると知って、当然のように奥さんも居るのだろうと思っていたのだ。だが、いつも二人だということは、あの広い邸宅に、由良と千景の二人暮らしということなのだろう。
「なんと、カップラーメンばかりですと!」
感極まったように、座敷童子がテーブルに身を乗り出した。
「また、いつでも食べに来てもらえば良いではないですか! のう、惣次郎様!」
座敷童子の言葉に、顔を顰めたのは小狐だ。
「何を言っておる。こんなことが頻繁にあったら迷惑じゃ! 坊主なんかと会いたくないわい!」
「おやおや、嫌われちゃったみたいだね」
箸をテーブルに叩きつける勢いの小狐を、由良は愉快そうに笑った。
「なんでそんなに嫌われてんの?」
怪訝そうに、疑いの眼差しを千景は由良に向ける。
「いやだなあ、何もしてないよ?」
心外そうな声を由良が出したところで、日和がふるふると小刻みに震えていることに気付く。え、と思って惣次郎が日和を見ると、確かに肩が小刻みに震えていた。日和の目は小狐を見ている。抗議の視線だった。一瞬、惣次郎も小狐も、何に対して抗議を上げられているのか、分からなかった。間抜けな顔をして、小狐が唇を真一文字に結ぶ。
『またみんなとごはんがたべたい』
らくがき帳に書き込んだ文字を、日和は差し出した。両腕をピンと張り、頭を俯かせて、渾身のお願いである。眼前に出された日和の文字を読んで、小狐は身を引いた。顔が引き攣っていることが容易に分かる。日和の言葉に賛成である座敷童子も、鋭い視線を小狐にちくちくと送っていた。
「大事な巫女殿からの頼みですぞ」
「……惣次郎だって、こんな用意をするのは大変じゃろうて。わしは気を遣っておるのじゃ」
矛先が自分に向けられたことを知って、惣次郎は困って眉尻を下げた。
「たまに、こうやって集まって食べるのもいいかも知れないな。次は、なんだろう。お好み焼きとか?」
バッと顔を上げた日和が、先ず惣次郎を見て、小狐を見て、座敷童子、由良、そして千景の姿を見たあとに、嬉しそうにはにかんだ。
「……あ、りがとう」
蚊の鳴くような声だったが、確かに日和の掠れた声は、惣次郎たちの鼓膜を揺らしたのだった。
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