捨て犬と私


 帰り道。

 私は捨て犬を見つけてしまった。

 チワワとか柴犬とか、そういうのじゃないけど茶色のふわふわとした毛並みが、とても可愛い子だ。


 その子は空き地の隅に、ボロボロの段ボール箱に入れられて震えていた。

 空き地の脇を通った時に、弱々しい鳴き声に気が付いた私は、動物が大好きだからすぐに中へと入った。

 そして見つけたその子に、持っていた給食の余りのパンをあげる。


 人懐こいみたいで、すぐにパンを夢中になって食べ始めた。

 その姿はやっぱり可愛くて、私は持っていた牛乳もあげる。

 それも勢いよく飲んで、そして満足すると私の足に擦り寄ってきた。


 随分と人懐こい。

 こんなに可愛いのに、どうして捨てられてしまったんだろう。

 飼い主の人は、馬鹿なんじゃないのだろうか。


 私はその頭を撫でながら、話しかける。


「お前、どうしたの? 何で捨てられたの?」


 聞いてみたところで、返事が返ってくることは無い。

 まあ答えが返ってきても、それはそれで怖いのだけれど。


 私は納得がいくまで撫で続けると、すっかり離れなくなってしまった。


「うーん。家じゃ飼えないからなー。ここで世話をする? ……そうするか!」


 このまま置いていくのは可哀想だけど、定期的に来て世話をしてあげればいいだろう。

 そうと決まったら、ダンボール箱じゃないおうちを作ってあげなきゃ。

 私は空き地を見回し、ちょうどいい大きさの土管を発見した。


 そこに、ダンボールの中に入っていた毛布を持っていく。

 やっぱり自分の匂いのものがあれば落ち着くみたいで、土管の中に大人しく入ってくれた。

 私は中からつぶらな瞳で見上げてくる頭を、何度も何度も撫でる。


「そういえば、名前をまだつけていなかったね。どうしようかな……うーんと、うーんと、フワフワしているから、フワ太郎だね」


 なんだかいい名前が思いつかなくて、簡単な名前になってしまった。

 それでも嬉しそうにしているから、私はそのまま呼ぶことにする。


「それじゃあフワ太郎。また明日も来るから、いい子で待っているんだよ」


 可愛らしく鳴いたフワ太郎に手を振って、その日は別れた。





 それから、私とフワ太郎はどんどん仲良くなっていった。

 学校が終わったら、すぐに空き地に行って余ったパンと牛乳をあげる。

 そのおかげで出会った時は小さかったのに、すっかり成長した。


 そんなフワ太郎と空き地で遊ぶのが、私の楽しみだった。


 しかしその楽しみは、長くは続かない。




「嘘……引越し……?」


 お父さんの転勤。

 それに合わせて、私も一緒に引越しをすることになってしまう。

 お母さんもお父さんも何度も謝ってきたけど、私はフワ太郎のことを考えていた。


 引越し先でも、ペットは飼えない。

 誰かにフワ太郎を頼むといったって、頼める友達もいない。

 だから、どうすることも出来なかった。


 そしてフワ太郎に別れを告げないまま、私は引越しをした。

 ものすごく悲しかったし、自分が許せなかったけど、まだ子供の私に力なんてなかった。




「そんなに悲しい顔しないで。友達と離れ離れになったのが悲しかったの? それなら公園にでも行って、作ってきなさい」


 引越しをしてから落ち込んでいる私に、理由を知らないお母さんはそう言ってきた。

 私も気分を変えたくて、新しい街を探検しようと外に出る。


 公園やスーパー、学校や図書館。

 色々なところの場所に行った私は、とある場所を見つけてしまった。

 そこはフワ太郎がいた空き地に、そっくりの場所だった。


 私はフワ太郎のことを思い出して、涙が出てくる。


「ごめん、ごめんねえ」


 今まで私がお世話をしてきたのに、急にいなくなってどうしているのだろうか。


 お腹がすいていないといいな。

 車に轢かれていないといいな。

 誰かにいじめられていないといいな。


 色々と考えては、さらに泣いてしまう。

 そして、ついには耐えきれなくなって顔を手で覆いしゃがみ込んだ。

 暗くなった視界の中で泣き続ける私。

 しばらくそうしていると、手を何かに舐められる感覚が襲った。


 急なことに驚き、顔から手を離す。


「え……」


 しかし、目の前にいた存在に、さらに驚いてしまった。


「フワ……太郎……?」


 私が信じられない気持ちで言った名前に、勢いよく返事をする。

 それは、どう見てもフワ太郎だった。


「フワ太郎!」


 私は、どうしてフワ太郎がここにいるのかと思うよりも先に、その体を抱きしめる。


「ごめんねごめんね、私のせいで寂しい思いをしたんだよね」


 もう絶対に、置いていかない。

 これからは、ずっと一緒。


 その時の私は、何も知らずにそう考えていた。






 フワ太郎の体が、透き通っている事にも気が付かず。

 そして、一生憑きまとわれることも知らずに。


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