気になるあの子

 僕には、気になっている子がいる。

 同じクラスというだけで、特に話した事はない。

 だから、完全な片思いだった。


 話す事は出来なくても、姿を見られるだけで良かった。

 今日は笑っているとか、見た事もない髪型が可愛いとか、授業中にウトウトしている姿が癒されるとか。

 色々な面を知るたびに、気になる気持ちは大きくなって止まらなくなってしまう。


 もしも見ている事がバレたら、気持ち悪いと言われそうだけど見ない方が無理だった。

 もう僕にとって彼女は、生活に無くてはならない存在だ。

 彼女の姿が見られないだけで、その日は元気がなくなってしまう。


 そんな僕を、誰にも知られたくなかった。

 クラスメイトはもちろん、彼女には絶対に。

 だからバレないように、いつも違う自分を装っていた。



「ね、ねえ。木村君……せ、先生が呼んでいるんだけど」


「……何? 面倒くさいな……分かったよ」


 本当の僕は気が弱い。

 しかし学校では、女子に興味のない乱暴者のふりをしていた。

 そうすると男の友達はたくさんいるけど、女子は近づかなくなった。

 その中にはもちろん彼女もいて、寂しい気持ちはあったけど仕方がない。

 こうでもしないと、顔に出てしまいそうだ。


 だからストレスがたまるけど、そのキャラを維持していた。


「本当、木村って珍しいよな。女子が話しかけても素っ気無いし。硬派って言うんだっけ?」


「別にそんなんじゃない。興味がないだけ」


「うわ。おっとなー」


 こんなキャラを演じていると、面倒な奴に絡まれる事も多い。

 それでも冷たい返しをすれば、すぐに興味を無くしてくれる。

 陰では、クールぶっている奴と悪口を言われているみたいだけど、別に構わなかった。

 面倒な奴と絡んで、ボロが出る方が問題だ。


 彼女の事は見るけど、絶対に関わってはならない。



 そのはずだったのに。


「木村君、どうしたの?」


「……へ?」


 なんで目の前に彼女がいるのだろう?

 僕は緊張して、いつものキャラを被るのを忘れてしまった。


 どうしてこんな状況になったのか、僕は現実逃避のために十分前のことを思い出す。





 十分前。

 僕は下駄箱から靴を取り出そうとした時、靴の上に手紙がのっているのに気がついた。


「何だこれ?」


 こんな所に手紙を置かれるシチュエーションなんて限られているけど、僕には全く見当もつかなかった。


「とにかく中身を見てみるか……」


 誰が出したにせよ、中を見れば何が目的なのかは分かる。

 少し君の悪さを感じながらも、僕は手紙の封を開けた。

 そして、中身を見てみる。


「嘘、だろ。ラブレター?」


 書かれていた物は、どう考えてもラブレターにしか見えなかった。


『好きです。今まで隠していましたが、伝えようと思いました。

 あなたは私のことなんて、少しも知らないのでしょう。

 私はこんなにも、あなたを思っているのに。

 この気持ちを分かってもらうために、校舎裏に来て下さい。

 ずっとずっと、待っています』


 全部を読み終えて、僕はどうしようか迷った。

 行くか、行かないか。

 もし行ったら、女子に興味のないふりをしていたのがバレてしまう。


 この手紙が、本物だという確証も無いのだ。

 からかわれて、馬鹿にされる可能性もある。

 それは辛い。



 それでも僕は、考えに考えて行く事に決めた。

 理由ははっきりとは言えないけど、なんとなくの勘だった。





 そして校舎裏に来て、今に至る。

 僕を待っていたのは、嬉しそうに笑う彼女。

 その顔を見た途端、僕に訪れた衝撃はとてつもないものだった。


 な、何でここに。

 そう思ってしまうぐらい、ここに彼女がいたのはありえない事だ。

 僕は緊張で固まり、そしてただ立ち尽くしてしまう。


「来てくれて、とても嬉しい。私、ずっとずっと待っていたの。あなたが来てくれるのを、ずっとずっと」


 何も言わないのに、彼女は一人で楽しそうに話している。


「あなたは知らないでしょ。私があなたを見ていたことなんて。気づいてもくれなかった。酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷い酷いわ!」


 そして急に人格が変わったように、叫び出した。

 僕はずっと、それを逃げる事も無く眺め続けた。



 ああ、まただ。

 僕は内心でため息をつく。

 どうして僕が気になる人は、こんな風に頭がおかしくなってしまうんだろう。

 今までの子もそうだった。


 彼女は大丈夫だと思っていたんだけどな。

 すっかり気持ちが冷めるのを感じながら、その場から立ち去った。

 そんな僕に気づく事無く、彼女はずっと何かを呟いていた。




 次は、どの子にしようかな。

 今度はおかしくならなければ良いけど。

 彼女の事なんか頭からすっかり消して、クラスメイトの女子の顔を思い出す。

 学校じゃ無くて、近所の人でもいいかもしれない。


 この世界にまだまだたくさん、女子はいるんだ。

 その中には、きっと頭のおかしくならない人もいるだろう。

 見つけるまで、探し続ければ良いだけだ。

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