弱い弱い先生
私の担任は、全く頼りがない。
何が楽しいのか、いつもヘラヘラと笑っているし。
誰かが喧嘩をしていても、止めずに見ているだけ。
困った事があって助けを求めても、自分で考えなさいと言って何もしてくれない。
だから先生が担任になってから、一ヶ月でみんなが頼りないと言う認識を持った。
かくいう私もその一人で、頼りない先生を馬鹿にする立場になっていた。
「佐々木ー! 今日の体育、マラソンとか面倒なんだけど。違うのにするか、休みたい!」
「む、無理ですよ。今日はマラソンをしますし、病気じゃないのなら休むのは駄目です」
「はー? 使えないなー!」
別に本気で使えないというわけじゃなくて、ただの軽いノリだ。
周りにいるみんなも楽しそうにしているから、私はどんどん調子に乗っていった。
だから担任に対して、友達に言うぐらい砕けた話し方になっている。
名前も呼び捨てで、佐々木と呼んだ。
しかし佐々木も、全く注意してこないから受け入れているのだろう。
まあ、よくいるいじられキャラみたいなものだ。
頼りないと言われていた時よりも、みんなに愛されているのだから良いじゃないか。
私は佐々木の為に、先生と生徒の垣根を越えさせてあげているのだ。
生徒と仲良くなれたのだから、感謝して欲しい。
「冗談だって、頑張らないけどほどほどにやるよー」
「よ、よろしくお願いします」
「はーああ。やる気ないわー。頑張ったら、佐々木が何かご褒美ちょうだいよ」
「頑張ってください。応援していますので」
ご褒美をもらうのは、さすがに無理みたいだった。
まあ、そこまで期待していなかったから、私も文句は言わないでおいてあげる。
それでも、とりあえずノリで背中を勢いよく叩いておいた。
「いたっ!」
「またまたあ。佐々木ったら、大げさすぎー。ほらほら、さっさと外に行こうよ。授業始まっちゃうよ」
佐々木は痛そうに叫んで背中をさすっていたけど、私の力なんてたかが知れている。
だから大げさだと笑って、先生を置いて外へと駆け出した。
後ろから、何かを感じて寒気がしたけど、気のせいだと思う事にした。
体育のマラソンは、最悪だった。
普段走ったりなんかしないから、最後まで走り切った時は疲れ切って死ぬかと思った。
ぜーぜーと肩で息をしていたら、友達にものすごく馬鹿にされた。
それが本当に嫌で、本当にムカついてしまっていた。
「あー。今日の占い最下位だったのかなー。本当最悪なんですけど、もう早退したい!」
「はいはい。あと少しなんだから、頑張りなさいよー」
「ぐええええ」
机に突っ伏しながら、ぐったりとする。
そんな私に対して、友達が頭を撫でて慰めてくれた。
体力の限界だった私は、それを大人しく受け入れながら変な声を出してしまう。
それに対して笑われて、更に強く撫でられた。
少し痛いぐらいだったけど、振り払わずにしばらく受け入れていた。
ぐったりしたままでいたら、いつの間にか授業が終わってしまった。
私は何の話も耳に入らず、ホームルームも何をしていたのか聞いていなかった。
「は、はあ? 何で私が、佐々木の手伝いをしなきゃならないの! 嫌だ!」
「だって、あんたが寝ているのが悪いんでしょ。ほら、さっさと行ってくる。先生も待っているんだから」
「……はーい」
そのせいで、いつの間にか手伝いをさせられることになってしまっていた。
私は嫌だと叫んだのに、友達にたしなめられたら諦めるしかない。
嫌々ながらも佐々木がいるはずの、準備室へと向かった。
「失礼しまーす。佐々木いる?」
「あ、ああっ! 遅かったね」
ノックをせずに入れば、驚いた佐々木が椅子から慌てて立ち上がる。
その様子があまりにもおかしくて、私は変に思いながら中へと入る。
「手伝いに来ましたー。何をすればいいの?」
「えっと、えっと、そうだね……この資料、ホチキス留めてくれるかな?」
「えー……分かったあ……でも今日はみたいテレビがあるから、早く帰らせてよー」
「えーっとえーっと、……よろしくね」
佐々木は視線を色々な所にさ迷わせると、ヘラヘラと笑った。
私は早く帰りたくなったけど、頼まれたことはきちんとやらないと駄目だろう。
面倒くさいなと思いながら、私は言われたとおりにホッチキスで留める作業を始めた。
佐々木は佐々木で、他に仕事があるみたいだ。
何か、パソコンでカタカタと売っている音が聞こえて来た。
私は特に話す事も無く、もくもくとホチキスで留める。
こういう単純作業は嫌いじゃないから、やっていく内に楽しくなってきた。
やらなきゃいけないのは山のように積み重なっているから、早く終わらせないと帰るのが遅くなってしまう。
私はテレビ番組の為に、気合を入れてスピードを上げる。
佐々木も何も話さないから、お互いに無言のまま時間が流れていく。
その方が、作業に集中できるから良かった。
そうして、しばらく頑張っていれば山のように積み重なっていた紙の束が、あと少しになってきた。
もう少しで終わる。
思っていたよりも早く終わりそうだから、私はほっとして佐々木に話しかけた。
「もう少しで終わりそうー。私をこんなにも働かせたんだから、何かご褒美くれるんでしょうねー」
いつもの軽口だったけど、返って来たのは無言だった。
それはおかしい反応だから、私は紙から視線を外して佐々木を見た。
そして、視線が合った。
佐々木はずっと、私の事を見ていたらしい。
それぐらい目力が強くて、初めて怖いと思ってしまった。
私はごくりと大きな音を立てて、つばを飲み込む。
「あ、あはは。嘘嘘。冗談だって、これを終わらせたらすぐ帰るから」
そして震えた声で、何とかそれだけ言った。
佐々木は何も言わなくて、更に恐怖があおられる。
私は残りのホッチキスを留め終えると、カバンを持って部屋から出ようとした。
そして扉へと向かって、勢いよくスライドさせる。
しかし先ほどは開いたはずの扉が、開かない。
鍵が閉まっているのかと思って見てみるけど、別に閉まっているわけでもない。
それなら、何で開かないのか。
私はパニックになって、どうしたらいいのか分からなくなった。
そうしている間にも、近づかれてしまったみたいで。
「ははっ、どうしたの。そんなに慌てて」
「ひっ……」
すぐ後ろに来た佐々木の存在に、私は小さな悲鳴を上げた。
まるで、閉じ込めるみたいに私の両脇に腕を置いている。
それにときめきを感じるわけもなく、私は振り向かずに小さな声で聴いた。
「じょ、冗談きついってー。もうやる事は終わらせたから、帰っていいでしょ……?」
「今日、マラソン頑張っていたね」
「へ? う、うん」
しかし違う話を始められて、戸惑ってしまう。
私はやっぱり振り返る事が出来なくて、背中を向けたまま話を続ける。
「そういえば頑張ったら、ご褒美が欲しいと言っていたし。今も頑張ってくれたからね」
「え。良いよ。き、気にしないで」
佐々木はいつもの頼りない感じでは無く、穏やかな優しい声で話してくる。
その方が、逆に怖い。
「そういえばね。ホームルームでは言わなかったんだけど、僕は今日で学校を辞めるんだ。残念だけどね」
「嘘。何で?」
「何でだろうね」
あくまでも世間話みたいに、冷静に話された衝撃の事実。
私は怖かったのも忘れて、先生の方をふりかえってしまった。
そこにいたのは、目だけが笑っている佐々木の姿。
私は、声を出す事も出来なくなってしまった。
「もう世間体とかクレームとか、全くもってどうでもいいんだよ。……だから、最後にやりたい事をやって終わらせようと思うんだ。ははっ」
佐々木は心底楽しそうに笑って私の肩に片手を置き、もう片方の手で口を手でおさえて来た。
その瞬間、何だか急に眠気が襲ってきた。
持っていた荷物も手から離れて、床に落ちてしまう。
佐々木に何かをされた。
それは分かっているのだけれど、どうする事も出来なかった。
私の意識は途切れていき、そして完全に暗くなった。
最後に聞いたのは、佐々木の楽しそうに笑う声だけ。
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