六散分離の兵の殺人
「はいはい死刑死刑。被害者は若葉の5よ。さっさと調査してきなさい」
もはや聞き慣れてしまったその声でアイリは目覚め、見渡すまでもなく青空法廷だったので、いつもみたいに周囲を窺ったりはせず、証言台にじっと立っていました。
立ったまま、黙ったままです。体は正面を向いていましたが、王妃様を見ているわけでもなく、ぼうっと中空を眺めています。
「どうしたの、ぽけっと突っ立って。それとも死刑の方をお望み?」
おかしな様子に気付いたか王妃様が声をかけてきました。
聞こえていましたが、アイリはすぐには返事をしませんでした。強く目を閉じて深く呼吸をします。それからやっと視線を王妃様へと向けて、ゆるゆると首を振りました。
「いいえ、王妃様。私は誰も殺してなどおりません。私の無実を晴らすためにも、その調査、お引き受けいたしますわ」
アイリは省略された建前を確認するようなセリフを吐きました。
王妃様がちらっと眉を上げます。
「……まあ、何だっていいのだけどね。事件の詳細はいつもの兵士から聞きなさい。現場は第一兵舎よ」
「兵舎、ですか?」
「何よ知らないの? 兵士の宿舎とかがあるところよ」
いや、その意味は知ってるけど……この世界で兵舎ってことは……
「すみません王妃様。もう一度、被害者の名前をおっしゃっていただけますか」
「いいけど、ちゃんと聞いときなさいよね。若葉の5、若葉の5よ。あら、二回も言っちゃった」
若葉。クローバー。兵士。
アイリは裁判所の入口を振り向きました。
王妃様言うところのいつもの兵士――若い印象を与えるそのトランプ兵は、門のところで三叉の槍を携えて、無表情でこちらを見つめていました。スートはスペード、数字は3。アイリが勝手にスペサンと呼んでいる兵士です。
アイリと目が合いましたが兵士の表情は変わりません。
「親切に答えてあげたのにそっぽ向かれるとはね。いつにも増して礼儀がなってないわねえ」
呆れたような声に振り返ると、まさに呆れた表情で王妃様が肘掛けに頬杖をついていました。
アイリはこれっぽっちも心を込めずに頭を下げました。
「申し訳ありません。ところで王妃様、一つ質問をよろしいでしょうか」
「何よ」
「ここの兵士たちには名前があるのですか」
「兵士の名前? またえらく酔狂なことを聞くのね」
アイリは一瞬、なにか付け足すべきか逡巡して、別にいいかと、無言のまま王妃様を見つめました。
王妃様が鼻をフンと鳴らします。
「名前ならあるわよ。閻魔台帳と言ってね、この世の住人の名前と、その生死が全て書かれた本があるのだけど、兵士の名前もそこに載っているわ」
「全ての生死ですか?」
「ああ説明が面倒だわね。閻魔台帳はね、その日に生まれた者、死んだ者の名前を記録し続ける本なのよ。まあどちらも数日かけて一人程度のお話だけど。何にせよ、閻魔台帳にはすべての名前が載っているということ。生まれた日から辿っていけば誰の名前も分かるでしょう。死んだ日ならばなお瞭然よ」
「そうなのですか」
そういえば前にここに来たとき王妃様が奇妙なことを言っていたなと思い出すアイリです。たしかそう、被害者について聞いたときだった。
――私に分かるのは名前だけなんだから。
あれは、閻魔台帳のことを言っていたのね。
「では、閻魔台帳を調べれば誰の名前でも分かるのですね。たとえば、あそこの兵士の名前も」
そう言ってアイリはスペサンを示しました。
「ええ、分かるわね。でも調べるまでもないわ。あれは剣の3よ」
「剣の3……」
命名規則は分かりやすいものだったので、アイリはすでにその可能性を思いついていました。答え合わせの結果に少しうれしくなります。
「こう言ってはなんですが、おかしな名前なのですね」
「そりゃあね。でも呼称は分かりやすい方がいいでしょ」
緩みかけた頬が困惑に変わりました。
「……呼称、ですか?」
「そりゃそうよ、こんなおかしな名前が本名なわけないでしょ。若葉の5、剣の3、あと心の2とか銃の8とか、見た目で兵士を識別するための呼び名よ。いちいち本名で管理するなんて面倒じゃない」
「……では、兵士たちには呼称の他に本名があるんですね?」
「あるにはあるけど、ほとんど意味のないものよ。兵士には必要のないものだし、そもそも当人たちだって自分の本当の名前なんて知らないの。たとえば、若葉の5……ああ、言ってなかったわね。被害者は兵士よ。その若葉の5だけど、本名はノーマル・キーストンというらしいわ。閻魔台帳にそう出ていた。死人の名前が出たのは膳美郎女……あなたが前にここへ来たとき以来だから、その名前は若葉の5のもので間違いない。でもその名前で若葉の5を呼ぶ者はいなかったし、本人も自分の名前がそうであると知らなかった」
「なぜ兵士たちは自分の名前を知らないんですか?」
「だから、必要ないでしょ。チェスのポーンは隣の同僚と自分とで何が違うかを考えたりするかしら」
何よその的にかすりもしない例えは。
眉をしかめつつアイリは尋ねます。
「では、その本名は誰が付けているのですか」
「さあ? 私は閻魔台帳の記述に従うだけだから、そんなことまでは知らないわ」
「生きている間に使われない名前に何の意味が」
「自分で答え言ってるじゃない。もちろん死んだ後、墓碑に刻むのよ」
「一度も呼ばれなかった名前を?」
「そうなるわね。何か問題が?」
どうでしょう。いつの間にやら噛みつきそうになっていたアイリですが、ムカムカした気持ちの正体はうまく言葉にできないでいます。言葉にできないものに駆り立てられるこの感覚は前にも味わったことのあるものでした。
間違っていると相手に認めさせなければ、自分が立っていられなくなるような。
うつむいてしまったアイリを見下ろしてから、王妃様は門のところに立つトランプ兵へと視線を投げます。
「そこのお前」
「はい」
スペードの3が描かれたトランプ兵は小気味良く返事をします。
「お前、お前は自分の本名を知りたいと思う?」
「いえ、私には必要のないものです。それに」
王妃様の質問に兵士は即答して、続けます。
「たとえ本名を知ることを望んでも、私の生まれた日など覚えておりません」
*
頬をぷくと膨らませて、溜めた息を吐いて、また膨らませて。裁判所を出てすぐ、門の近くにあった手ごろな切り株に腰を下ろして、アイリはそんな仕草をずっと繰り返しています。とても分かりやすく不機嫌でした。
「調査に行かなくていいのか」
耐えかねたようにスペサンが声をかけてきます。
「行くわよ」
そう答えますが腰を上げる素振りもありません。
スペサンは気まずそうにすることもなくじっとアイリを見つめたままで、アイリはアイリでそんな視線などどこ吹く風に飽きもせず単調な動作を続けます。
どちらも動かないので時間だけが無為に流れてゆきました。
「元気そうで何よりだ」
唐突に投げられた声に今度はスペサンの方を見やります。感情に乏しい表情からは、今の発言がジョークなのか本心なのか判断する材料は得られませんでした。
「何をどうしたら元気そうに見えるのよ」
「どこからどう見ても不機嫌そのものだったが」
「不機嫌だと元気そうなの?」
「気力に余裕がなければ怒りなど湧かない」
そうだろうかと思わず考えるアイリでしたが、一理あるようなないようなで、なんだかはぐらかされた気分です。
「私の名前がそんなに気になるのか」
またも唐突な話題転換でしたが、聞かれることを予想していたのでアイリはあまり慌てません。
「あら、どうしてそう思うの?」
「王妃様への質問は突然だったし、態度が感情的だった」
「……否定はしないわ」
そっぽを向きました。
「私の名前がそんなに気になるのか」
繰り返しです。聞かれることは予想していましたが、返答を用意できていなかったアイリは言葉を探します。
「そうねえ……初めて会ったとき、スペサンが『私には名前などない』とかカッコつけて言ったものだから、それがずっと引っかかってたのかもね。あ、そういえばあったんじゃない名前。剣の3」
「それは兵士としての呼称だ。あの時の君に教えても意味はないと思った」
「一目見れば分かるものをなにもったいぶってるのよ」
「それに名前がないというのはある意味で正しいだろう。君の言った通りだ、生きている間に一度も使われない名前など私にとって無いに等しい」
「……気にならないの、自分の名前」
「それは王妃様の言った通りだな。気になる気にならないは関係ない、本名など兵士には必要のないものだ。識別記号は画一的に付けた方が便利なのは間違いないだろう。そして名前が本来的に識別記号な以上、規則的な命名を恨む理由はなく、またそれは、その名に私が愛着を抱けない理由にはならない。私以外に剣の3はいない、それはすでに十分誇らしいことではないか?」
アイリの目が少し大きく開きました。
「ああ、そういう考え方もあるのね。……うん、そういう前向きさは嫌いじゃないわ」
「なにも君に納得してもらおうとしているわけではないが」
スペサンはやっぱり表情を変えることなく続けます。
「そもそも、君は私のことを変な名前で呼んでいるじゃないか。とすれば、君にとって私の名前は『そう』なのだろう?」
「……それもそうね」
言われてみればその通りだわ。本人も気にしていないのに、私が悩む必要なんてなかったってわけ。
……だとすれば、勝手な想像は、やっぱり驕りに思えるのだけれど。
「兵士たちは自分の名前を知らないけど、そのことは別に気にしてないし、スペサンはスペサン、そういうことね。うん、納得した」
よっと、反動をつけて切り株から立ち上がります。
「いいわ、事件を調べに行きましょう」
「吹っ切れたようだな。しかし、何に対してそんなに怒っていたのだ」
「さてね。抗えない運命とかかしら」
まともに答える気がないのを察したか、スペサンは肩をすくめる(トランプの角のところですよ)と、いつも通り先導するように歩き出しました。アイリはそれに着いていきます。
「それで、今回はどういう事件なのかしら。兵士が被害者なんだって?」
「ああ。呼称は若葉の5。死体が見つかったのは日の変わる直前の夜間、第一兵舎の右下やぐら付近だ」
「やぐら?」
「見張り台だ。正方の形をした兵舎の四隅、北西端、北東端、西南端、東南端に設けられていて、それぞれ左上やぐら、右上やぐら、左下やぐら、右下やぐらと呼ばれている」
ものすごいネーミングを見たわ。
「兵舎の構造から説明しておくか。兵舎の中にはおおよそ『田』の字型の道が通っており、四つの区画はそれぞれ宿舎、食堂、倉庫、訓練場となっている。今言った通り四隅にやぐらがあって、外周には高い壁がそびえている。一種の要塞だな。壁の外には堀もあるが、水は流れていない」
「本格的なのね」
「敵が攻めてきたことなどないがな。若葉の5の死体は兵舎の内部、右下やぐら付近にあった。発見したのは見回りの兵士だ。夜間の見回りの最中に見つけたのだが……」
スペサンにしては珍しく、言いよどむように口を止めました。
「死体に何か、おかしな状況でもあったの?」
「ああ……見回りの兵士が見つけたのは、若葉の5の胴体部分だけだった。死体には四肢と頭部が存在しなかったんだ」
「……バラバラ殺人、ね」
これはまた、一段と派手な事件ねえ。
「見回りの兵士は死体を発見したことを他の兵士に報告した。その後すぐに残りの部位も見つかった。兵舎の外周、堀の近くにまとまって落ちていたんだ。頭、両腕、両脚、五つの部位すべてだ」
「胴体は壁の内側、それ以外は壁の外側ってことね」
「そうなるな。後頭部に細い棒状のもので殴られた痕跡があったことから、若葉の5はまず襲撃に遭い、死んだか意識を失っているところを切断されたと考えられる」
「それ、死因も分からないってこと?」
「二択までは絞れている。脳挫傷か切断だ」
「切断が死因って……出血多量とかではなく?」
「生きていようが死んでいようが、胴体から伸びる線を切断しても血は流れない。出血するのは肉のついた部分を傷つけられたときだけだ」
アイリは目の前のスペサンの体型をまじまじと眺めます。平面のトランプの胴体に、文字通り細い線でつながった四肢と首。存在するのは、腕は肘から先、足はくるぶしと膝の中間あたりから下、首は喉から上でしょうか。そういうものとして流していた光景ですが、こうして改めて見てみるとまったく理解を超えた構造です。
「一応の確認なんだけど、あなたたち兵士はみんな同じ構造をしているの?」
「同じ構造とは何を指してだ」
「えっと、胴体、そこから伸びる線、四肢と首」
「目と耳が二つあって鼻と口は一つか? そうだな、同じ構造をしている」
「ふうん」
スペサン一人ならいいけど、こんなのが一所にたくさん集まってたら気味悪そうね。
「ちなみに聞いておくと、個体差はどこに出るの? サイズとか」
「胴体のサイズは同じのはずだ。だがマークと数字が違う、手足の形も微妙に違う、顔はもちろん一人一人違う。判別に困ることはないな」
まあ、それもそうか。普通の人体だって識別に用いるのは顔と髪型と……体型に服装とか? 主だったのはそれくらいだものね。
「そうね、兵士の特徴について聞きたいことがあったらまた質問するわ。事件の詳細の続きをお願い」
「ああ。死体の様相は明らかに他殺だったため、誰に犯行が行えたかが問題となった。兵舎の出入り口は四方に設けられているが夜間に解放されているのは一ヶ所だけ。残りの三ヵ所の門は閉ざされており、事件当夜に開けられた形跡は無かった。開いている一ヶ所についても、詰所では見張りの兵士が出入りを監視していた。しかし……そうだな、順を追って話そう。まず事件発生前だが、日の終わりの点呼で第一兵舎の兵士二十二名、全員が揃っていることは確認されている」
「ちょっと待って。二十二人? それどういう数字なの」
「第一兵舎にいるのは剣と若葉の兵だけだ。銃と心の兵は少し離れたところにある第二兵舎にいる。剣と若葉の兵士、それぞれ1から11まで十一名、合わせて二十二名だ」
「1から11? でもそれだと……あー、なるほど。役職は分からないけど、12と13は兵士じゃないってこと」
王妃様の姿を思い出しながらアイリは言いました。
「そうだな。各マークの12と13は兵士ではなく上位官職の方々だ。事件のあった日に兵舎を訪れていないから事件とは関係ない。同じく、第二兵舎にいた銃と心の兵二十二名も第一兵舎を訪れていないため無関係と考えられる」
「んー……まあ、とりあえずそういう前提でってことで。それで、点呼の後は?」
「夜間警備の兵士以外は宿舎へと入った。警備は五名。内部巡回が一人、詰所に一人、兵舎外部の見張りに三人だ。先に言っておくが、宿舎は五、六名ごとに一つの部屋があてがわれており、事件発生時、三部屋計十七名の兵士は宿舎から離れていないことが確認されている。ほとんどの兵士にはアリバイがあるということだな」
「二十二人だから、五、五、六、六? 四部屋ね。部屋のチームごとに交代で夜間警備を担当という感じなのかしら」
「そんなところだ。事件当日は若葉の5を含む五名での警備だった。正確な内訳は……内部巡回、つまり第一発見者が剣の8、詰所にいたのが剣の4、外部の見張りに立っていたのが若葉の5、若葉の10、そして私だ」
「ふうん……ん」
さらりと言うので危うく流してしまうところでしたが。
「ちょっと待って、スペサンも事件当日に警備してたの」
「ああ」
「……アリバイが無い組」
「そうだな」
「…………」
無言の圧を感じ取ったか、前を歩くスペサンがちらと振り向きました。
「まあ待て。話はまだ続く。むしろ問題はここからだ」
「まだ何も言ってないけど」
「点呼の後、剣の4が詰所に入った」
流されました。
「それから若葉の10、若葉の5、私の順で兵舎を出たことが記録されている。警備が始まってしばらくして、若葉の5が兵舎に入るのが確認された」
「被害者ね」
「ああ。そして若葉の5が兵舎に入った後、少し時間をおいて何者かが兵舎を出て行ったという」
「何者か? そいつの身元は」
「不明だ。駆けて出て行ったため剣の4が誰何する暇もなかったらしい。恰好からして兵士だろうとは思うが、誰だったかは分からないとのことだ。それから少しして剣の8が死体を発見した。状況からして身元不明の兵士こそが犯人と思われたが、兵舎には若葉の5以外の兵士二十一名、全員が揃っていた」
「身元不明の兵士は第一兵舎の兵ではない、と?」
「恐らくな。まず宿舎にいた十七名は除外される。若葉の10と私は兵舎に入っていないから違う。残る二人だが、剣の8が身元不明の兵士の正体だとすると、外に出た後で剣の4に見つかることなく中に戻る手段がないからやはり違う。そして剣の4は目撃者だ。そもそも正体ではありえない」
「第二兵舎の兵士が紛れ込んでいたってことは? 兵舎内に隠れて過ごし、夜になって出て行った」
「無理だな。点呼は第二兵舎でも同時刻に行われており、そちらでも二十二名、全員の存在が確認されている。そして第一兵舎が夜間警備を行う日の夜は第二兵舎は完全に閉鎖されるから、心と銃の兵士が誰にも気付かれることなく脱出することはできない。そして事件当夜に第二兵舎を抜け出した兵士はいなかったというわけだ」
「じゃあその身元不明の兵士はどっから湧いてきたっていうのよ」
「それが謎なんだろう。状況はその兵士が若葉の5を殺したのだと示している。兵舎に入ってきた若葉の5を殺害したのち逃走したというわけだ。だが、その正体が分からない」
バラバラ殺人に加え、これは……なんだろう、ある種の監視の密室かしら。一つ間違いなく言えるのは、今回もやっぱり、私が犯人として裁判にかけられるいわれが微塵もないってことね……。
「とりあえず、その身元不明の兵士の正体を探る方向で考えるのが良さそうね。事件の詳細についてはそれくらい?」
「おおよそだがな。細かいところはまた現場を調べながらでも聞いてくれればいい。今回は私も関係者だから、いつもより力になれるだろう」
これまでのスペサンといえば、現場まで案内したら黙りこくってしまうことが多かったですからね。今度のは本拠地での事件ですからそういうわけにもいかないでしょう。
でも、スペサンって私の監視役という建前じゃなかったかしら。もうそんな建前なんて息してない? そうかもね。王妃様の判決もだんだん投げやりになってきてるし。
……だとしたらこの調査を引き受けたのも、やっぱり私の好奇心を満たすためでしかないのかしら。どんな言い訳も許されないのかしら。
アイリはゆるゆるとかぶりを振ると、自然に聞こえるよう努めつ、前方のトランプ兵に声をかけます。
「そうね、頼りにしてるわ」
*
第一兵舎のことをスペサンは一種の要塞と言いましたが、あながち大げさな表現でもなかったのだなと、実物を前にしてアイリは実感しました。
煉瓦造りの外壁がずっと長く続いています。兵舎は上から見たら正方形をしているとのことですが、角の近くに立つアイリから、他の角はギリギリでうかがえません。それだけ長い距離を、十メートルをゆうに超す高さの壁が延びているのですから、その威圧感もなかなかのものです。外壁には忍び返しが設置され、角からやぐらの天辺が覗いています。また、壁の周囲には深さ幅ともに一メートルほどの堀が作られています。スペサンの言ったように水は流れておらず、乾燥した土がむき出しになっていました。
「すごいものね、思ってた以上に本格的」
「いささか無用の長物のきらいはあるがな」
スペサンって身内に厳しいタイプなのかしら。
少し離れたところに堀を渡るように木の橋が架けられており、兵舎への入口と通じています。渡ったところに小さな建物が見えます。スペサンの話に出てきた詰所でしょう。
「兵舎の入口は四方にあるが、事件当夜に開いていたのは今見えているあの入口だ」
アイリの目線の先に気付いたかスペサンが説明をします。
「身元不明の兵士が飛び出していったのもあの入口ってことね。そういえば、スペサンはその兵士を見かけなかったの。外壁周辺の見張りをしていたんでしょ」
「見かけなかった。私の担当区域はちょうどこの反対の入口だったからな」
右下やぐらが東南に位置するってことは、東西南北を素直に当てはめていいわけだから……
「北の入口?」
「ああ。事件当夜に開いていたのは南の入口だけ。外部の見張りは閉じた門に置かれていた。他の担当は、若葉の5が東の入口、若葉の10が西の入口だ」
「開いてない入口をわざわざ警備していたってわけね」
「転ぶ前に用意された杖はなかなか理解されにくいものだ」
今度は庇ったわね。どっちなのかしら。
「そういえば、切断された被害者の部位は堀の近くに落ちていたのよね。どの辺りかしら」
「ああ、言っていなかったか。四肢と首はちょうどこの辺りで発見した」
「へぇ。胴体とそれ以外、壁を隔ててどちらも右下やぐらの近くでってわけ」
「そうなるな」
「……ん。ちょっと待って、『発見した』?」
「なんだ」
「切断された部位を見つけたのはスペサンなの?」
「それも言っていなかったか」
なかったです。
「私が北の入口で見張りをしていたところに、剣の8と若葉の10が死体発見を知らせにきたんだ。それで二人と一緒に兵舎へと向かう途中、右下やぐらの角を通り過ぎたところで切断された部位を発見した」
三人一緒ならそのときに何か細工がなされたということはなさそうね。
「気付いたのは誰が最初?」
「私だ」
答えたのはスペサンではありませんでした。背後から聞こえてきた低い声にアイリが振り向くと、片手に柄の長い斧を携えて、精悍な顔立ちの老トランプ兵が立っていました。幾重にも刻まれた深いしわ、獅子のたてがみのような白髪。右目を眼帯で覆っており、左腕……腕のあるべき部分には何もなく、線だけがぶらぶらと垂れています。
「王妃様の遣いで探偵をしている者がいるそうだが、君のことでいいのだろうか」
独眼隻腕の兵士が尋ねます。顔立ちに対して平面の胴体がどうしようもなくシュールです。
「ええ。イルセ・アイリと言います、お見知りおきを。そちらは、若葉の10さんでよろしいですか?」
よろしいもなにも、クラブの10の柄が見えているんですけどね。
「ああ、その通りだ。挨拶もせず割り込んですまない。厩舎の視察から戻ってきたところなのだが、興味深い会話が耳に入ったものだからな。盗み聞きまがいの行い、失礼する」
頭も下げず堂々たる態度で言うのでちっとも失礼じゃなさそうです。
「ふむ……剣の3殿は付き添いといったところか」
「ええ、これまでにも何度か彼女の案内を頼まれたことがありますので、その縁で」
敬語なんだ、と少し意外に思うアイリですが、そういえばスペサンが自分以外の誰かと会話しているところをほとんど見たことがないなと気付きます。
この兵士は事件に興味があるみたいだし、質問には素直に答えてくれそうね。
「お聞き及びのようですが、私、ここの兵士が殺された事件の調査をしているんです。よろしければご協力いただけますか?」
「願ってもないことだ。犯人を捕まえるためならば私の知っていることはすべて話そう」
「ありがとうございます。それでは……そうですね、外で見張りについてからのことを、順を追ってお聞かせください」
「承知した」
見下ろす視線を正面からアイリにまっすぐ向けたままそらさず、老兵は話し始めました。
「あの夜、私は西の入口の警備にあたっていた。訪れる者もなく、不審な音も聞こえず、いつもと変わりない様子だった。だが警備を始めて三時間ほど経ったころ、剣の8が慌てた様子で駆けてきた」
「そこで死体が見つかったことを聞いたんですね。剣の8さんはどちらの方向から?」
「南だな。私の立っていた西の門を背にして左手側だ。剣の8殿は兵舎から出ると時計回りに外壁を伝ってきたのだ。若葉の5殿の死体が見つかったことを知らされ、それを剣の3殿にも伝えるため二人で北の入口へと向かった」
「二人と合流したのはさっき言った通りだ」スペサンが補足します。「私の警備状況についても同じだ。警備を始めてから北の入口には誰も訪れなかったし、不審な音が聞こえてくることもなかった」
「我々はそのまま時計回りに進み、若葉の5殿が警備をしているはずの東の入口を経由したが、たしかにそこには誰もいなかった。そしてこの角を曲がったところ、先頭を走っていた私は地面に何か物の落ちていることに気が付いた。急いでいるところではあったがすぐに分かった、これは切断された兵士の部位だと」
「先頭があなたとすると、後の二人は遅れて?」
「いや、二人もすぐに追いついてきた。私が四肢と首に気付いて足を止めた直後にやって来たから、発見はほとんど三人同時と言っていいだろう」
「そうですか……切断された部位は、どのような状態で落ちていたんですか?」
「堀の縁にまとまって並んでいた。だが、向きは不揃い、細かい位置はバラバラで、整然と並べられていたわけではない」
「縁というと、具体的には?」
「字義通りだ」
そう言うと老兵はアイリの横を通り抜け、堀を前にして右腕の斧の柄を長く持ち直すと、縁に向かって振り下ろしました。ザクッ、と土の抉れる小気味よい音が響きます。
「ここ、縁沿いに落ちていた。もう少し堀の方へ寄っていたら、落下していたかもしれない」
斧を振り上げ、柄を短く持ち直して振り向きます。その表情は威厳に満ちたまま変わりません。
「いずれの部位も、切断箇所は胴体とつながっていた線の中間辺りだ。偶然でないとしたら犯人には少し神経質の気があるのかもしれない。切断された部位を発見した我々は、それらを持って兵舎へと戻り、若葉の5殿の死体を確認した。以上だ」
「……二つほど、質問させてください」
老兵から発せられる静かな迫力に動じることもなく、アイリは二本指を立てました。人差し指と、中指ではなく親指です。ちょっと変ですね。
「まず一つ、若葉の10さんたちが発見した首ですが……それは、若葉の5さんのもので間違いありませんか?」
老兵の目がかすかに開かれました。初めて見せた反応らしい反応でしたが、すぐに元の鋭い目つきに戻ります。
「なかなかに柔軟な発想をお持ちのようだ。王妃様が遣わされるだけのことはある。ああ、首は若葉の5殿のものだった」
「同じ兵舎で過ごす身だ、兵士二十一名誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう」
後ろからスペサンが付け足します。
「そう。それでは二つ目、その斧ですが、自前のものでしょうか」
「いや、剣の3殿が持っている槍と同じく兵士への支給品だが、聞かされていないのか?」
聞かされていなかったですね。
「支給品は斧か槍かで選べるんですか?」
「いや、いや、支給される武器はマーク毎に統一されている。剣の兵は槍、若葉の兵は斧なのだ」
「ついでに教えておくが、銃の兵はアサルトライフルAK-47、心の兵は釘バットだ」
ずいぶん物騒ね。ああ、それより……
「マーク毎に同じ支給品ということは、被害者も斧を?」
「ああ、持っていた。若葉の5殿の斧は死体発見現場……胴体のそばに落ちていた。おそらく、あの斧によって切断は行われたのだろうな」
「被害者の切断は壁の内側で行われた……」
老兵が堀を抉った痕を眺めながらアイリはつぶやきました。
当の若葉の10は話が済んだあと、簡単な挨拶だけして先に兵舎に向かっています。
「まあ、普通に考えたらそうよね。密室に入っていく被害者と密室から出ていく怪しいやつがいたなら、現場は密室の中である可能性が高いわ。スペサン、あなたたち兵士の、その……線の強度ってどれくらいのものなの」
「どれくらい、とは」
「斧で切れる?」
「ひとたまりもないだろうな」
切断にかかる時間はかなり短く見積もっていいわけね。
「被害者を殴るのに使ったのも斧かしら。刃の反対側で殴っても充分に凶器だわ。被害者がなにで殴られたかは分かってないの?」
「残念ながら棒状のものとだけしか分かっていない」
「棒状ね……たとえばその槍の側面で殴ったとかでも同じような傷がつくかしら」
スペサンが持っている三叉の槍を見て聞きます。
「ああ、見分けはつかないだろうな」
「ふうん……犯人は被害者を殺害あるいは昏倒させたのち、自前の得物か被害者の斧を用いて四肢と首を切断した。それを兵舎の外に持ち出した、と。……持ち出し? 身元不明の兵士が入口を通ったのはもちろん一回だけよね。そんなにたくさんの部位を抱えてたらさぞや目立ったはずだわ。詰所の兵士はそれを目撃してないの?」
「していないな。むしろ、出ていった兵士が何かを抱えていたりはしなかったことをハッキリと見ている」
「それじゃ犯人は切断した部位を持ち出せないじゃない。どうしてそれがここで発見されるのよ」
「それはまあ、持ち出したというより、投げ出したからだろう」
「投げ出した? ……まさか」
アイリは頭上の壁を見上げました。
やぐらが見えます。
「……切断した部位を持ってやぐらに上り、そこから兵舎の外に向かって投げたってわけ?」
「見ての通りの高さだ、あのやぐらから外に脱出するのは生身では厳しいが、荷物を外に投げるくらいは容易い」
「……呆れたいところだけど、他に説明がつかなさそうだから反論は控えるわ。でも疑問は残るわね。まず、犯人コントロール良すぎない? 五つの部位すべてだいたい同じ位置に投げたことになるわよ」
「同じくらいの力加減で投げたら、だいたい同じところに着地するのではないか?」
「かもね。でも、落下位置はやっぱり謎よ。堀の縁ギリギリにまとまって落ちていたらしいけど、そんなギリギリを狙う必要はないのだもの。むしろ堀に落ちないように余裕をもって遠くまで投げない?」
「……一理あるが、とりあえず外に出したかったのであれば、落下位置など犯人の気分次第な気もするな」
「そうね。でもだからこそ一番大きな疑問が残るのよ。わざわざ切断して、わざわざやぐらから外に投げておいた部位を、犯人はそのまま放置しているわ。まるで何がしたいのかさっぱりよ。どうして被害者をバラバラにしたの? どうして切断した部位を外に出したの?」
アイリはミステリーが大好きな女の子です。そのアイリの経験則(もちろん、読者としてのですよ)からいって、身体の切断を伴う事件というのは大体にして『犯人はなぜ切断を行ったのか』という謎さえ解ければ事件全体がクリアに見通せるものなのですが、今回の事件ではそれがちっとも分からないのでした。
分からないにしたって限度があるわ。首切りならともかく、バラバラ殺人よ。切断量五倍よ。なのにここまで不透明なんて……何か、根本的に考え方を間違っているのかしら……。
「ああ、なるほど。先ほどの質問はそういうことか」
アイリが悩んでいるのもよそに、得心したようにスペサンが言いました。
「何のこと」
「発見された首が本当に若葉の5のものだったのかという」
「ああ……うん、そうね。被害者と思われた人物が実は犯人、『入れ替わり』は首を切った理由として最もポピュラーなものだから、一応潰しておいたわ」
「今回の事件では当てはまらない、と?」
「ええ。被害者は間違いなく若葉の5よ。首を斬られて生きていられる人はいないから、間違いなく死体が存在する。そして閻魔台帳によればここ最近こちらで死んだのは一人だけ。生首が若葉の5のものである以上、死者は若葉の5一人だけ、入れ替わる余地は残されていないわ」
「そうか……存在を知ったばかりの閻魔台帳のことまで推理に組み込むとは、やはり君はすごいな。実によく頭が回る」
いきなりの称賛に思わずスペサンの方を向きましたが、見た目は相変わらずの無表情でした。
「なによいきなり、褒めても何も出ないわよ。何も持ってないし」
「素直な気持ちを言っただけだ。私は君の能力を高く評価している、それだけの話だよ」
「…………」
しばらく見つめますが、スペサンが何を考えているのか、アイリには読み取れません。
……褒められて、わずかでも心地よく感じる気持ちは否定できない、けど。ずっと考えているように、これが私の夢の話なのだとしたら……まったく、世話ないわね。
漏れそうになる内心を誤魔化すために、アイリは精々ふてぶてしくニヤリと笑いました。
「だったら、期待に応えるためにもこの事件を解決してみせなければね。他の兵士の話を聞きましょう」
*
「はいどちら様。剣の3、と……んあ? あんた誰だい」
兵舎の南入口、橋を渡ったところにある詰所窓口の前に二人はいました。門を通る人の方を向いて四角く切り取られた窓は、必要最低限の大きさといった程度のもので、あまり背の高くないアイリの視点でも窓の向こうにいる兵士の目元が隠れており、胴体くらいまでしか窺えません。
私でこれなら、ここを通る兵士の顔なんてロクに見えないんじゃないかしら?
少し屈んで窓の高さに顔を合わせます。詰所にいた兵士と目が合いました。兵士はぱちくりとまばたきを繰り返したあと、目をごしごしとこすって、もう一度アイリと目を合わせました。
「……誰?」
「あのー、私、イルセ・アイリと申しまして。ここで起きた事件について調査をしているのですが」
「調査……あ王妃様の」
「ええ。それで、事件当夜の出来事について、あなたからお話を聞きたいんです」
目をちらと下に動かして、兵士のマークと数がスペサンから聞いていた通りのものであることを確かめます。
「事件当夜も、あなたはこの南の詰所にいたんですよね、剣の4さん」
「そうだけど」
詰所の兵士――剣の4はまだどこか驚きが抜けきっていないような感じに、対応に困っています。
「えっとなに事件の話? はいいんだけど、あれ、この体勢ってちょっと失礼かな俺そっち行こうか。あでも無人にしちゃダメなのか。ちょっとくらいなら誰も来ないとは思うけど。でもさすがに、ううんどうしよ」
「……話を聞く間だけ私が代わりに入りましょうか」
見かねたようにスペサンが助け船を出しました。
「あそう? 頼める? じゃあお願いしようかな。入口から回ってきて」
そう言って兵士は立ち上がり詰所の奥へと向かいました。スペサンもアイリに一つ頷いてから動きます。詰所の入口は小さな建物の横手、北側に設けられていて、二人がすれ違ったのでしょうか、それじゃよろしくという声が聞こえてきました。それからすぐに、力の抜けたような歩き方をした剣の4がやってきました。
「どーもどーも。えーとこれ話はあんたにも聞こえてた方がいいのかな?」
「はい、できれば」
交代で窓口に入ったスペサンが答えました。
「となると立ち話になっちゃうか。まあ仕方ないね、勘弁してちょうだい」
「いえ、これくらい構いませんわ」
軽薄……飄々としていると言った方が正しいかしら? まあ、聞いたことには素直に答えてくれそうな感じね。
余裕を見せて応じつつ兵士の人となりを判断するアイリです。
「それでは事件の起きた日のことをお聞かせください。詰所に入ってから目撃したものについて」
剣の4は記憶の映像を思い出そうとするように、視線を斜め上に投げながら話し始めます。
「んー他の兵士たちにも散々聞かれたことだから繰り返しになるんだけどね、あの夜俺が見張りを始めてから事件が起きるまででこの詰所を誰かが通ったのは計五回だ。まず最初の三回は俺が詰所に入った直後、外部の見張りに出ていく兵士たち。順番は若葉の10若葉の5剣の3。これは記録帳に書いてあるよ」
スペサンが言っていた順番と同じですね。
「記録帳というのは、出入りした人を管理するための?」
「そんなところ。加えて何か特筆事項があれば記録しておくのが詰所での仕事なんだけど、まあ正直暇だよね。特に夜間はほとんど誰も通らないし特筆事項なんてそうあるもんじゃないし」
「その、最初に出ていった三人の兵士なんですが、それぞれたしかに本人だったんですか?」
「あんた面白いこと聞くね。うん本人。あの窓からは顔が見えないんじゃないかと思った? それ正解でね、普通に座ってると通り抜ける兵士の顔は見えないんだよ。敵から身を隠すためとかどうとかいった理由があるらしいけど詳しくは知らない。さておき顔が見えないから代わりに兵士はここを通るとき自分の正面を詰所の兵士に見せなきゃいけない決まりになってるってわけ。で俺はそのマークと数を記録する」
「……それは、若葉の5さんが二回目にここを通ったときも?」
「あそのことは知ってるんだ。まあうん。詰所に入って二時間くらいして若葉の5が戻ってきたんだけど、そんときもしっかりとマークと数を確認した。あいや、しっかりとではないかな? でも別に隠してたってわけでもないだろうし」
ぶつぶつと呟きだしたのが気になったので、もう少し突っ込んでみることにします。
「何かおかしな様子でもありましたか?」
「いやおかしなってほどでもないんだよ。ただ二回目に通った時は腕で体を抱えるようにしててね、模様の一部が見えなかったわけ。えーとこんな風に」
剣の4は右腕で左わき(?)を押さえるようなポーズを取りました。腕に隠され、左上のスペードマークが見えなくなっています。
「マークが一個削れて見えたんだけど、そこにマークが隠れてることは覚えてたし、そもそも数字が隠れてないんだから誰かは瞭然なんだよね。別に正体隠そうとしてるって感じではなかったなぁ全然」
一ヶ所だけ隠されたマーク、ねえ。
「見張りをしているはずの若葉の5さんが戻ってきたことについては、何とも思わなかったんですか?」
「暇だから自主休憩でもとるのかと思ったぐらいだよ。というか実際に尋ねたよ『休憩かい?』って。そしたら持ってた斧を軽く振って返してきた」
空いている左腕を振ってそのときの身振りをまねてみせます。
「斧を持ってたんですね」
「うん。若葉に支給されてるやつ。若葉の5に関してはそんぐらいかなぁ。で、その三十分後くらいに今度は出てったやつがいるんだけど、この正体が分からない」
「どうにも兵士らしかったと聞いていますが?」
「見慣れてるからね、体型からして間違いないと思う。でもマークも数も見えなかった。こっち向くことなく駆け抜けてったからねぇ。腕もこう、全力で振って。慌てて外に出て追ったけど、明かりがないからね、その橋を渡ったころには後ろ姿も見えなかったよ」
この詰所の監視体制、悪意ある侵入者に対してザルすぎないかしら? まあ私の知ったことではないけど。
「腕を振っていたということは、その兵士が何かを持っていたということはないんですね」
「小物は分かんないけどね。でもそこまで大きな荷物は見なかったよ。頭とか腕とか、さすがに気づくよ」
先ほどスペサンが言っていた通りですね。
「詰所空けっぱなしにするわけにもいかないから追うのは諦めてさっさと戻ったよ。そんときに誰かが通ったってこともないかなぁ静かだったから気配で分かったと思う。だからその次に人が来たのは剣の8が死体発見報告持ってきたときだね。あとはまあその剣の8が外の見張りしてたやつら呼びに行ったり連れて戻ってきたり。応援が来るまではここから動かなかったけどその間はなんも起きなかった。それぐらいかな」
「ありがとうございます。……んーと……一応、記録帳を見せてもらってもいいでしょうか」
「ん。いいよ。えーっと剣の3、それ取って開いて。しおりから二ページくらい前」
剣の4は窓越しにスペサンへと指示を出しました。スペサンもここの備品のことは知っているのでしょうね、迷わずに辞書ほどもある厚さのノートを取り出すと机の上に広げ、問題のページを開くとアイリの側から見やすい向きにして差し出してきました。
罫線の並ぶノートは『out;S3』『in;C5』といった具合に、ほとんどびっしりと兵士の名前で埋められていました。出る・入るの区別は付けていますが別々に整理されているわけではなく、ひたすら時系列順に記録されているようです。アイリはその中に『out;???』と書かれた箇所を見つけました。
「これが、正体不明の兵士の?」
「うんそう」
その前後を辿ってみますが話と矛盾がないことが分かるばかりでした。
ま、ダメ元よ。この兵士の証言はとても重要っぽいけれど、これ以上聞き出せることはなさそうね。
「ありがとうございました。お仕事中に失礼しましたわ」
「んー別にいいよ。犯人が誰かちょっと興味あるし」
「ちょっとなんですか?」
考えるより先に何気なく尋ねていました。
剣の4の方も自分で口走った言葉に少し意外そうです。
「ん? んーあーうんちょっとだなぁ自分に嘘はつけないね。犯人が捕まればそれは喜ばしいことだけど分からなかったら分からなかったでまあ仕方ないかなぁって割り切れる感じ。うん」
何度か頷きながら剣の4は詰所の入口へと向かいました。
「これで殺されたのが若葉の10さんとかだったらそりゃ犯人捕まえて欲しいなーとか思うけど、若葉の5だからなー。こう言っちゃなんだけどそこまでショックじゃないっていうか。あいつよく任務サボってたしなー。こういう考え方ってダメなのかなぁどうなんだろう」
兵士は独り言を呟きながら歩いていきます。その後ろ姿をアイリは見送りました。
*
兵舎の隅も隅、大路から外れた小さな茂みに、白いテープで長方形が描かれています。長方形は兵士たちの胴体と同じくらいのサイズで、ここが死体発見現場であることがアイリにも一目で分かりました。
胴体だけ残された被害者、ね……。
立ち上がって振り返ります。兵舎の内部、右下やぐらの近くです。兵舎は大きく分けて四つの区画から成っているそうですが、アイリの前には横幅に対して南北に長く伸びた建物が複数、同じ外観を見せて並んでいました。倉庫のようですね。辺りに兵士の姿は見当たらず静かでしたが、空気がどことなく張りつめているのはすぐ近くにそびえる外壁の威圧感によるものでしょうか。
これだけの広さに二十二人というのは少ない気もするわね。第二兵舎もあるそうだけど、分ける必要あるのかしら?
アイリがそんなことを考えていると、通りをスペサンがやってくるのが見えました。隣にはもう一人兵士がいます。遠目に見えるトランプの模様はスペードの8。死体の発見者ですね。兵舎内にいたこの兵士を、スペサンに頼んで呼んできてもらっていたのでした。
その兵士ですが、隣を歩くスペサンと比べて少し背が低く見えます。よく見てみると、どうやらちょっと前傾に歩いているんですね。背が丸まっているようです。(どこからどこまでが背なのかは深く考えないようにしましょう)
剣の8はどことなくおどおどとしながらスペサンに着いてきていました。少年というほどではありませんが、スペサンよりさらに若い、わずかに幼さの残る顔つきです。
猫背かしら? いえ、あの不安げな表情から察するに……。
「待たせたな。死体の第一発見者だ」
「は、はい! 剣の8であります! 兵舎内見回りの最中に若葉の5様の、し、し、死体を発見いたしましたっ!」
スペサンに紹介されて若い兵士はバッと背筋(?)を伸ばしました。
ちょっとうるさいけど質問には従順に答えてくれそうね。
「ええどうも。この事件を調べているイルセ・アイリと言います。早速ですけど、事件当日の見回りの様子をお聞かせ願えるかしら?」
「承知いたしました! あの夜、僕、いえ私は兵舎内を巡回しておりまして、警邏を始めて数時間経ったころ、この茂みに若葉の5様が倒れているのを見つけたのです。近くには斧も投げ出されており、もしや気絶しているのではと近寄ってみれば、なんとそこには胴体しか残されていないではありませんか! 慌てて事件の発生を宿舎の兵士に伝え、それから他の当直兵に報せて回った次第であります。以上です!」
「……ん? それだけかしら」
これまでの証言より格段に短いですね。
「え……あっ、申し訳ありません!」
剣の8は困惑した素振りを見せてから、顔を青ざめさせると勢いよく頭を下げました。
「警備に当たっていながらみすみすとこのような事態の発生を招いてしまいました! 自らの怠慢を恥じると共にこれからはより一層の集中と不断の努力をもって同様の事態の発生を防ぐべく研鑽を重ね任務に殉じる所存であり」
「待って待って。そういうことじゃない」
ストップをかけると剣の8は腰(?)を曲げたまま窺うような上目遣いをしてきました。目じりに涙が浮かんでいます。
……従順だけど少し面倒かしら。
「あー、いくつかこっちから質問するから、それに答えてくれる?」
「し、承知いたしました!」
再びピンと背筋を張ります。
やれやれね。
「まず死体の発見だけど、見回りを始めてから何時間後ぐらいだったか覚えてない?」
「すみません、正確な時刻は申し上げられません! ですが三巡目の終わりに差し掛かるところでしたから、おおよそ三時間前後だと思われます」
「三巡目?」
「はい、見回りはゆっくりと一時間ほどかけて兵舎内をひととおり巡回するのです。それを繰り返しての三巡目でした」
「ふうん……その見回りって、通るルートはいつも同じなのかしら」
「え。あ、いえ、見回りのルートは特に定められていませんから、常に同一ということはないと思われます。ですが、同じ日には同じルートを用いるのが通常かと」
「じゃあ、あなたもその日は特定のルートを繰り返し歩いてたわけね。それなら二巡目の終わりにもここを通ったはずだけど、そのとき死体は?」
「はい、もちろんありませんでした! 若葉の5様の死体が出現したのは三巡目になってからであります!」
詰所にいた剣の4が被害者が兵舎に入っていくのを目撃したのは警備開始からおよそ二時間後、犯人と目される兵士が兵舎から逃げていったのがそれから三十分後だそうですから、時間的には整合しますね。
「見回りの最中は何もなかった? 不審な人影とか物音とか」
「報告するようなことは何もありませんでした! ……あ、い、いえ、間違いなく犯人が兵舎内にいたのですから何もなかったはずもありませんが! ぼ、いえ私の至らぬばかりに!」
「別にあなたを咎めようとしてるわけじゃないのよ」
ちょっと鬱陶しくなるアイリです。
手をヒラヒラと振ります。
「ありがとう、大体分かったわ。聞いておきたいことももうないし、お戻りくださいな」
「はい! 失礼いたしましたっ!」
最後にもう一度頭を下げると、剣の8はくるりときびすを返し、歩かず走らずの早足で逃げるように離れていきました。
……そんなに怯えることもないでしょうに。
「いつもより短めだったな。温情か?」
せかせかと行く若い兵士を見やりながらスペサンが尋ねます。
「まさか。他の証言の確認ぐらいの感じで、新しい情報が期待できなかったから切り上げただけよ」
アイリは茂みに入り、やぐらに掛けられたハシゴに寄りかかりました。顔に添わせた人差し指で軽く頬を叩きます。考える仕草です。
「夜間警備をしていた兵士たちの話はこれで全部聞いたわけだけど、やっぱり最大の謎は身元不明の兵士がどうやって兵舎内に現れたか、ね。出入り口の警備は決して厳重とは言えないけれど侵入すれば気付かれるはず。外壁を登っての侵入は困難……さてこれは本当かしら?」
「何か考えがあるのか?」
「うーん……外からやぐらにはしごを掛けたとか? ダメね、必要な長さを考えると不安定で使い物にならない。投げ縄みたいにしたロープを忍び返しに引っかける……まさにその忍び返しから先に行けないわね。やぐらに結ぶにも忍び返しが邪魔だし、そもそも距離がありすぎる。やっぱり壁を登るのは難しそうね」
「となると、他に侵入経路もなさそうだが」
「地上がダメなら空はどうかしら」
「空だと?」
「無理かな。パラシュート、ハングライダー……狙って兵舎内に入れるのかしら。いえ、入れたとしても痕跡を残さず出て行かれないわね。事件後にそういう道具が見つかってたりする?」
「不審な物は何も見つかっていないし、そもそも何だその、ぱらしゅーととやらは」
「ああそう」
無視しました。
未だにここの科学技術レベルをはかりかねるわ。
「それじゃ、ヘリとかからレンジャーみたくロープで下りてくるってのもナシかな。そもそも音で気付かれるか。空からの侵入もない、うん。となると残るのは……事件当夜、南の入口以外の門は閉まっていたそうだけど、それは確か?」
「確かだ。門は内側から閂を下ろし錠前をかける、言うなれば二重の鍵がかかっていた。錠前の鍵は宿舎で管理されており、盗難防止のため夜間は各部屋が一本ずつ預かることになっている」
「ああ、五、五、六、六……そして宿舎の兵士にアリバイがあるってことは、北、西、東の入口の鍵を使えたはずがない、と」
「そういうことだな」
となると、剣の8の犯行ではなさそうかしらね。
内部見回りの途中、東の入口から外に出て若葉の5を殺害する。切断した部位を堀の近くに、胴体をやぐらの傍に運んだあと、兵舎の中から南の入口を使って外に出て、東の入口から中に戻り鍵を元通りにする。
そんな犯行の流れをアイリは考えていたのですが、他の入口が使えないのでは実現できない動きですね。
そうでなくとも、切断の理由も謎の兵士を演出した理由も分からない穴だらけの推理なんだけどね。
「身元不明の兵士がどうやって中に入ったのかが謎……ならばいっそ、そんな兵士などいなかった、というのは?」
「剣の4が嘘をついていたと?」
「そうなるわね。さて、剣の4が犯人だとして、そんな嘘をつく理由はあるかしら。罪を謎の兵士になすりつけようとした? たしかにその目的は果たせているかもしれない。でも、そのせいで一種の不可能状況が生まれてしまった。この不可能状況は剣の4の証言によってのみ成り立つもので、当然、本人にもそれは予測できる。罪をなすりつけるだけならこんな証言するはずないわね。若葉の5が兵舎の中に入らなかったことにして、死体を外に放置した方がずっと効果的よ」
「……結局、嘘はついていなかったということか」
「さてね。でも、疑うのに十分な理由がないなら、剣の4の証言はとりあえず正しいものと考えるべきだと思うわ。そして外からの侵入が難しい以上、スペサンと若葉の10が犯人とも考えにくい」
「それは重畳だ」
スペサンはあまり嬉しくなさそうに言いました。
ここまでの話は、兵舎にいた被害者以外の兵士二十一名、誰の犯行でもなさそうだという流れになっていますね。兵舎内に犯人はいないのでしょうか? いえ、アイリはそうは考えていませんでした。
宿舎にいた兵士たちは、アリバイがあること。
若葉の10は、兵舎の中に入れないこと。
剣の4は、犯人らしき姿を見たという嘘をつく理由がないこと。
剣の8は、兵舎から外に出られないこと。
それぞれの兵士が『犯人でなさそうな理由』が挙がったわ。裏を返せば、そこさえ崩せば一気に犯人の姿が見えるということ……。
「……不可能状況、そうね、不可能状況なのよ。ねえスペサン、どうして身元不明の兵士なんて謎が生まれたのかしら」
「今さらだな。それは、外からの侵入が不可能な現場に犯人が出現したからだろう?」
「そういうことじゃなくてね……言い換えるわ。犯人はどうして、わざわざ兵舎の中で若葉の5を殺したの?」
今度はすぐに答えず、スペサンは考え込んでしまいました。
「……若葉の5はもともと外の見張りを担当していた。それがたまたま兵舎の中に入ったところを殺されている。これは偶然かしら? いえ、そうとは思えない。そんな突発的な犯行なら、こんな不可能状況が生まれるとは考えにくいわ。ではどうして犯人は兵舎の中で犯行を行ったのか。兵舎の外では若葉の5を殺せなかった? あるいはどうしても兵舎の中で殺す必要があった? それとも別の可能性?」
犯人と思しき身元不明の兵士にまつわる謎の多い今回の事件ですが、ここへきてさらに謎が増えてしまいました。それも、どう考えたらよいかの取っ掛かりすらつかみにくい類の謎です。
でも、考える方向は合っているはずよ。あと少し、何かきっかけがあれば、これまで浮かんできた謎が一つにつながる予感がある……。
見張りの最中に兵舎へと戻ってきた被害者。
マークを隠すように当てられた腕。
侵入不可能のはずの兵舎から逃げ去った身元不明の兵士。
バラバラ死体。
残された胴体。
外へと出された他の部位……。
アイリは体を起こし、背中を預けていたやぐらを見上げます。外壁よりも高いのですからそれはもうかなりの高さで、木でできたはしごが天辺までまっすぐに伸びています。
「スペサンの推理では、犯人は切断した被害者の四肢と頭部をやぐらの上から投げたのよね」
「そうだな。そう考えるよりないと思った」
「見ておこうかしら。登ってもいいの?」
「ああ、問題ない」
アイリははしごに手をかけますが、一段だけ登ってふと、動きを止めました。手を放して下りるとやぐらから少し離れます。
「スペサン、先に登って」
「私が? いや、私は別にいいのだが」
「そう……じゃあ、しばらく倉庫の方を向いてて。私が合図するまで」
「何をする気だ?」
「いいから早く」
納得はしていないようでしたが、スペサンはアイリの言葉に従い倉庫の方を向きました。それを見てからアイリは再びはしごに手をかけます。アイリの服装はいつもと同じワンピースです。
はしごは見た目通りにしっかりしたつくりで、軽快に登っていったアイリはものの二十秒ほどで天辺に着きました。三メートル四方ほどの足場に、柱と柵、東屋のような簡単な屋根がのっています。
「もーいーよー」
地上のスペサンに合図だけ送り、アイリは兵舎の外を見ました。腰の高さくらいまで忍び返しが伸びていますが、その上から向こうは障害物もなく地平と森とが見渡せます。やぐらの端に寄って下を覗きます。角度の関係か、外壁に隠れて堀は見えません。
切断した部位をここから、ねえ。
柵にひじを突いて手であごを受けます。
わざわざはしごを上り下りしてまで……切断は部位と胴体をつなぐ線で行われたそうだから持ち手には困らなかったでしょうね。でもさすがに一度には運べないでしょうから地上とやぐらを往復することになる。どれだけの手間かしら? 犯行、切断、投擲と、三十分あれば間に合いそうではあるけど……そこまでする価値がどこにあるのやら。
柵の向こう忍び返しの向こう、放り投げられたパーツが堀の縁に落ちる様子を脳裏に描きます。
……あれ?
もう一度その映像を再生してみます。
……おかしい、のかな。どうなんだろう。
顔を持ち上げて食いつくように空中を眺めます。しばらくそうしていましたが、くるりと振り返ると、今度はスペサンに声をかけることもなくはしごを下り出しました。最後の数段を飛び降り、そのまま南の入口を目指してせかせかと足を動かします。
「今度はどうした」
「いや、ちょっと」
背後からの声に気の入らない返事をします。考え事に沈んでいるのか、首は少し前傾に、視線も下がり気味です。
南の入口を通り抜け、折り返し右下やぐらのある方へ向かいます。(剣の4に誰何されたような気もしますが対応はスペサンに任せて何も言わずに通り抜けました)
外壁越し、やぐらの前。切断された部位の見つかった辺りまで来ると、アイリはしゃがんで地面を見つめました。じっと眺めてみますが何の変哲もない地面があるだけです。首を横に、地面と水平になるように傾けて、森の方――アイリたちが来た方を見ます。ゆるやかに下りの傾斜がついているように見えます。
「……何をしているんだ」
頭上から困惑と呆れの混じった声が降ってきました。
首を傾げた体勢のままアイリは答えます。
「犯人は被害者を切断したあとやぐらから兵舎の外に向かって切断した部位を投げた。それらは堀の縁に落ちていた。そういう話だったわね」
「さっきも言った通り、そう考えるよりないと思うが」
「その光景を想像したの。腕と脚はまあいいわ。でも、頭はどうかしら」
「頭?」
首を起こします。視線は地面に向けられたままです。
「勢いで転がってっちゃうんじゃないかしら。堀の縁ギリギリに着地することなんてあると思う?」
「……たしかに普通に投げれば頭部だけは離れたところまで転がりそうだ。しかしそれは犯人の投げ方にもよるのではないか? たとえば頭を両手でつかみ、後ろ向きに回転を加えて投げれば、着地後にやぐらの方へと転がり……」
「犯人がわざわざそんな投げ方したっていうの?」
「……理由は思いつかないな」
「一応、あるていど自然な投げ方として、線の部分を持って振り子みたいに前後に振ってから投げたとすれば、ちょっとは後ろ向きの回転がかかるわね。でもたぶん、投げた方向への力の方が大きいわ。縁にかなり近いところに落ちていたというのは言葉の綾だった? それも違う。剣の10は斧を叩きつけてまで断言した。切断された部位の発見場所は縁沿いで、もう少し堀に近ければ落ちていたかもしれないと」
「それではこの矛盾をどう考えればいい」
「考え方は二つあるわ。ひとつめ、兵舎から逃げ出した犯人がわざわざ位置を直していった。全ての部位がまとまったところにある説明がつくわね。でもそんなことをした理由は不明。しかも詰所の兵士が追いかけてくるかもしれないという状況、のんきなものだわ」
「ふたつめは?」
「……切断された部位はやぐらから投げ出されたのではなく、犯人の手によって直接置かれた」
「それはおかしいな。逃走の際犯人が何も持っていなかったことは剣の4が証言していただろう。犯人はどうやって見つかることなく被害者から切り取った部位を持ち出したのだ」
「それが分かればね」
持ち出せたはずのない部位、か。せっかく矛盾っぽいものを見つけたというのに、それを追った先が新しい謎なんてね。こんなのばかりだわ。侵入できたはずのない兵舎から逃走した犯人、兵舎の中から持ち出せないはずなのに外で発見された部位。なんともちぐはぐな……
……ちぐはぐ?
自分にも聞こえないくらい小さく、ぽそりと呟きました。何かが引っかかったのです。でも何にでしょう? アイリはその正体を確かめるために、先ほどと同様、これまで聞いた証言から浮かぶ映像をいくつか脳裏に描いてみて――
突然に、その絵へとたどり着いてしまったのでした。
「……あ」
今度ははっきりと声が漏れました。意図せぬ声です。起こされた顔は驚愕に目が開かれていました。
それでもアイリの頭はよく回っていました。新しく浮かんできたイメージはとても鮮烈で、実に明快で、アイリに考えさせることをやめさせません。これまで頭を悩ませていた数々の謎も次々にそのイメージにはまっていきます。完成図はもう目の前です。
あと一手。
「…………」
無言のままゆらりと立ち上がったアイリが振り向くと、手が届くくらい近くにスペサンがいます。やっぱり無表情に見えます。いえ、何も喋らないアイリを少し訝しげに……心配そうに見つめているでしょうか。
アイリはうつむいてスペサンから視線を外しました。
すっと、腕を持ち上げます。
両手を押し出すようにスペサンの体を突き飛ばしました。
「っ! ……これはまたいきなりだな」
完全に不意を突かれた様子のスペサンは数歩あとじさり、踏みとどまるとアイリへと文句を投げました。ですが当のアイリはそんな言葉など聞こえていないかのようにうつむいたままで、今しがたスペサンを突き飛ばした両手を、その手に残る感触を確かめるみたいに眺めています。
「……見た目通りなのね」
スペサンの抗議を無視してアイリが言いました。静かな声でした。アイリの意図が読めないのでしょう、スペサンは不審そうに見つめます。
「あーおかしい。私よりずっと大きいくせに……そっか、そういえば私がスペサンに触れるのはこれが初めてなのね。だから今まで知らなかったんだ。ほんと、呆れちゃうわ」
「何を言っているんだ?」
「……いつものやつよ。最後の確認。あなたたち兵士は同じ格好をしてるからスペサンに代表してもらっただけのこと」
「最後の確認だと? ということは」
「ええ」
アイリは顔を上げました。ひきつった表情をごまかそうとする、ぎこちなく歪んだ笑顔でした。
「犯人が分かったわ」
*
いつもの宣言に、束の間、沈黙が流れました。やがて相対するスペサンが口を開きます。
「君がそう言ったときは、常に真相へと正しくたどり着いていた。今回もきっとそうなのだろうな。聞かせてくれないか。誰が若葉の5を殺したのか」
「……今回の事件の中心にはずっと一つの謎が居座り続けていた。すなわち、犯人と目される身元不明の兵士はいかにして監視された兵舎内に侵入しえたか、よ」
スペサンの質問に直接答えるではなく、アイリは解答への道筋を語り始めます。絞り出すような声です。
「兵舎の警備は厳重とは言えない。けれど誰にも見つかることなく、痕跡を残すことなく侵入することは不可能だった。外壁は高く、ほとんどの門は塞がれ、唯一の入口は監視されていた。なのにそこから脱出した兵士が目撃され、しかも兵舎の兵士の数は一人も減っていなかった」
「普通なら、外部犯を想定してもよさそうな状況だな」
「目撃された犯人が兵士の姿をしていなければそうだったかもね。ところで、この事件には他にもいくつかの謎が存在するわ。なぜ被害者は兵舎の中にいたタイミングで襲われたのか、なぜ被害者の身体は切断されたのか、なぜ切断された部位は外に放置されていたのか」
少しずつ声は大きくなりましたが、あまり感情のこもっていない、平坦なものでした。
「なぜ、なぜ、なぜばっかり。けれどついさっき、新しく『いかにして』の謎が加わったわ。いかにして犯人は、切断した部位を兵舎の外に持ち出したのか」
「君の仮定のうち、ふたつめが正しいとした場合だな。切断した部位が堀の縁にあったのは犯人が直接置いたからだ、と」
「ええ。しかし切断した部位をそのまま持ち歩いていたのなら詰所で剣の4に見られていたはずだし、やぐらから投げ出した可能性が低いのはさっき検証した通り。ここに二つの謎が並ぶわ。脱出した兵士と放置された部位。これらを、こう言い換えてみましょう。侵入できないのだから外にいなければいけないはずの兵士と、持ち出せないのだから中になければいけないはずの部位と」
「内と外か。なるほど、対称なのだな」
スペサンは納得したように何度か頷きます。
「それで、その対称はどんな意味を持つんだ」
「……若葉の5もカウントするとして、事件前後で兵士の総数は変わらない。内と外、ちょうど詰所を境界としたとき出入りのプラスマイナスはゼロ。それを踏まえて兵士たちの動きと総数をカウントしてみましょうか」
「外の見張りに出ていった兵士たちでマイナス3、といった感じだろうか」
「そうね、それでいきましょう。途中で若葉の5が戻ってきたからプラス1、身元不明の兵士が出ていってマイナス1、事件を報せに剣の8が外に出てマイナス1、三人になって戻ってきたからプラス3」
「合計マイナス1。矛盾だな」
「この矛盾、どうやって解消したものかしら」
「……プラス1が必要だ。つまり、謎の兵士がどのような手段を用いてか兵舎に侵入したことになる」
「正着ね。でも、方法はもう一つある」
「というと?」
「マイナス1をひとつ減らせばいい。そうすればプラスマイナスはゼロ、正しくなるわ」
「マイナスを減らすということは……この操作でいくと、出ていかなかった誰かがいる、ということか」
「そうなるわ。じゃあ、そのマイナス1って何かしら。たしかに兵舎の中にあったもので、出ていかなかったもの」
「…………」
スペサンは答えませんでした。
無言を聞きながらアイリは続けます。
「……対称に話を戻すわ。内と外の対称。中にいた兵士と外にある身体のパーツ。ところで現場にはもう一つ、内と外のどちらにあるかで重大な意味を持ちえたものがあるわね。ええそう、若葉の5の胴体よ。胴体が兵舎の中にあっても不自然じゃないのはどうしてかしら」
「……若葉の5が兵舎の中に入るところが目撃されているからだ」
「そうね。中に入って、中で殺されて、中で切断されたのだったら、胴体は中にあって当然よ。仮に被害者が兵舎の中に入るところが目撃されていなくて、内に胴体、外に部位とあったら、おかしいのは胴体の方ってことになるわ。でもこの場合、切断された部位が外にあることはちっとも不思議じゃなくなるの。だって被害者が中に入ってないってことは、外で殺されて、そのまま外で切断されたってことなんだから」
「…………」
「『いかにして切断された部位は外に持ち出されたのか』。この謎は、まるまるそのまま変換が可能なのよ。『いかにして胴体を兵舎の中へ持ち込んだのか』。どうやって兵舎の中に入ったのか分からないものがもう一つあるわね。そう、犯人自身。これで内と外、二つに見えた謎は一つにまとまるわ。『いかにして犯人は被害者の胴体と共に兵舎の中へ侵入しえたのか』。……もう分かったでしょう? 監視された兵舎、見つかることなく侵入することは不可能。その中で一度だけ、被害者が……被害者の胴体が目撃された瞬間がある。若葉の5が兵舎に戻ったときよ。そのとき同時に、犯人もまた兵舎の中に侵入していたのだとしたら……」
思いついてからずっと、アイリの頭を離れてくれない、それは強烈な絵でした。
「兵舎の中に入ったのは若葉の5ではなく犯人だった。犯人は四肢と頭を切り離した被害者の胴体で、自分の体の前面を覆っていたのよ」
「剣の4が入っていた詰所の窓は小さいもので、普通に座っていては通り抜ける相手の顔を見ることができない。だから兵士の識別にはトランプに描かれた模様が用いられる。犯人はそれを利用した。若葉の5の胴体で自分のマークと数字を隠し、若葉の5として兵舎の中へ入ったの」
明かされてみればなんてことはない、とても単純な『入れ替わり』ですね。ちょっと違うのは、必要なのが首ではなく胴体だったから、それ以外を切り落としたというところだけです。
「詰所を通るとき若葉の5は自らのマークを隠すように身体を抱えていたという。これはもちろん、マークを隠していたのではなく、胴体が落ちないように押さえつけていたのよ。……片腕一本でも押さえられるくらい、あなたたち兵士の胴体は軽いのだものね」
「……なるほどな。私を突き飛ばしたのはそれを確かめるためか」
はい、アイリが言った最後の確認とはそのことでした。
「若葉の5として兵舎に入った犯人は、右下やぐらの近くに胴体と被害者の斧を置き、あたかもそこで切断が行われたかのような現場を作った。まったく騙されたものだわ」
四肢や頭に対し胴体、どちらが運搬に適しているかと聞かれれば普通はもちろん前者ですから、外にあった部位こそ持ち出されたものだと思い込んでしまうのも仕方ないかもしれません。
「現場を完璧なものにしようと思うなら四肢と頭部も兵舎の中に持ち込むべきだったけど、どうやらその方法はなかったみたいね。投げ込もうにもご覧のとおり外壁が邪魔をする。だから犯人は諦めて胴体だけを残すことにした。一方で外に残された部位は、切断したまま放っておいたら残された位置から外で切断があったことがバレてしまうかもしれないから、どこかに移動させる必要があった。そこで犯人は、ただ移動させるのではなく右下やぐらの近くまで持っていくことで、『犯人は切断した部位をやぐらから投げ出した』というシナリオを書いたのね。首の問題までは頭が回らなかったようだけど」
発見された部位にアイリが疑問を持ったのもそれがきっかけでしたね。推理もいよいよ佳境です。
「犯人はそれですべての用を終えたけど、犯行にかかるであろう時間を考慮して、少し時間をおいてから兵舎を出ていった。今度は剣の4に自分の模様が見られないよう駆け抜けてね。これが身元不明の兵士の正体よ。マイナス1の矛盾を晴らすプラス1、出ていかなかったマイナス1とは、被害者の胴体そのものだった。現場の内と外は逆転したわ。出入りの監視された兵舎で起きたこの不可解な事件、犯人は兵舎の外にいた兵士ということになる」
兵舎にいた兵士たちがそれぞれ犯人でなさそうな理由。外で見張りについていた若葉の10が疑いを免れていたのは兵舎の中へ侵入する手段がないからでした。それこそまさにこの入れ替わりトリックが実行された理由です。外にいた兵士に犯行は不可能だと思わせること。でもそのトリックはアイリによって暴かれてしまいました。
あとは犯人へと一直線です。
「……詰所で目撃された若葉の5――犯人は、片腕で胴体を押さえ、もう片方の手に斧を持っていた。剣の4からの質問に、その斧を振って応えてまでいる。となれば、このとき若葉の5に成りすましていたのは若葉の10ではありえない。だってあの兵士には片腕がないのだもの」
片手で斧を扱う独眼隻腕の兵士の姿を思い浮かべ、すぐに払いました。その代わりに正面にいる相手を見つめます。相変わらず何を考えているのか分からない、無表情なその兵士を。
「残るのはあなただけよ。スペサン、あなたが若葉の5を殺したの」
「……そうだな」
犯人だと名指しされても、スペサンはいつもと同じ冷静な調子です。
「論理に抜けがあるのかもしれないが、反論が私には思いつかない。何より、ここで正直に認めてしまう方が潔さそうだ。ああ、君の推理の通りだよ。若葉の5を殺したのは私だ。付け足すことは何もない」
淡々と、事実そうであるからというように言います。開き直るでもなく、自棄でもなく、ただそれが事実だから認めるのだと。
「……そう」
か細く一言呟くと、またうつむいて、それきりアイリは黙ってしまいました。相手を断罪するに足るだけの手続き、話すにあたり自分の心の声に耳を傾ける必要のないそんなものを語り終えてみれば、アイリは口に出せる言葉を持っていませんでした。
兵舎の前で二人、待ちぼうけるみたいに立っています。
「尋ねないのか?」
先に口を開いたのはスペサンでした。
「……なにを?」
「動機だ。私がどうして若葉の5を殺したのか」
アイリが答えないのでスペサンはさらに言葉を重ねます。
「君と最初に会ったとき、あの奇妙な庭で起きた事件のときは、動機の話は得意じゃないと言いながらも、君は捜査の段階からなぜ被害者が殺されたのかを考えていた。おかしな鐘のある屋敷の事件では私が余計な情報を伝えたせいか犯人探しに集中していたが、自分の認識が誤っているらしいと分かるや君は犯人に動機を尋ねた。墓に行ったときは、被害者の素性すら分かっていなかったというのに、隠された動機を君は暴き出した。君はいつだか言っていたな、動機なんてどうでもいい、考えるだけ無駄だと。私には、それが君の本心とはとても思えないのだが」
「……そんなのたまたまよ。どの事件でも偶然、動機を知るきっかけがあったというだけ。きっかけがなければ、きっと気にもしなかった」
「それは、今もか」
「…………」
そんなの、気にならないはずがない。
何をしてくれたかと言えば道案内程度、それが終われば捜査の間はほとんど黙りっぱなし。代役はいくらでもいたでしょう。でも、あなたはいつも私のそばにいた。この愉快な謎と推理の世界における憎からぬ話し相手として。それでよかったのに。それ以上を望みはしなかったのに。
犯人になる必要なんてなかったのに。
「どうして」
ぽつりと、こぼしました。
地面に吐き出すように、ひとつひとつ、言葉をつむいでいきます。
「どうして、殺したの。避けられなかったことなの。あなたと被害者との間に、どんな事情があったというの」
「事情か」
スペサンはやっぱり、どこまでも冷静に言います。
「事情は、特にないな。若葉の5はただの怠慢な兵士だ」
ピクリと、アイリは反応しました。スペサンの口ぶりから感じるところがあったのです。
「強いて言えばその怠慢さが理由だ。やむなく……でもないが、なんにせよ殺人事件を起こそうと考えたとき、被害者はできる限り集団にとって無益な者としたかった。これが不遜な考え方なのは承知の上だ、受け入れよう」
思わずアイリは顔を上げました。スペサンの話の行きつく先が、経験的に見えかけてしまったのです。この感覚をアイリは知っています。先ほど味わったばかりですからね。もう少しで答えが出てきそうで、だけどそれを見たくない、そんな感覚。
「スペサン、あなたは……殺人事件を起こしたかっただけだというの? そのためだけに若葉の5を殺したの?」
「ああ、そうなるな。なにせ、この世界では殺人事件などほとんど起こらない」
――普段のこちらは平和だぞ。殺人事件なんてめったに発生するものではない
――死人の名前が出たのは膳美郎女……あなたが前にここへ来たとき以来だから
「そして殺人が起こるたび、アイリ、君がこの世界にやって来た」
――しかし君も災難だな。またこうして事件に巻き込まれるとは
――素直な気持ちを言っただけだ。私は君の能力を高く評価している、それだけの話だよ
引きつる表情はもはや誤魔化せそうにありません。アイリにはもう次のスペサンの言葉が分かってしまいます。やめて、それは言わないでと、叫びたかったのですが、どうしてか喉が言うことを聞いてくれません。
スペサンはそんなアイリへと、無表情の目の奥にたしかな親愛を湛えて言いました。
「そう、殺人事件が起きれば君に会えると考えたんだ」
アイリはミステリーが好きな女の子ですからもちろん知っています。スペサンが語った動機なんて、そういう真相のミステリー作品はすでにたくさんあって、そのまま使ったのでは何の新鮮味もないアイデアの一つなんです。
ですが、目の前でそのまま使われてしまいましたね。
しかもお相手はアイリだそうですよ。
「やめてよ……」
アイリが言いました。どうしようもなく震えた声でした。平然とふるまうことなんてできませんでした。
「なんで……なんで、それなの? よりにもよってその理由なの?」
「そんなに不思議か? 君はこれまで素晴らしい活躍をしてきたじゃないか。事件に対し毅然と立ち向かう可憐な少女、異常な舞台で鮮やかに謎を解き明かす名探偵。君は、それだろう? その姿を最も近くで見続けてきたんだ。さらなる活躍を望む心理は至極当然なものだろう」
違う、私はそんなんじゃないと言えれば良かったのですが、幸か不幸かアイリはそこそこ頭のいい女の子でしたから、言い返しても無駄だということが分かっていました。
なぜって、ええ、自分に嘘はつけませんからね。
「墓の事件における推理も見事なものだったが、あのときは犯人にやり込められてしまった部分も大きかった。君はとても落ち込んでいるようだった。それでどうにか奮起してもらおうと考えたのが今回の事件だ。私を含め、特定の誰かに疑いの及びにくいような状況を作る。目的に即した良いトリックだと思っていたのだが……君は、すっかり真相を暴いてしまった。流石だよ」
「やめてってば、そんな……まるで私のために事件を起こしたみたいな言い方」
私のせいで誰かが殺されることになったみたいな言い方。
死んだ者の名前で出来た鎖……。
名前?
はたと気がついて、アイリは呆然とします。
若葉の5の名前って、なんでしたっけ。
「……私は、あの墓でミイラが言っていたことにも理があると思う。たしかに探偵行為とは少なからず冒涜的なものだ。だがそれを殺人者の側から押しつけるのは卑怯だと考える。今回とて同じだ。私がどんな動機で誰を殺したとしても、それは君には関係のないことだ。君は遠慮なく殺人者を暴き断罪すればいい。死者への冒涜だろうがどうした、そこには間違いなく正義があるのだから。違うか?」
どうやらスペサンは死体が動くお墓での事件のフォローをしてくれているみたいですね。もしかしたら今回の事件も、アイリを立ち直らせるのが本当の目的だったとか、そういう可能性もありえるのかもしれません。
でももはやそんなこと、アイリにはなんのなぐさめにもなりません。
アイリは元から、あの墓の事件のときだって、なんにも悪くありませんでした。
間違ってなんていませんでした。
「スペサン……」
でも今は――
「お願い。もう、黙って。何も言わないで」
今になって――
「私を褒めないで。甘やかさないで。正当化しないで。都合よくならないで。これ以上……私を盲目にさせないで」
アイリはものすごく、自分のことが怖くて恥ずかしくてたまらないのでした。
*
そういえば、はっきりと言ったことはありませんでしたね。
最初から分かりきっていたことではありますが、あらためて、ちゃんと書いておきましょう。
これはアイリの見ている夢です。
もう一回。
これはアイリの見ている夢です。
全部、ぜんぶ。
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