バレンタイン・デー2(告乃の場合)

 「――ところで、さぁ」

「ん、何だ、藪から棒に」


特に何をするでもなく、いつも通りに部屋で過ごしていた昼下がり。

突然、告乃が問い掛ける。


「……アンタ、今日が何の日かくらい、知ってるわよね?」

「ん。

  バ レ ン タ イ ン ・ デ ー 」


「っそ。

 良かったわ、手間がなくて。

 ……ここでボケられたり、知らないとか言われたらどうしてやろうかと思った!」


オレが素直に返答すると、彼女は全力で息を吐いた。

……どうやら、想定されていたらしい。


そっちの選択肢を選ばなくてよかった――……。

心からそう思う。


「その辺、付き合いはじめてから、ちゃんと学んだんで……。

 ――たぶん、そんなことしたら、 本 気 で く れ な い と思った。

 さすがに、それは、イヤ、なので」


「  正  解  。

 少しは学んでるみたいで、ホッとしたわ」


「ありがとう。

 ――じゃあ、くれるんですか?」

「……一応、用意はしてきた」


一連の流れを切り裂いて、告乃がビシィと目の前に人差し指を突きつける。


……何だ?


「――けど、その前に!」

「……前に?」


「――アンタに取って、この日ってどんな日?

 ……それを、聞かせてもらう。」


「“この日”、って…… つまり、バレンタイン・デーのことか?」

「……っそ」


「えぇ……?

 どんな日、って、訊かれてもなぁ……。

 別段、特に――…… まぁ、男として気もそぞろな日ではあるけど……。

 あっ! 告乃に会うってなった時は嬉しかったし、緊張もしたぞ!」


「そっ、そう言うのはいいからっ!

 つまり―― 去年までのバレンタイン、の話!」


オレの気取った返答は、告乃の思い浮かべたようなものではなかったらしい。

―― 一応、それらしい回答をしたつもりだったのだが。


まぁ、普通に質問に答えるべきか……。


「去年まで……?

 それは、つまり、どういう話をすればいいんだ?」


「そ、その…… だからっ!

 誰かに、チョコレートをもらったとか!

 誰に、チョコレートをもらったとか!

 どんな、チョコレートをもらったとか!

 それを受けて、ホワイトデーにどんなお返しをしたとか!

 思い出! とか! 全部!!」

「誰に…… どんな……」


今ひとつピンと来ずに、オレの思考は中空を舞う。

十数年分の2/14をフラッシュバックさせていくも、答えに辿り着かずに頭を捻る。


……と、見かねて告乃の方から質問を変えてきた。


「――さすがに、誰からももらってない、とか言うわけじゃないわよね?」

「そうだなぁ、一応、スポーツやってたから…… 中学では大会にも出たし。

 全くもらってないって言ったら、嘘になるな」

「……そう言うのでいいのっ」


「つっても、ホントにそんな大した思い出はないんだけど……。

 小学校の頃は、何て言うんだ。

 男子小学生の見栄みたいなのに、スポーツマンの意地みたいなのが乗っかってて……」

「あー…… わかる。

 女子と仲良くするのはカッコ悪い、とか、スポーツマンは恋にうつつを抜かしてはいけない、とか」


「……まぁ、そういうことです。

 受け取らなかったり、受け取ってもお返ししなかったり……」

「――結構、本気チョコだった子いたんじゃない?」

「ぐっ……。

 悪いとは思ってるんだよ、今更だけど――」


「じゃあ、中学は?

 大会行ったのは中学の頃でしょ?

 ――さぞや、おモテになったんじゃないんですかぁ~?」


「んー…… どうなんだろ。

 うちの中学、結構、そう言うのうるさくてなぁ。

 直接渡されたりは出来ないようになってたんだよな。

 野球部でまとめて預かって、個人に受け渡しするって感じで。

 でも、家凸されたりもしなかったし、手紙が入ってたりもしなかったし……。

 ほとんどが、“身近なスポーツ選手にあげるファンチョコ”の類だったんじゃないか?」


「ふーん…… あんま、釈然としないけど。

 じゃあ、高校は?

 去年と、一昨年。

 一年目には―― 一年度目、には、野球部もう辞めてたんだっけ?」


「あぁ。

 だから、まともにはもらってなかったぞ。

 クラスメートに義理チョコ数個もらった程度かな」


「ふぅん……。

 ――それでも、数個はもらえるんだ?」

「黒歴史なんですけどね……。

 その頃のオレは、結構、人気取りを意識して生きてたりしちゃったんで……」


「……そこは別に良いわ。

 それじゃあ、最後、去年。

 結構、本丸なんだけど?」

「本丸?

 まぁ、去年2月はまだお前ら、入学入部して来てないから、知らないだろうけど」


「……でも、女子野球部はあったでしょ。

 先輩たちから、もらったりしてないの」

「――あぁ、そう言うことか。

 もらったよ」

「……ほぉら!」


やっとのことでたどり着いた答えに、声を上げる。


とは言え、多分、告乃が考えているような返答にはならないだろうな。

そう苦笑しつつ、次の句を打つ。


「でも、全員で1個な。

 完全な義理だよ、義理。

 お返しも、大きめのバラエティパックみたいなの買って、適当に食ってもらっただけだし」

「えぇ…… ちょっと、意外、かも」


「そうか?

 ――考えればわかることだろ?

 元々、去年の夏大会が終わるまで、オレは、

 “至宝女子野球部の部員を女子だと思うことをやめてた” ――んだから」

「あっ――……」


「だから、“それをわかってた部員たち”が用意したのも、全員で義理チョコ1個。

 ――誰も、それ以外はくれやしなかったよ。

 ちなみに、クラスメートからの義理チョコもなくなった。

 カウントするか迷う100円未満のを、いくつかもらった程度だな」

「……そっか」


相槌を打つと、彼女は目線を落とした。

そこに思い当たらなかった自分を責めているのだろうか。


――正直、それはオレにとってはそこまでのことじゃない。


変に萎縮されても面白くないので、話を変えてやろう。

決心して、相手の方に水を向けた。


「――そっちこそ、どうなんだ?」

「――あたし?」

「まぁ、本命はお兄さんなのかも知れないけど。

 他にも、誰かにあげたりしなかったのか?」


「ま、まぁ、お兄ちゃんには毎年あげてるけど……。

 一応、お父さんにもね!

 ――家族、家族チョコだから!」


「おう。

 ……別に、それは、今更疑ってないけど。

 他には?

 ずっと男女混合の野球チームにいたんだろ?

 チームメイトとか、コーチや監督とか……」


「えぇ……?

  あ の 人 た ち に あ げ る の ?

   な  ん  で  ?  」


「  ひ  で  ぇ  な  !  ?

 義理でもあげたりしなかったのか――……?」


「 だ っ て 、 そ ん な 価 値 、 あ る と 思 わ な か っ た も の 」

「  ひ  で  ぇ  な  !  ?  」


「別に、チームメイトやコーチ監督として、嫌いだったわけじゃないけど……。

  あ 、 嫌 い な の も い た け ど 。

   結  構  い  っ  ぱ  い  い  た  け  ど  。

 どっちにしろ、個人的には愛情はおろか、感謝でさえもどうこうって言うのはなかった、なぁ~。

 ――バレンタイン・デーって、少なくともそういう日でしょ?」


「……徹底してるなぁ――……。

 まぁ、そうなのかも知れないけど……。

 ちなみに、本藤選手って、やっぱり?」


「――毎年、積み重なること山の如く、よ。

 小中でもバッグにいっぱい、くらい。

 甲子園に行ってからはそれこそトラックがいるんじゃないかと思ったくらい」


「だろうなぁ……。

 それって、どうしてるんだ?」


「んー……?

 基本的には、お兄ちゃんが食べてる。

 甘いものは好きだし、カロリーはたっぷり使うしねー。

 でも、あまりにもオーバーしちゃってる時はアタシたちも手伝ってる。

 手作り系は――…… うん、夢を壊すからやめとこ」


「あー…… まぁ、賞味期限とか色々、わからなくなるもんな……」


――オレの方も夢を壊さないようにぼやかして置く。

まぁ、そういうこと、なのだろう。


「それでも!

 あたしと彼女さんのは、一番最初に食べてくれるからっ!」

「知ってる。

 ……あの人はそういう人だ」


「そうでしょ、そうでしょう――。

 ……」


と、胸を張ってから、言葉に詰まった。


――?

何か、引っかかる部分でもあったろうか。


“義姉”に関しては解決済みのはず。

……それ以外に何かあるのだろうか?


戸惑うオレを横目にチラチラと見てから、やっとのことで口を開く。


「……。

 ――でも、今年は、まだなんですけどー!」


「……ん?

 まだ、渡してないのか?」


「……っ!

  そ う じ ゃ な い で し ょ ! 」

「 え っ ? 」


「はぁ~……。

   学  ん  で  コ  レ  か  ぁ  ……」

「  唐  突  に  デ  ィ  ス  ら  れ  た  !  ?  」


「ホンット、兄さんはまだまだ、乙女力の修行が必要よね……」

「 精 進 サ セ テ イ タ ダ キ マ ス 」


テヘペロ、と、茶化して言葉を返す。

告乃は、大きくはぁ、と、ため息を吐いた。


「もう、いいわよ。

 ――ほら、これっ」


「えっ……。

 お、おう、ありがとう」


「まっ―― 一応、聞きたいことは聞かせてもらったし。

 ……良しとする。

 ――まともに返したことないっぽいから一応言っとくけど…… お返し、忘れないでよね」


「おう、もちろん!

 3倍返しでいいのか?」


「 え ?

  そ れ で 済 む と 思 っ て ん の ? 」

「  え  ?  ?  」


「――今まで話した話のチョコの合計、いくつ?

 あ、至宝女子の分は除いて良いけど」

「……え?

 えぇと…… たぶん、20くらい――」


「  じ  ゃ  あ  、  6  0  倍  で  」


「  ど  う  い  う  計  算  !  ?  

   掛  け  算  な  の  !  ?  」


「 普 通 に 掛 け 算 。

 3倍 × 過去20人。

  今 ま で “ 兄 さ ん ” が 弄 ん で き た 女 性 の 分 を 総 取 り 」


「  ど  う  い  う  シ  ス  テ  ム  !  ?

  弄 ん で な い し ! 人 聞 き 悪 い し ! ! 」


「―― で も 、 お 返 し し て な い の よ ね ? 」

「……  う  。

 それは、まぁ――……」


「じゃあ、あたしが全部もらってもかまわないじゃない?」

「――わぁーったよ。

 で、くれるチョコはいくら換算だよ?」


「 P r i c e l e s s 」

「 0 円 に な っ ち ま う ぞ ! ? 

 ゼロにいくらかけてもゼロだよ!」


「……うん、まぁ。

  1 , 0 0 0 円 で も 6 0 , 0 0 0 円 に な る け ど 。

 ――別に、お金が欲しいとも思ってないし。

  た ー だ ー し ! ! 」

「――ただし?」


「…… 想 い は 6 0 倍 に し て 返 し な さ い よ ね っ 。

 少なかったら許さないんだから――」


「……あぁ。

 それは難題だな――……」


照れたようにそっぽを向いた彼女。

その後ろ姿に向かって、笑みながら呟いた。


――オレの方に、そんなつもりは毛頭なかったから、だ。


何倍、何十倍であろうとも、この想いには敵わない。


それは、わかりきったことだから――……。

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