case3:Freezing&Burning.2

 日が暮れ始める夕方。人々は家に帰り、明かりをつけ始める民家がぽつぽつと出てくる。田舎でそこまで人口も多くない町だが、人と人との繋がりを大事にし幸せと呼べる生活ができている。


 そんな町で、事件が起こる。


「た、大変だあぁぁぁぁ!」

 町のHQに駆け込んでくる眼鏡のブ男。扉を開けるなり叫ぶ。その場にいた冒険者たちがなんだなんだと視線を向ける。


「どうしたのですか?」

 HQの受付嬢がその男に対応する。

「はっ、はっ、はっ、」

 男はよほど急いで来たのだろう。酷く息を切らし、喋るまでに時間がかかるようだ。受付嬢が水を差し出すと、感謝を言う前に一気に飲み干した。


「ありがとう、ございます、少しは、落ち着き、ました」

 まだ息は切れているがなんとか喋れるようになった。


「いったいどうされました」

「こ、ここの町を出て少し歩いた所に、何も無い荒野があるだろ」

「ありますね」

「そこがすっげぇことになってんだよ! 何かが爆発したみたいに窪んだ所だらけでよ、ありゃ魔物かなんかの仕業だよ。この町に襲ってくる違いねぇ!」

「はぁ······」


 早口で曖昧なことしか言わないため、対応の仕方が分からない。喋る度に歯茎が剥き出しになり、唾も飛ぶため対応すらしたくもないがとりあえず相槌を打ってあげる。


「信じてくれよ! ほんとにヤバいんだって」

「と言われましても。HQは魔物が出た場合には対処ができるのですが、その言い分だと現場には何もいなかったのですよね」

「確かに犯人はいなかった。でもな、ありゃあ誰かのいたずらとかそんなレベルじゃあねぇんだよ」


 男が騒いでいるため冒険者の一人が寄ってきた。大柄で髭が濃い。近くに来ると煙草とおじさん特有の匂いが鼻につく。全身には鎧が、背中には大きな剣が装備されている。


「おいあんた、具体的に言ってくれないとカスミちゃんも困っちゃうぜ。なぁ?」

「そうですね。それとタワべさん臭いです。ちゃんとお風呂に入ってください」

「俺ァ海の男だぜ? 臭くてなんぼよ」

「いえ、あなたは海がどうとかでなく普通に臭いです」

「おいおい辛辣だなぁ、がーはっはっ!」


 受付嬢カスミはタワべを払い、男を席に座らせ話を再開する。


「クエストにしたいのなら具体的な目標を教えていただきたいのですが」

「目標も何も俺はただ知らせに来たんだよ! 魔物がこの町に来ようとしてるんだ」

「でもこの町の冒険者の皆さんが日々活躍してくださっているおかげで近くに人を襲う魔物はいないと思いますが」


 いえーい、俺たち頑張ってるぜー。と、茶化しを入れる冒険者たちの声が聞こえるがカスミは無視して話を続ける。


「とにかく見に行ってくれよ」

「······分かりました。誰かに様子を見に行かせましょう。誰か荒野の方に言ってくださる方はいますかー?」


 カスミが呼びかけると元気いっぱいな子供のように手を上げる冒険者たち。少しでもカスミにアピールしたいようだ。


「では、タワべさん。見に行ってきてください」

「おう、任せな」


 タワべは意気揚々とHQから出て荒野へと向かう。そして十分後。タワべが帰ってきた。出る時よりも表情は真剣なものになっている。


「カスミちゃーん。そいつの言っていたことはどうやらマジだったようだぜ」

「どうなってましたか」

「そいつの言った通りにあちらこちらで爆発が起きたみたいな感じだった。確かにやばいものを感じた」


 袖から何かを取り出したタワべ。


「それと、こんな紙が落ちてた」

「紙、ですか。えっと······『次は町を狙う。それをして欲しくなければ金品を再びこの場所に寄越せ』ですか。変に遠回りな脅迫ですね。まぁ、警戒を強めていきましょう」


 カスミはクエスト発注するためそれについての書類をまとめる。日時、場所、第一発見者、等々。


「すいません、あなたのお名前は」

「お、俺の名前はユイトといいます」

「ユイトさんですね。情報提供感謝します」



 ユイトと名乗った男はHQを出る。しばらく歩いたところで町の噴水に腰掛け、眼鏡を外し一息つく。噴水の近くに植えられていた木に、お訪ね者の張り紙があったのが目に付いたので剥がした。


 「さてさて、俺の正体がバレるのが先か、成功するのが先か······」

 眼鏡の男の名はユイトではない。お訪ね者本人、アクトだ。だがこの町に入った時とは少しばかり容姿が異なる。


「アクト、よかったのですか」

「うん。これでHQの冒険者は謎の敵を警戒するようになる。そこに俺が――」

「違います。作戦のことではなくて、髪型ですよ」

「また生えてくるしいいだろ」

「なんですかその髪型は。眼鏡をかけて噴水の水に映る自分の顔をよく見てみなさいよ」


 アクトは噴水の水を覗き込み、改めて自分の変装の顔を見てみる。


「うわぶっさ。いやー完璧な変装だな」

「あなたがここまで不細工だと私まで恥ずかしいのですけど」

 

 変装前も格段整った顔立ちといったわけではなかったが好印象は持たれる程度の顔をしていた。だが今はどうだろう、前髪は下ろしているのに横髪を変に上げている。頭部で逆三角形ができている。さらに肌には薄く粘土質の泥が塗られ、どうしもうもないくらい気持ち悪い。


「なんだこいつ、殴りてぇ」

「あなたがそうしたのでしょう」

「そりゃこの顔で話しかけられたら受付嬢ちゃんも嫌そうな態度とるわ」

「あなたにはプライドとかはないのですか」

「俺は目的を果たすためなら死ぬ以外はなんでもできるぞ。だからお前も俺を選んだんだろうが」

「······そう、でしたね」


 その日はそれ以上なにも起きなかった。アクトは見つけておいた廃墟に隠れ、一夜を過ごす。


 次の日、町の話題は荒野の件一色になった。その荒れ具合を見に行く人が多数出たことで一気に注目を浴びた。


 あれをやった者の正体は、そもそも本当に魔物の仕業なのか、冒険者がやったのではないか。人々からは様々な憶測が飛び交う。


「いいねいいね。いい感じだね」

 アクトはその様子を傍観する。荒野が荒れ果てているのも勿論アクトの仕業。グリザリードから奪った万物破壊カタストロフの練習も兼ねてひたすら破壊の限りを尽くした。お陰で少し指パッチンが上手くなった。


「よーし、ここにスパイスを加えるか」


 今日のアクトの容姿は昨日のものともさらに異なる。昨日はブ男を演じたが、今日はチャラついた男風。特にこの話題に盛り上がっている若者グループに近づく。そしてまるで知人のように話しかけこう言った。

 

「おい聞いたか? あれ、転生人の仕業らしいぞ」

 嘘は言っていない。アクトも転生人だ。


「は、マジかよ」

「マジだって。だってあんなの転生人以外に誰ができんだよ」

「確かに······。数メートルの穴なんて普通はそう何十個も開けれねぇよな」

「だよなだよな」


 新たな情報に盛り上がる若者グループ。人はゴシップというのが本当に大好きで、正義の味方の転生人があんな所業をとなっては食いつかないわけがない。


「あれ、てかお前誰?」

 突然話しかけてきた男が誰の知人でもないと気づき、名前を聞こうとするがそこにもうアクトの姿はない。



 アクトは続けざまに先ほどの情報を広め続けた。

「おけおけ。これで疑いの対象は転生人だ」

「本当に大丈夫ですかねこの作戦」

「転生人にヘイトが溜まっていけばHQ経由で近場にいる転生人は出てきて調査しざるを得ないだろ。そうしないと脅迫犯にさせられる」


「ここから最寄りの転生人となるとけっこう遠くになりますよ。そんな遠くからわざわざ来るでしょうか」

「ははは、ヴィクはバカだな。ほんとバカ」

「久しぶりに来ましたねそのバカ発言。私は頭がいいです」


「転生人の中には自由に空間を移動できるやつがいるんだろ? なら転生人にとって距離なんて問題じゃないだろ」

「そういえば」

「さーて、どんなやつが来るかな。俺の『絶対にバレてはいけないオオカミ少年24時』が吉と出るか凶と出るか」

「開始から24時間は過ぎましたけど」

「これは語呂の問題だからいいんだよ」



 そしてそれから一日も経たぬうちにアクトの思惑通り転生人がやって来るのだった。だがアクトは運が悪い。やって来たのは最強クラスのチート転生人だった。

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