case3:Freezing&Burning


「おー、これが町か。異世界に来たって感じだな」

「何を言ってるのですか。魔王や転生人と戦ったのですから既に異世界感は堪能していたでしょう」

「いやいや、あいつらは普通じゃなかった。でもこうやって普通の人も普通じゃないのを見ると、違う世界なんだなと思う」

「変な人ですねアクトは」


 アクトは最寄りの町にやって来ていた。そこは前世のような建物は当然ながら一切なく、レンガや石造りの建造物ばかり。道路はコンクリートではなく石畳で、車の代わりに馬車が通っている。


「おいヴィク、人間じゃない奴らも普通にいるけどあいつらはなんだ」

 アクトが指さす先には明らかに人間とは肌の色も体の作りも違う、人型の何かが普通に人間たちに馴染んで生活していた。


「あれは亜人種と呼ばれるものですね。人間と他種族が混ざり合った種族。また、人型の魔物で、人間と同じように生活する者も総じて亜人種と呼びます。目の前にいるのは、蛇と亀の亜人種ですね」


 蛇と亀の亜人種は普通に服を着て、店頭で野菜の値段を値切っていた。姿形は人間と違えど、人間と全く同じように暮らしている。


「意外だな」

「何がですか」

「亜人種みたいな奴らが普通に溶け込んでいるからな。驚きを持つのは当然だろ」

「これより二年ほど前にとある国で亜人種と人間の大きな衝突が合ったのです。それを経て和解の風潮が広がってゆき、今の関係性まで築きました」


 町を行く人たちも、亜人種たちに快く挨拶したりと嫌悪感を抱いてる様子はなかった。


「いいことだな。差別はよくない。それより腹が減った。飯屋を探そう」


 アクトは町を散策して、看板に大きくパスタの絵が描かれている店を見つけた。そこに入り、一番安いものを注文する。


「それにしてもここの言語は日本語なんだな」

「初代転生人が日本人でしたので、この世界の言語を日本語で統一したのです」

「言語統一って、現実世界では成し遂げられないことを平然とやってくるなこの世界は」

「転生人とはそういうものです」


 アクトが頼んだパスタは、海鮮物のパスタだった。この町の近くに海があるため、海産物がよく手に入るようだ。味はまぁまぁ食べれる程度、不味くはないが美味しいともあまり言えない。だが味よりその量が嬉しかった。予想以上のボリューム感だ。


「俺注文間違ってないよな。なんで一番安いのにこんな量あるのかな」

あんちゃん、そこまで痩せてたら食わさずにはいられないのが料理人ってもんよ!」

 

 どうやら店の主人のサービスだったらしい。店の主人は、よく太った気がいい親父だった。


「あ、ありがとうございます。とても美味しいです」

「あんたそんなに痩せてると巷で噂のお尋ね者と間違われちまうぜ」

「お尋ね者?」

「これだよ」

「どれどれ」


 アクトが覗くと、アクトのことだと思われる男の似顔絵と情報が載った紙が壁に貼られていた。一応名前の欄にはケンジと記されてある。


「(げっ、もう広まってるのかよ。グリザリードのやつ仕事が早いな。似顔絵もくっそ似てるしよ。念写のチート能力を持つやつでもいるのか?)」

「アクト、念写なんてのはチート能力でなくても使えるものは多くいますよ」


 親父にはまだバレてないようだがいつバレてもおかしくはない。さっさと退散しようと思ったが新たなる問題が生じた。


「(ヴィク、大変だ)」

「どうしました」

「(俺、この世界の通貨持ってない)」

「なんということでしょう」

「(他人事みたいに言うなよ)」

「食い逃げしかありませんが」


 サービスで大盛りしてくれた親父の料理を食い逃げには罪悪感を覚えるアクト。


「(なぜに俺によくしてくれた親父さんを裏切らねばならん)」

「この世界の悪役になるのでしたよね」

「(それとこれとは違うだろ)」

「はぁ······。仕方ありませんね、しばらくの間は筋肉痛になりますが我慢してくださいね」

「(筋肉痛? それってどういう······あれ、ヴィクさん、聞いてる?)」


 ヴィクが応答しなくなったと思ったら、急にアクトを襲う疲労。まるで全速力で持久走をした後のように体力がなくなった。持っていたフォークも落としてしまう。


「どうした兄ちゃん」

「い、いえ。すいません、なんだか疲れちゃって」

「ちゃんと寝てるのか? ほら、フォーク出しな。新しいのに代えるから」


 フォークを拾おうと屈んだが、いつものように起き上がれない。歯を食いしばり、椅子や机を支えにしながらなんとか起き上がった。


「おいおい、歳じゃねぇんだからよ。――お、いらっしゃい」

 新たな来客。美しい女性だった。なんとも整った顔立ちだろう。透き通る金色の長髪をなびかせている。その場の男たちは皆、見とれてしまった。


「アクト、財布を忘れましたよ」

「え······?」


 その美女はまっすぐアクトに向かい、金の入った袋を渡す。アクトはしばらく停止したが、やっとその正体が分かった。


「ヴィク······?」

「はい。早く食べてしまいなさい。ここを出ますよ」




 パスタを完食し、代金をきちんと払い店を出た二人。アクトは説明を求める。


「お前、人の姿になれるのか」

「これは苦肉の策ですよ。時間も長く持ちません」

「どういうことだ」

「本来なら導き手はこうして現界することはありません。現界するならばそれ相応の魔力を転生人から貰います」


「俺に魔力なんてあるのか」

「ないから苦肉の策なのです。本来なら魔力を使うところを、今回はアクトの生命力から直接貰いました」

「······あれか、MPが足りないからHPから出したってことか」

「そうですね。では私も消えます」


 ヴィクは空気の中に透けながら消えていった。そしていつものやかましい声として脳内にやって来る。


「アクト。腹ごしらえも済みました。どうしますか」

「なにより金が必要だし、変装もいるな。それと転生人が多く集まりそうな場所に移動するための手段も」

「お金ですか。盗みますか」

「なぜに君は第一の思案に犯罪が思いつくかな」

「普通に労働するのですか?」

「それでもいいが体がきつい」


 アクトはそこら辺で拾った木の棒を杖にしてやっと歩けている状態。ヴィクの現界はよほどエネルギーを使うのだろう。


「この世界の冒険者ってさ、どうやって金稼いでるの」

「HQというクエスト管理施設がありますので、そこで掲示板に貼られているクエストをこなせば依頼主から報酬が貰えます」

「予想通りだな。そこに転生人が来ることもあるんだろ」

「ありますよ。今はこの町にはいないようですが」

「よっし、HQに行くぞ」


 太ももを叩き、気合を入れて立ち上がるがやはり杖なしでは歩けない。


「アクト、正気ですか? HQはあなたのことを血眼で探してると思いますけど」

「顔は隠すさ。俺が今からやる作戦の名は、名付けて『絶対にバレてはいけないオオカミ少年24時』だ」


 アクトは杖をつきながら、ゆっくり、ゆっくりとHQに向かう。

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