case2:万物破壊.5
「ふふ···乗っ取り完了」
姿形はグリザリード本人だが、明らかに人が違う。
「乗っ取ったのか···グリザリードさんの体を···」
「あんたもグリザリードの仲間? それにしては既に死にかけじゃん。見事に痩せこけちゃってまぁ、食べる気も起きない」
「ひ、ひぃ···! た、食べないでくれ···!」
アクトはひ弱な人間を演じるため腰を抜かして後ずさる。歯茎を震わせ、息を荒くし、走りたくても走り出せない感じを出すのがミソだ。
「そんなに怖がっちゃって。冒険者の仲間として恥ずかしくないの?」
「ど、どうか僕の命だけは」
「あーあー、他の人間たちは勇敢に戦ってしんで行ったっていうのに。そうだ、君で破壊能力の練習しよう。こう、指を擦り合わせて音を出せばいいんだよね」
「誰か助け――」
「誰も来ないよ、ばーか」
《
アクトの体はばらばらに飛び散った。エンペライムは乗っ取った体の能力まで使えるようだ。
「改めて見てみると強いなー。指が痛むけど、指の動きだけで何でも壊せちゃう。ふふ、城の天井に予備のスライム忍ばせといて本当によかった」
エンペライムは扉に向かい、外の様子を見た。
「さっきみたいなやつはもういない、か。あの馬車も一応壊しとくかな」
馬車を対象に見定め、指パッチンをしようとするが、上手く音がならない。それもそのはず、既にグリザリードが短時間で多量に指を擦り合わせたため、指が擦り切れて触れる度に痛みが走る。
「ぎゃ、いったーい。あの人間こんな状況でよく顔色一つ変えずに能力使ってたな。あの馬車はボクの原点回帰で戻そうか。······あっ、そうだった。グリザリードに原点回帰を破壊されたんだった」
大きな舌打ちをしたが、グリザリードの体は今や自分の体のため乱暴はできない。呼吸を整えて怒りを鎮める。
「まぁいいや。これからは万物破壊で生きていこう。この姿なら人間社会でも誰からもバレずに暮らせるし、人間食べ放題な······誰だ!?」
誰も居ないはずの背後から足音が聞こえ即座に振り返る。するとそこには
「な、お前は、さっき破壊したはず」
「あ、バレちった」
「確実に飛び散ったはずだ、なぜ生きている」
アクトだ。先ほど万物破壊の能力でばらばらに飛び散ったはずのアクトがエンペライムに触れようと手を伸ばしていた。バレたためすぐさま手を引っこめる。
「僕は、その······。いや、もう芝居する必要もないか」
病人のケンジの役をやめ、いつものアクトに戻る。エンペライムはすぐさま指を向け、アクトに万物破壊を行なった。再び体が飛び散る。
「今のはなんだったんだ······?」
次の瞬間、エンペライムは目を疑う。ばらばらに飛び散った男の破片がうにょうにょと元の場所に戻って再生を始めたのだ。こんなスライムみたいなことができる人間なんて聞いたことがない。
「お前、スライムでもないのに······」
「(ああー。そっか、スライムの能力かこれ。いくら不死でもこんな生き返り方おかしいとは思ったんだ。奪っといてよかった)」
もしスライムの再生能力を奪ってなければ、不死能力だけでばらばらにされた状態から生き返るのはかなりの時間を要していただろう。
「お前は、いったい何者だ」
アクトの体は完全に元に戻っていた。
「グリザリードの体に寄生する悪い虫を駆除しに来た転生人さ」
「いくら不死でもこの破壊能力で破壊されたら再生にはもっと時間がかかるはずだぞ!」
「ん······、俺、生まれはスライムだったり」
「嘘をつくな!」
再び万物破壊による破壊。しかしまたしても再生される。エンペライムの方も指が限界なため、そうむやみやたらに能力を使えない。
「その指痛そうだな。スライムの時だったら《無限再生》で治せたのによ。あ、それも破壊されたんだっけか」
「くそっ······!」
エンペライムは焦っていた。原点回帰がグリザリードに破壊され、万物破壊しか武器がない。しかも指の痛みで能力の発動もあと一回できるかどうか。目の前にいる転生人は人間とは思えない再生能力を持っている。勝ち目はなさそうだ。
「情けねーな。指が痛いからって能力発動を嫌がるのか。魔王のくせに随分甘ちゃんだな。根性が足らん根性が」
「······バカにするな!」
強気に出たものの痛いものは痛い。スライムの時には痛みなど皆無。破壊されたら再生すればよかったのだから。人間がこれほど痛みに弱いなんて知らなかった。
「(そうだ······!)」
「どうした、何か閃いたような顔をして」
「お前、そう言えばケンジって呼ばれてたな」
「ああ、そう
エンペライムは口角を上げ、勝利を確信した。
「ケンジ、お前の《再生能力》を破壊する!」
痛みと共に放つ指パッチン。だが、目の前の男は体が飛び散った後に普通に再生能力を発揮させている。変化がない。死ぬどころか歩いて近づいてきている。意味がわからない事態に狼狽える魔王。
「あれ、なんで······? ケンジの再生能力は破壊したはず」
「いや俺ケンジじゃねえし」
アクトはグリザリードの体に触れた。
《能力剥奪》
「お前はもう万物破壊を使えない」
「ボクに何をした!」
指の痛みをなんとか耐え、指パッチンを連発するが破壊能力は発動しない。
「さて、中身がどうやったら出てくるかな」
「う、うわああああああ!」
スライムの魔王は正体不明の敵に恐れをなして背中を向け逃げ出した。
「······魔王だろ。しゃんとしろよ」
《円形範囲型即死》
魔王は悲鳴を上げることなく倒れた。グリザリードの口からはどろどろとした液体が流れ出てきていた。
「
アクトが悩んでいると。
「俺様は、死んじゃいねぇ······」
グリザリードが息を吹き返した。
「え、なんで生きてんの。即死で殺したはず」
「俺様には、即死耐性が付いているんだ······。即死技じゃ、死なねぇ。死んだのはスライムだけだ」
咳をすると大量の血を吐いた。死なねぇとは言っておきながらも死にかけだ。
「でも死にかけじゃないすか」
「あのスライムに乗っ取られた時に、内臓を酷くやられた。もう長くはない」
「······」
「ケンジ、お前は何者だ。即死能力ってことは帽子の男を、
「······記憶があるんですか?」
一応、転生人殺しが自分だとは明かすわけにはいかないため、質問を無視した。だがそれは無駄なことだろう。
「無視はYESと取るぞ······。だが死にゆく俺様には関係ないか······。記憶の方は、意識は取られていたが、目に入った記憶は残っている。お前が俺様の万物破壊を奪うとこもな」
「そうですか。あと俺はケンジじゃないです。名前は言えませんが」
「いいさ。能力を奪ったお前を恨んじゃいない。むしろほっとしている」
「なぜです?」
グリザリードは息をつき笑った。まるで何かから解放されたかのような安堵した顔だ。
「もう戦わなくていいんだからな」
「戦いたくなかったんですか」
「今日だって魔王が挑発に乗らなきゃ負けていた。俺様はもう、疲れた」
グリザリードは死ぬ前だからと過去の話をし始めた。アクトも相槌を打ちながら聞いてあげる。
「この世界に来て万物破壊を手にしてからは薔薇のような日々だったさ。前世ではぱっとしなかった人生だったのに二度目の人生は最強の力を得て転生した。歯向かうやつはフィンガースナップで一撃。ハーレムも築いた」
「(へぇ、指パッチンって正式名称フィンガースナップなんだ)」
どうでもいいことに食いつくアクト。よほどグリザリードの過去に興味がないのだろう。
「だが先程のように魔王クラスを相手にすると死んでもおかしくないのだ。狂ってるよここのパワーバランスは」
「(だから俺が壊すんだけどな)」
「お前も転生人なら気を引き締めるんだな」
「······もう苦しいですよね。俺が奪った破壊能力で楽になりますか?」
「そうしてくれ」
だが、上手く指パッチンができない。指が痛いわけでもない。単純に下手なのだ。
「お前、フィンガースナップ出来ないのか」
「いやそんなはずは······。前世ではたまに出来た時があったんすよ?」
しかし全て
「グリザリードさん、指パッチンてどうやるんすか」
「なんで俺が教えなければならないんだ」
「お願いしますよ」
「······お前、親指と人差し指でやってるが、指を変えてみろ。それで上手くいくかもしれない」
だが
「ちっ、ホワイトグリーンのやつ。俺様はもう戦えないっていうのに迎えにきやがった」
「え、困りますよグリザリードさん。死んでくださいよ。それと俺に指パッチンを教えてください」
「······知るか。残念ながらお前のことは転生人たちに伝えさせて貰う。能力を奪うこともデスザを殺したこともな」
グリザリードは空間の捻れに吸い込まれていった。
♢
「ヴィク、この馬車って俺でも使えるかな」
「この世界の馬車は魔法がかかっているため
「よし乗ろう」
「どこに向かいます? ブレーンの元へですか?」
「それよりまずは町だな。腹が減った。毒は再生のおかげで治った」
「なぜ毒のままでいたのです?」
「痩せこけてる病人の方が警戒されないからな」
体は依然痩せたままだが、状態異常はないようだ。
「なら馬に町へ行くと伝えてください」
「はいよ」
アクトは馬車に乗り込み、スライムの城を後にし人が住む町へ向かう。
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