case2:万物破壊.3
城の扉を少し開けて中の様子を伺う。中は見た目通りやはり狭い。扉の先にすぐに学校の体育館ほどの広さの大広間があり、端には大階段、そこを上がれば玉座。という簡素な造りだ。もはや城と呼べるのだろうか。
ゲームなどで見てきたような絢爛で豪華なアンティークなどもない。時計や照明も最低限な質素なもの。まだアクトの高校時代の自部屋の方が面白みがある。
「しょっぼ...」
内装での貧相さに落胆しつつも、辺りを見渡す。大階段の前で玉座にいる誰かと話しているグリザリードの姿が見えた。冒険者たちは怯えているというのに、グリザリードは戦闘の構えもせず、ポケットに手を突っ込んでいる。
「なぁ、グリザリード君よ。帰ってはくれないか?」
「嫌だと言っているだろう。何度このやり取りをするのだ」
グリザリードが大階段の上を見上げて話している相手はスライムの魔王だろうか。扉を開けて覗き見ている分にはよく見えない。
「こっちは争いたくはないんだよ。だから侵入者排除用の罠もあれだけなんだ。殺意ないだろ」
「知るか。俺様はこいつらにお前を殺せと依頼されたんだ。金も受け取っている。ならば仕事は果たさなければならない」
やはりグリザリードの話相手はスライムの魔王か。だがお相手さんは好戦的ではないらしい。グリザリードに帰ってくれと頼んでいる。
「おいおい、魔王のくせに平和主義とかマジかよ」
アクトはさらに落胆する。グリザリードとスライムの魔王の凄まじい闘いが見れると思ったのにこれでは拍子抜けだ。
「アクト、魔王というのは突然変異でなるもの。誰しもが望んだわけではないのです」
「勝手になってしまうのか」
「はい。何者かが転生人に対抗するために魔王と呼べるほどの強さを一種族につき一個体に与えているのです」
「へー、徴兵制度みたいなものか」
「その何者かも一切不明。転生人側も調査に取り組んでいますが、足取りすら掴めず」
一方、グリザリードとスライムの魔王の言い争いは加熱していった。
「ほんと頼むからさ!その人たちの故郷があったんだって?それを消したのは謝るからさ!」
その言葉に冒険者のリーダーが噛み付く。
「ふざけんな、覚えてすらいないのかよ」
「ごめん。それ何年前だっけ」
「10年前だよ...!」
「このお城を作ったときか。周りの人工物は邪魔だから消したんだった。なんかごめんね」
魔王は軽く謝る。それにさらに腹を立てるリーダー。
「グリザリードさん、まずは俺たちが闘わせてください...」
剣を強く握りしめる。
「正気か?あいつはああやって非暴力を望んでいるように見えるが魔王は魔王だ。お前たちでは逆立ちしても勝てない」
「いいんです...。俺たちはこの時のために鍛錬して来たんですから。無理だってことは分かってます。でも、いま、立ち向かわなくてはあの世で故郷の皆に合わせる顔がないんですよ!」
四人の冒険者は怯えを完全に捨てて前に出る。
「ほう、いい覚悟と信念だ。いいだろう、俺様が手を下す前に戦闘することを許可する。安心しろ、殺されたら必ず俺様が仇を取る。一分は持てよ?」
「はい!...いくぞ皆!」
「おう」
《炎攻撃魔法:
《雷撃剣:
《岩石大槌:
《攻撃強化魔法:力の目覚めII》
一斉に攻撃を始める冒険者たち。
「うお、ゲームの中みたいな技使ってる。かっけー。やっぱ異世界ってこうじゃないとな。ヴィク、あれは俺にも出来るのかな」
初めて見る魔力を用いた戦いに興奮するアクト。
「難しいですね。ここの世界の人間は幼い時から魔力と触れ合っているので扱えるのです。今からアクトがゼロから始めようとしても時間の無駄でしょう」
ヴィクは淡々と残念なお知らせを伝えてくる。
「なんだよ、つまんねー」
「でも、あなたのチート能力で奪えば使用可能ですよ。馬車での移動中に奪える機会など無数にあったのになぜ奪わなかったのです?」
「逃げ場のない密室だぞ。使えないのバレたら即疑われる。あいつら強くなさそうだから危険を犯してまで奪うことないかなって」
冒険者の攻撃は魔王に牙を向く。
「はぁ...。こっちは戦いたくないって言ってるのにな。でも、そっちが攻撃してきたってことはそれ即応の反撃を受けてもいいってことだ」
魔王の口調が変わった。柔和な感じから、笑いが混じりながらも高圧的な雰囲気に変わる。
炎魔法が第一に飛んでくる。スライムの弱点である高熱だ。
「争いは良くない。これ常識な」
《
放たれた当初は全てを燃やし尽くしそうな猛火だったが魔王が何かをしたのだろう。火が起こる前の火花程度の規模にまで小さくなった。
「でりゃあああ!」
「喰らえっ!」
今度は雷を纏った剣技と岩石の魔力を込めたハンマー攻撃。
「消えろ」
《
二人の冒険者の攻撃が届く前に急速に縮んでいき、やがて見えなくなった。
「な、なにをしたんだ魔王!二人をどこにやった!」
何が起こったか理解できずに混乱するリーダーと補助役のプリースト。
「君ら哺乳類っていうのは元は精子と卵子による受精卵だ。そこまで戻ってもらった。まぁ、こんな外気に晒されたら死ぬけど。遺体もないから蘇生魔法も無理」
「なにを言ってるんだ......受精卵だと......」
「うん。これがボクの能力だぜ。まだやる?」
「くそっ...意味が分からねぇ...!強すぎるとかそんな次元じゃねぇ...!」
「ユウト...ヴィル...」
リーダーは床を殴りつけ、プリーストは二人の名前を言いながら泣き崩れた。
「ヴィク...!なんだあの能力は...、巻き戻しとかそんな次元じゃねぇだろ...!俺はてっきり子供にまで戻らされるとかそんなんだと思っていたぞ、なのにこんな.....理不尽すぎる!」
アクトは想像していたより遥かに規模が狂っている闘いに恐怖した。ゲームや漫画の敵キャラの能力を遥かに上回っている。
「これが、この理不尽さが魔王です」
「頭がおかしい...誰だよそんな魔王を増やそうとか言ってるやつ...」
仲間を一瞬で失い、絶望に浸る冒険者二人。その前に立つ男。
「今のが貴様の能力か、スライムの魔王よ」
「うん。強いでしょ?強すぎるでしょ?誰も勝てない。でもボクは世界征服とか興味ないし、争いも嫌いなんだ。分かったら帰ってくれ」
「.....」
グリザリードは背後で泣き崩れている二人をちらりと見る。そして歯をぎりぎりと擦り合わせ、魔王を睨みつけた。
「そんな怖い顔しないでくれ。雇われただけの君には殆ど関係ない人間たちだったんだろう?なんで苦汁を舐めたような顔をするんだい」
「舐めるどころか苦渋をがぶ飲みしたような気分だ。最悪だ、こいつらは仲間の遺体に
最初は生意気だった彼も仲間に親身に寄り添える心の持ち主だったらしい。
「ボクがこうやってふんぞり返って座っているのが不機嫌なのかい?ならば降りてあげよう」
スライムの魔王は玉座から腰を上げ、大階段を降りてきた。その時やっとアクトに魔王の全貌が見えた。
「は?スライムなのに、人...?しかも、女の子か?」
魔王の見た目は皮膚こそスライム特有の半透明であるものの、造形は17歳ほどの女の子のようだ。
「スライムは自由に見た目を変えられますからね」
「ボクには君の破壊能力では決して勝てないよ。命が惜しいようなら、、さぁお帰り」
「このまま帰れるとでも?」
「だって君、ボクと戦わせる前に彼らに死んでこいみたいな事言ってたじゃん。ほら、一分は持てよってやつ。あれ、どうせ死ぬだろってことでしょ。死んでよかったんじゃん」
「あれは」
「あぁ、そっか。君たち人間は蘇生魔法があるから死への価値観が軽いのか。...だから弱いんだ」
「......」
グリザリードは魔王が大階段を降りながら喋っている最中に指パッチンをして、魔王を破壊した。辺りにぬめぬめした粘弾性物質が飛び散る。だが、やはりというか、スライムの破片は再び集合を始める。
「あは、無駄だって。ボクはむて」
再び指パッチン。喋らせる暇を与えない。
「ちょっと。やめてよ無駄だってわか」
破壊!
「待ってちょう」
破壊!!
「いやマジで」
破壊!!!
「いい加減に」
破壊!!!!
「おい、ラムラ」
グリザリードは破壊をしながら冒険者のリーダーに声をかける。
「なんですか...」
最初の元気はとっくに無くなっている。
「俺様があいつに能力を使わせないよう時間稼ぎをしてる。その隙に最大火力の炎魔法を練ってろ。一気に加熱し殺す」
「でも、俺にはどうせ...」
「ふざけるな、仲間をやられていつまでもへたりこんでんじゃねぇ!戦士だろ!」
グリザリードの喝が城中に響く。
「...はい!」
リーダーは全神経を集中させて魔力を高める。プリーストもバフ魔法をかけて全力でサポート。
「おお、いけるか?いけるのか?」
期待高まるアクト。
「うぉぉぉ!!!二人の、故郷の皆の仇!!!!」
それは先ほど放った炎魔法より遥かに巨大な火の玉。
「準備はいいか」
「はい!」
火の玉を魔王の元に放った。
「喰らえぇ!」
リーダーの全力の魔法。届くか。
「いや無理でしょ」
魔王は破壊された破片を掻き集め、全身ではなく手だけを再生させた。そして火の玉に指を向けると、火の玉はまたしても火花となった。
「そ、そん」
そして絶望すら与えぬうちに、リーダーとプリーストに向けて指をさした。
「やめろ!!!」
グリザリードが指パッチンをしたが、手が破壊されるのがほんの一瞬遅かった。
リーダーとプリーストは為す術もなく縮み、消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます