case2:万物破壊.2

 スライムの魔王討伐へ向かう馬車は無事、スライムの魔王がいるという城に到着した。その城は確かに巨大ではあるが、草原の中にぽつんと建てられているためなんとも雰囲気がない。


「(なんだこれしょぼいな。まだ大宮駅の方が立派な造りだぞ)」

そんな期待外れ感を拭えないアクトとは裏腹に冒険者たちはやる気を高めている。


「ついたぞ、ここが魔王の城だ」

冒険者たちは魔王の城を目の前にし、固唾を飲み覚悟を決めているようだった。

「私たちの故郷を奪った元凶がここに......」

「絶対に勝ってみせる...!」

空気がピリついている。転生人頼りのくせに、とは思ったがアクトは口には出さないであげた。


「皆さん、頑張ってください、応援してます!」

アクトは病人を演じているため応援に徹する。

「ああ、待っていてくれケンジさん。必ずうち取ってみせる!お前ら、根性入れ直せよ!」

リーダーが気合いの入った声を上げると、どこからか声が聞こえた。


「根性なんてアホくさ。雑魚は大人しく馬車の中で待ってろよ」


 その声が聞こえた方向を見ると、空間の捻れが生じている。それと同時にアクトは感じ取る。本物の強者が持つオーラというものを。空間の捻れから出てきた男が転生人だ。


「グリザリードさん、お疲れ様です!」

冒険者全員がその男に向かって頭を下げる。


「頭を上げろ、俺様はそういう体育会系なノリが大嫌いなんだ」

男は17歳ぐらいの見た目だが、そんな少年に大人の冒険者たちが頭を下げている光景は異様だった。


「(ヴィク、こいつのこと知ってるか?)」

脳内で呼びかける。

「はい、グリザリード・シュバルツ・ヘルベス。チート能力は明かしている分は《万物破壊》のみです。あらゆる物を破壊します」


「(この子がそうか。高校生ぐらいのくせにまぁ、きらきらした服だこと。こいつも前世で前の世界にいたならそういうセンスにはならんだろうて。中二から卒業できてないな?)」


 アクトはグリザリードのファッションセンスを鼻で笑う。黒いロングコートに無駄にジャラジャラ付けたアクセサリーが非常にださい。だがこんな見た目でも能力は強いのだから侮れない。


「うん?馬車に乗っているやつは誰だ。依頼の時にはいなかったよな」

グリザリードはアクトの存在に気づいた。咳をして病人を演じる。

「彼はここに来る途中に拾いました。なんでも大病を患っているようで、ブレーンさんに見てもらおうとしていたらしいです」

リーダーが説明する。


「ブレーン?隣の国だろ。こいつはバカか」

「すいません、無知なもので...(いまは握手をしに行くのは不自然すぎて危険か)」

ぺこぺこと卑屈に頭を下げて謝る。

「お前、名は?」

「ケンジと申します...」

「ここら辺をさまよっていたんだろう?転生人を見なかったか?」

「転生人...と申しますと、どなたのことでしょうか」


いきなり動揺させてくる質問を投げられた。


「帽子を被った孤独な男だ。そいつは不死の能力なのだが、ある者の噂ではここら辺で誰かに殺されたらしいんだ。何か見てないか?」

「いえ...私はこの草原をひたすらさまよっていましたが、彼ら以外には誰にも出会いませんでしたよ」


 帽子を被った男とはおそらくアクトが初めて対峙した男のことだろう。死んだことはもう出回り始めたのか、と焦りそうになるが平静を装う。ここで転生人殺しが自分だとバレてはならない。


 こんな状況、冷や汗の一つもかきそうなものだが、汗が流れるようなことは全くなかった。無関係な人間を演じ続けた。


「そうか。ならばいい」

「こちらこそ、お役に立てずに申し訳ございません(びびった...。いきなり聞いてくるとはな。バレてないよな?)」


「ふん、こんな奴放っておいてさっさと行くぞ。スライムとか言う雑魚でも、魔王は魔王だ。油断はするなよ。本当は俺様だけで充分なんだがな」

「グリザリードさん、こいつの討伐に参加することが、俺たちには意味があるんです!」

「故郷を失ったとかどうとか知らねぇけどよ。邪魔だけはすんなよ」

「はいっ!」


 グリザリードは冒険者四人を連れて城の中に入ろうとする。城の前には不自然に設けられている石畳の広場があるぐらいで守衛はいないようだ。


「アクト、どうしますか?」

「(ついていくさ。だが、問題はどうやって盗むか。あいつに馬車にいろと言われちまった限りは馬車から離れるのも怪しまれるかも。潜入とかそんなの芝居でもしなかったな...)」


「ここで即死能力使おうなんて思わないでくださいね」

「(当たり前だ。そんなことするか。それに、こいつはできれば生かしておいておきたい)」

「なぜです?」

「(こいつに、俺の無実を認めさせれた。こいつを利用すれば転生人殺しの犯人特定をより難儀なものにできる)」

「あなた、やりますね」

「(俺は使えるものはなんでも使う)」


 グリザリードが、広場の石畳に足を踏み入れた。

すると、そこから浮き出る巨大な魔法陣。どうやら侵入者を撃退する類の物の様だ。


「はっ!さっそく来たか」

グリザリードは笑う。

「みんな、何が起こるか分からない!構えろ!」

冒険者たちは武器を構えて辺りを警戒する。


 石畳の魔法陣から何かが召喚された。

巨大だ。首を上げて上げてやっとこさ全貌を見れる。

それは、山ではない。巨大なスライムだ。アクトは初めてこの世界に来て魔物というのを目にした。この半透明な粘弾性物質に生命が宿っているとは不思議なものである。


「(これが魔物か。スライムって雑魚キャラの代名詞みたいになってるけど、作品によっては鬼畜キャラだよな。窒息させたり溶かしたり)」

馬車の中から呆然と見る。


「グリザリードさん、先に中へ!ここは俺たちが食い止めます!」

冒険者たちが戦闘態勢をとる。すると山のようにでかいスライムは図体に見合わず飛び跳ねた。数十メートル飛び跳ねて、そのまま落下してくる。


「(逃げるか。あれは数百トンの水の塊が落ちてくるのと同じだろ?即死させてもそのまま降ってくる)」


アクトは馬車から降りようとする。


「うああああああ!!!」

 空中から巨大な物が降り落下してくる恐怖に叫び声を上げる冒険者たち。だが転生人のグリザリードだけは違った。巨大スライムが跳ねたことで道が開いたことをラッキーと口笛を拭きながら平然と歩く。


「グリザリードさん、そこにいちゃ危ない!」

だがそんな冒険者の呼びかけ虚しく、巨大スライムはグリザリードの上に押しつぶするように落下した。だが


万物破壊カタストロフ


指パッチンだ。グリザリードが指パッチンをすると山の如し巨大なスライムは針を刺された水風船のように弾けた。辺りにスライムが飛び散る。


「(これが、万物破壊か。是非貰いたい)」

アクトの意思は固まる。


「す、すげぇぜグリザリードさん!」

「あんなでかいのを見もせずに...!」

「さすが転生人」


グリザリードを褒め称える冒険者たち。それに気分をよくしたグリザリードは早く来いよと、はにかみながら急かす。


「(はは、褒められて嬉しそうにしてやんの。やっぱ子供だな)」


グリザリードたちは城の中に入っていった。



「さて、どうしようか」

一人、馬車に残されたアクトは周りを見渡す。城の周りには本当に何もなく、防衛機能が皆無だ。


「あ、まだスライム動いてる。そうだよな、スライムだからばらばらにされたぐらいじゃ死なないよな。...なら何で死ぬんだ?」

スライムをつついたりしてみる。


「それは成分が水と魔力ですので熱して蒸発させれば死にます」

ヴィクが教えてくれた。

「なら形を崩されようが、蒸発させられなければ生きてるんだ」

「そうですね」

「...なら、破壊能力のグリザリードと相性かなり悪くないか?」

「ですね」


 破壊しても破壊しても再生するスライムの魔王に為す術もなく殺されてゆくグリザリードの姿が用意に想像できてしまった。


「奪われる前に死なれると困るな」

「追いますか?」

「もちろん追うよ。けどその前に」


アクトはスライムに触れる。そして

《能力剥奪》

スライムの能力を奪えるだけ奪ってみた。


「ヴィク、俺なんか変わった?」

「知りませんよ。あなたの能力ぐらいあなたで管理してください」

「あー...そうだった。こんなことになるから、まず先にブレーンとかいう奴の全てを見透かせるチート能力が欲しかったんだった」

「海渡ります?」

「お前なぁ...」


 体の至る所に力を入れたりしてみたが何か変わる様子はない。まだ使えていないだけか、それともスライムに奪えるだけの能力はないのか。


「...そう言えば、グリザリードの奴が万物破壊にカタストロフとか言う名前付けてたんだけど、ああいうのって俺も付けた方がいいのか?能力剥奪ってそのまんまなのダサいかな」

「自分で決めてください。自分の能力ですから」

「なんか今日はやけに淡泊だな」

「別に。私は頭がいいので、効率的に喋っているだけです」

「ヴィクお前、昨日のバカ発言にまだキレてんのかよ」

「怒ってません。私は賢いですから」


私は頭がいいですって、一言だけで見事に矛盾を表現してるなと思ったが、言わなかった。


「よし、ぼちぼち行きますか」


アクトも城の中へ向かう。

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