case2:万物破壊


「アクト、幸先よく《即死》と《不死》を手に入れたわけですけども、他に欲しいチート能力とかありますか?」

「固有結界かな」


 アクトは人が住む場所を目指し、月が照らす夜の異世界をさまよっていた。歩けども歩けども草原しか見えずに一時間ほど経過している。


「ほう、固有結界。あなたの口からそのような専門用語が出てくるなんて。前世でも勉強してましたか?」

「俺は2000年生まれの黄金世代ゴールデンエイジだからな」

「関係あります?」

「俺たちの世代は思春期を迎えた頃にネットが進化したから知識には貪欲だ」

「よく分かりません」

「簡単に言えば中二心が芽生えた頃にPCやらスマホやらを得たからなんでもかんでもすぐ調べたんだよ」

「なるほど」


 アクトは少し歩き疲れて草原に寝そべった。目を瞑ればそのまま眠りにつけそうなほど居心地がいい。もう夜の0時を回っただろうか。天文学は調べなかったアクトには分からない。


「なぜ固有結界なのです?」

ヴィクの質問は続く。

「俺の能力はどちらも敵に近づければ有利。即死範囲に入れてもいし、さらに近づいて能力を奪ってもいい。そこが密室だともう最高だろ」

「言っておきますけど、即死耐性のある転生人及び魔王なんてざらにいますよ」


「転生人と魔王っていまはそれぞれ何人いるんだ?」

「50:50です。あなたで転生人の50人目」

「でもさっき殺したから49人だろ」

「そう言えばそうでした」


 手の上に登ってきている小虫がいたのでデコピンで吹き飛ばした。草原の上に寝そべっていいるのだから仕方のないこと。特に虫に対しての嫌悪感はない。眠気が強すぎていちいち虫ごときで驚いていられない。


「転生人が増える度に魔王も増えます。この状況を止められるのはアクト、あなたしかいません」

「はいはい、分かってるよ」

大きな欠伸が出た。


「ここで寝るのですか?」

「人が住んでそうなとこが見つからないからな。もう眠い....」


 アクトは眠気に耐えきれなかった。脳内でヴィクがいくら呼びかけても眠りからは覚めなかった。



 朝、全身から伝わってくるこそばゆさで目が覚めた。何か細かなものが大量に皮膚の上を這っている。アクトは目を開けたくなかった。自分の今の状況もだいたい予測できる。


「....今度から野宿する時はちゃんとテントを張ろう」


 目を開け、起き上がると全身に虫が這っていた。指先などから血が出た形跡があることから肉食性の虫に少し噛まれたのも把握できる。首筋にはムカデが顔に登ってきている。


「アクト、だから言ったでしょう」

「うるさいな。いいんだよこれも異世界の洗礼ってやつだ。ごめんよお前たち」

《円形範囲型即死》


 アクトの上を這っていた虫たちが枯れた草の上にぼとぼとと落ちる。


「ヴィク、俺の即死円形の半径は何メートルぐらいだ」

「分かりませんよ。私の目は定規ではありません」

「あっそ」


 アクトは立ち上がり、歩幅を数えてみる。歩く度に服の隙間から虫の死骸が落ちてきた。半径は六歩と少しだった。


「たしか...歩幅は身長×0.4か0.5だったよな」

「そんなことまで知っているんですか」

「伊能忠敬すげーなって思って調べたことがある。うろ覚えだけどな。俺の身長が175だから....70か、87.5だな。85ぐらいでいいか」

「それで六歩と少しですから、5.5mくらいですね」

「ヴィクお前計算早いな」

「ふふん」


 アクトの円形範囲型即死能力の半径が5.5mと判明した。



「ヴィク、なんか噛まれた手の方がかなり痛いのだが、毒虫とかに噛まれてないよな」

「不死だから毒では死にませんよ?」

「死ぬ死なないより痛いだろ」

「それはまぁ」

「導き手さんよ、俺の状態異常とか分からんのか」

「分かりませんよ」

「はいさっきの頭いいな発言撤回」

「私は頭がいいです。あなたのステータスの管理ぐらいあなたがしてください」


 ステータス管理という言葉にアクトは反応する。


「チート転生人の中には自分や相手の情報を全て見透かす奴とかいるか?」

「いますよ。ですがここからは遠いです」

「歩いてどれぐらいだ」

「分かりませんよ」

「はぁー、ほんっとお前マジで......」

「方角はこのまま東です。東にずっと進めば会えますよ。どれくらいの距離かは分かりませんが」

「とにかく東って団長じゃないんだからさ」

「なんですかそれ」


 お前には関係ない、とヴィクを振り払いアクトは東へすすむ。どれほど歩くことになるかは分からないが、とにかく東へ。



 東へ進み始めて二日、アクトはとある馬車に拾われた。冒険者たちが移動に利用する馬車らしい。アクトは異世界に来てから何も食べていないのと毒虫による毒で酷くやつれてしまっており、冒険者たちは見過ごすことができなかった。


「あんな草原に一人....何をしていたのです」

冒険者のリーダーらしき男がアクトに話しかける。

「東へ進もうと....」

「東?東には何もありませんが」

「とある人の話では、東に進めば病気でもなんでも見透かすことができる人がいると聞いて....僕、原因不明の重い病気に冒されているので」


 体調はそれほど悪くはないが、話しながら咳を入れたり、呼吸を止めたり、声を細くしたりと本当の病人を演じる。


 冒険者たちは顔を合わせて心当たりがないかお互いに聞き合う。冒険者は四人。特に強さ等は感じない、平凡な四人に見える。


「それって、転生人のブレーンの事じゃないか?」

冒険者の一人がそう言うと他の全員も納得したかのような反応を示す。


「その、ブレーンという人が、何でも見透かす人なのですか?」

「あぁ。俺たちが使えるスキルや、思考回路までも全て読み取ることができるんだ」

「思考回路まで....(厄介だな、思考回路まで読み取れるとなると、ありとあらゆるものが読まれそうだ)」


 アクトにとってその転生人の名前よりも思考回路を読む相手と知れたことが何よりの収穫だった。これで無計画に行っていたら詰みだ。


「ブレーンは確かに東へ進めば会えるが、その前に海を挟むぜ?」


「(ヴィクお前ぇ!)」

「ごめんなさい」

流石にヴィクも謝った。


「あの、皆さんはどこに向かっておられるのですか?」

「......俺たちは今からスライムの魔王に挑むんだ」

「(逆戻りかーい)」


 今まで来た道を戻っていると知り、今までの苦痛が無駄になるため腹が立つが顔には出さないようにする。


「魔王って、失礼ですがあなた達では」

アクトは正直に言ってみた。

「ここは、いまは何も無い草原だけど、昔は俺たちの故郷があったんだ。だが、スライムの魔王がやって来て、壊滅。その後何をしたのか分からんが、人工物は全て戻っていた」

リーダーは淡々と語る。


「人工物が戻っていた....?」

戻るという言葉に食いつく。

「恐らく魔王の力だろう。木材の建物は全て木に、鉄の器具は鉱石となった」

「(始発回帰型か、それとも時間巻き戻し、はたまた原子分解再構築なんてのもありか?)」


「でも大丈夫だ、俺たちには転生人がいる!」

リーダーは溌剌にそう言った。

「え、転生人がこの中に?」

周りを見渡すがやはり転生人に見合うほどの雰囲気をまとっている者はいない。


「違う違う。転生人様は馬車なんかには乗らないよ。他の転生人の力である空間の捻れでワープして来るんだ」

「ワープですか(なんでもありだな)」

「金を貯めて貯めてやっと依頼できたんだ。かなり心強いぜ」

「その人はどんなチート能力を?」

「対象破壊だってさ。そいつが狙ったものは何であろうが破壊される能力なんだとか。ぶっ飛んでるよな、ははは」

「強すぎですね(一度にたくさん情報来すぎだろ、どうしようか)」


「ところで、君の名は?」

リーダーがアクトの名を聞いてきた。

「僕、、、ケンジって言います」

「ケンジか、短い間だけどよろしく。俺たちの旅が終わるまではこの馬車にいてくれ」

「こちらこそ、拾ってくれてありがとうございます」


リーダーとアクトは握手を交わした。



 夜、馬車の進みも止まり、冒険者たちは眠りにつく。だがアクトは一人、馬車から降りて星を眺めながら考え事をしていた。


「どうしましたアクト、考え事なんかして。寝ないと毒は回復しませんよ。それにあなた冒険者のくれたご飯をこっそり捨てましたよね?」

「ヴィク、これはチャンスなんだ。スライムの魔王と破壊能力の転生人の能力をどちらも奪えるチャンス」


「アクト、欲張りはよくありません。二兎を追う者は一兎をも得ずという言葉があなたの国にはあるでしょう」

「バカだなお前は。本当にバカ」

「バカではないです」

アクトは溜め息をつく。その溜め息がバカにされているようでヴィクは腹を立てる。


「こういうでかい波に乗れないやつは一生勝てないんだ。負けることに怯えてる奴は永遠の負け犬」

「なんですかそのポリシーは」

「俺は若手役者の給料じゃ食ってけないからギャンブルで生計を立てていた」

「危ない人ですね」

「さっきの心構えはギャンブルの基本だ。負ける奴ってのは勝負をする前に決まっているもんなんだよ」

「大変ですね、人間って」


アクトの孤独な作戦会議は続く。

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