異世界の『悪役』はチートを殺す
狐狸夢中
case1:範囲型即死
「...ここが、異世界か。やっぱ始まりは草原なんだな」
気持ちのいい風が額に当たり、過ぎていく。月の光が、草原を照らし何とも言えぬ美しさが目の前に広がる。
「まずはどうしますか?夜ですし、寝場所を探しに行きますか?」
青年の脳内に直接語りかける声。女性の声だ。
「俺がこの世界に来たことは、他のチート転生人に伝わっているのか?」
青年も答えるが、会話の相手が目の前にいないため、独り言を呟いているようにしか見えない。
「はい。自力で気づく転生人もいれば、導き手に教えて貰う転生人もいますね」
「後者は雑魚だな」
「そうですね。己の力に過信して警戒というのを怠っています。ですが、それは少数派です」
「新人潰しとかあるのか?」
「ない、とは思いますが...」
「よし、俺が新人潰しをしよう」
「何を言っているのですか?あなたが一番の新人でさよ」
「違う、新人による潰しだ」
「先輩潰し...ということですか?日本語がおかしいですよ」
「そんな感じだよ。ヴィク、地図はあるか」
「ないです」
気が利かねーな、と小さく笑ったあとに準備運動を始めた。服装が前世の寝巻きのままなのが気になるが、スーツよりはマシだったなと渋々受け入れる。
「どうしました?準備運動なんか始めて」
「善は急げ。さっそく
「巨大な力のおおよその位置の把握はできています」
「で、ここら辺はどんな感じだ」
「魔王の方は、スライムの魔王が。転生人の方は、これは...」
「どうした」
「アクト...まだこの人には近づかないでください」
「なんで」
「まだあなたは一般人と何も変わりません。この人と対峙するには早すぎます」
アクトと呼ばれた青年はその言葉を聞いて口角を上げた。準備運動もそろそろ終盤に差し掛かる。
「アクト...?何を笑っているんです、いけませんからね」
「行くかどうかは別として、その転生人のチートはどんなもんだ」
「...能力範囲内に存在する生物を全て死滅させる能力です。加えて本人は不死です」
「うーん、強いな強すぎる。さすがチート。もしかして近くにいるのか?やばくないか」
「はい、このまま適当に散策すれば相対する可能性が高いです」
「で、俺はどこに行けばいいかな」
「.....そのまま東北東に向かってください」
「東北東ってどっち」
「目の前に木があるでしょう。木がある方角が北です」
「ということは、こっちか」
「はい、そっちに向かってくだ」
「ならその反対方向に転生人がいるんだよなぁ!?」
アクトは東北東とは真逆の西南西に向かって走り出した。
「あ!!!ちょ、ちょっと待ちなさい!人の善意を逆手に取るなんて!」
アクトの非常識な行動に慌てる導き手のヴィク。
「はっはっはっー、大丈夫だ」
「でも...」
「策はある」
「本当ですか...?」
「あぁ、チート転生人を殺せって言われた時点で、即死能力なんていうのは、まず第一に想定した能力だ。俺はバカじゃない」
「信じますからね...死なないで...」
♢
そこは、先ほどまでの草原から1kmほどしか離れていないのに、全く違った場所だった。
草木は枯れ果て、近くにある湖の水は黒く淀んでいる。地面は所々地割れを起こしている。近づいてはならない、人間の生存本能が身体に訴えかける。
だが、アクトは進む。
「...君が、さっきやって来た転生人かい?」
男は背後にいるアクトの姿を見ずに語りかける。帽子を深く被ったその男は、岩の上に座り込み死んだ湖を眺めていた。
「転生人...?なんだ、それは...」
何も知らないようにとぼける。
「なんだ、君は導き手なしにやって来たのか。珍しいな。最近多いみたいだ」
「導き手ってなんなんだよ、転生人ってなんなんだよ、ここはどこなんだよ、教えてくれよ...、なぁ!」
アクトは嘘の涙を浮かべ、男に近寄ろうとする。
「来るな!」
男は叫んだ。アクトも正直帰りたかった。一秒でもこの空間にいたくはない。
「な、なんで」
「君、出身は?」
「東京です...、明日、オリンピックの開催式で楽しみにしていたのに、気がついたらここにいて...」
「日本か...同じだな。転生人の殆どがそうなのだが」
「俺、アクトって言います。役者の卵してました」
「僕に馴れ馴れしくしないでくれ。僕は誰にも親しくはしない」
男は一向に振り返らない。
「なら俺はどうしたらいいんですか!こんな、よく分からない所に寝巻きのまま放り出されて...!」
迫真の演技だ。無知で無力な人間を演じる。そのままゆっくりと一歩を踏み出す。
「近寄るなって言ってるだろ!!!」
またしても男は叫ぶ。
「どうしてですか」
「僕にはチート能力という人智を超えた力が備わっている」
「チート...能力...?」
「アニメや漫画のあれだ!信じられないかもしれんが、これは現実に起きているんだよ!」
「あなたの、その、チート能力っていうのは」
「...僕は、人を、生き物を死に至らしめるんだ。今、能力を発動させている。君がほんの少しでも僕に近づいたら死ぬ。悪く思わないでくれ、君を殺そうとしているんじゃない、警告なんだ」
「死ぬ...って、じゃあ周りの草木が枯れているのも」
「そう。これがチート能力さ。僕は悲しいよ、無理やりこんな能力にさせられてさ、花も握れない」
「望んではいなかったんですか?」
「転生の際、導き手がいれば、望む能力が手に入るようだが、僕は君と同じように導き手がいなかった。気がついたらこの残酷なチート能力が備わっていた」
黙りこくったフリをして周りを観察する。男はこちらを振り向かないためアクトの行動に気がついていない。
「(草木が円状に枯れているってことは、奴の即死能力は範囲制限。それも...半径、いち、にー...5か6mってとこだな)」
感覚で大体の長さを測定する。
「あぁ...でも、転生人の多くは、即死能力が効かないらしいな」
「え、そうなんですか」
急に話しかけられたため、驚くアクト。
「うん。僕のせいなんだけどね。僕のような即死能力を持つ奴が現れたから導き手たちも対策したんだろう」
「(マジかよ、ならこいつあんま強くないのか?)」
「でも、導き手がいない君なんかは危険だ。やはり離れて」
「(ヴィク...、聞こえるか、ヴィク!)」
心の中で呼びかける。
「なんですか、本当に挑む気ですか」
「(俺に即死耐性はあるのか)」
「ないです」
「(.....俺の能力の発動範囲は?)」
「対象に触れることです」
「(うーわ...)」
「だから言ったでしょう!さ、今は引くのです!」
しかし引かない。
「うっ.....!ぐはっ...!」
アクトは突然胸を押さえつけ、苦しみながら倒れた。
「な!まさか、踏み込んだのか!」
男は急いで岩の上から立ち上がり、アクトの元に近づく。その時、男が移動しても周りの草木は枯れなかった。
「なぁ、あんた...そんな能力持っちまって...いらないだろ?」
アクトは周りの草木が枯れてないことを確認すると、声を出した。
「な、生きて...!?そうか、君には即死耐性があったのか。...よかった」
ほっと胸を撫で下ろす。
「ほら、手を出して...」
「ありがとうございます」
男が差し出した手を握り、立ち上がる。
「でも急にどうしたんだい、倒れたりして...。それに、僕の能力がいらないとか何とか...」
「嫌ですよね、他人を簡単に殺してしまう能力なんて...。ぶっちゃけ、死ねるもんなら死にたいですか?」
「.....そうだね、僕は人を殺しすぎた。敵だろうが、友だろうが、愛する人だろうが...皆死んでしまった。死にたいものなら死んで、あの世で皆に会いたいよ...。だけど、この呪われた能力じゃ...」
その時、男は違和感を覚える。しかし、その違和感が何なのか突き止める前に、枯れ果てた
「殺してあげましたよ。そしてありがとうございます。おかげでいきなり最高のチート能力が手に入りました」
倒れた男に言うが、男はうんともすんとも言わない。
「優しいんですね、得体のしれない俺に手を差し伸べるなんて。でも、得体のしれない奴に触れちゃダメでしょ。俺みたいに、触れたら能力を奪う奴もいるんですから...」
「アクト...あなた...」
「どん引きした?ヴィク?」
「いえ、やはりあなたは私が見込んだ通りの男でした。最高です」
「幸先がいいね。でもそろそろ眠いや。人が住む場所を探そう」
男を花が咲き誇る場所に埋葬してあげたあと、寝場所を探しに歩き出した。
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