卒業前にやりたいこと

キム

第1話 卒業前にやりたいこと

 これは私、本山らのが大学受験を終えた頃のお話。


 * * *


「おじゃまします」

 学校帰りの夕方、私は友達の家に来ていた。

 友達の名前は電波ちゃん。

 クラスメイトだけど引きこもり気味で、ほとんど学校には来ていない。ついでに言うと、もう何年も高校生をやっているらしい。

 私が三年生にあがったときに、家が近いからとプリントを届けるように先生から言われて、何度か電波ちゃんの家に来ているうちに友達になった。

「本山さん、いらっしゃい。いつもありがとうね。電波ちゃんは部屋にいるから」

「はい。ありがとうございます」

 電波ちゃんのママさんに軽く挨拶をしてから二階にあがる。

 二階の廊下の、突き当りの部屋。

 ここが、電波ちゃんが一日の大半を過ごす部屋。


『☆でんぱちゃんのおへや☆』


 部屋の扉にぶら下がっているプレート。

 何度も来ているので見慣れたものだ。

 キラキラしていて、とても可愛らしい。


 コンコン


「電波ちゃ~ん、入るよ~」

 軽くノックをしてから、扉を開ける。

 部屋の中はとても暗かった。

 電気は消えていて、カーテンも締め切られている。

 廊下から入る照明の明かりが、部屋に飾られているアニメのポスターやゲームを照らしている。

 私は壁際にあるスイッチを入れて、部屋の電気を点ける。

 部屋の中に電波ちゃんの姿はなかった。

「あれ、いない……?」

 ベッドの上にも、椅子にもいない。

 部屋の中を見渡すと、部屋の隅にあるコタツが目に入った。

 見るからに怪しい。

 私はコタツにそーっと近づき、掛け布団をめくる。


「…………………………………」

「…………………………ぶおん」


 コタツの中の電波ちゃんと目が合った。

 何やら長くて光る棒を持って、こちらを威嚇しているようだ。

「電波ちゃん。そんなところに入ってないで出てきて」

 電波ちゃんの手をとって、コタツから引っ張り出す。

「ほら、学校で配られたプリント持ってきたよ」

 私は鞄からプリントを取り出し、電波ちゃんに渡す。

「…………………………ぶおん」

 ぱしん。

 電波ちゃんはプリントを受け取らずに、光る棒で叩き落とした。

「もう、電波ちゃん。ちゃんとプリントを読んで。明日から自由登校期間で、過ごし方とか書いてあるから」

 私は落とされたプリントを拾って、もう一度電波ちゃんに渡そうとする。

 しかし電波ちゃんは一向にこちらを見ようとしない。

「ここに置いておくから、あとで読んでおいてね。」

 プリントを机に置き、改めて電波ちゃんに向き合う。

「それとね、電波ちゃん。私、大学受験に合格したよ」

「……………………………!!!」

「だからね、電波ちゃん、」


「……も、……………んだ……」


「明日から……え?」

 小さいけれど、電波ちゃんの声が耳に届いた。

「らのちゃんも、電波ちゃんの前から居なくなっちゃうんだ……」

「電波ちゃん……?」

「らのちゃんも、みんなみたいに卒業して居なくなっちゃうんだ。自由登校期間だから、もう学校に行かないんでしょ? もう電波ちゃんのところにプリントを届けに来ることもないよね。そうやって電波ちゃんを一人にするんだ。そうやって、そうやって!」

 電波ちゃんの感情が乗った声が、部屋に響く。

「電波ちゃん、落ち着いて。」

「みんな友達だよって言ってくれても卒業していなくなっちゃうんだよ! 電波ちゃんだって学校に行ってちゃんと卒業したいよ!でも学校に行っても誰も知らないんだもん! 誰も電波ちゃんのことを知らないし、電波ちゃんも誰のことも知らない! 勇気を出して学校に行ってみても白い目で見られて! そんなの怖いじゃん! 電波ちゃんはもっとキラキラした学校生活を送りたかったよ! もうたくさんだよ! 学校なんてやめてやる!」

「電波ちゃん! お願いだから聞いて!」

 電波ちゃんがハッとして顔を上げて、今にも泣き出しそうな顔を見てしている。

 電波ちゃんにつられて私も大きな声を出してしまった。いけない。すこし落ち着かないと。


「あのね、確かに明日から自由登校期間だけど、私、学校には行くよ。だって、電波ちゃんとやりたいこといっぱいあるんだもん」

 電波ちゃんの手に自分の手を重ねて、一呼吸を置く。

「一緒に授業受けて、一緒にお昼ご飯食べて、一緒に帰って、本屋とかカラオケなんかに寄り道して。そういうことをやり残したまま卒業なんて、私、嫌だよ。ねえ電波ちゃん。学校に行こう?」

「らの、ちゃん……ううう、うわあああん!でん、ぐすっ、でんっ、ひっぐ、電波ちゃんもっ! らのちゃんと一緒に! 授業受けたいよお……!」

「うん。うん。学校に行こう、ね?」

「うん……電波ちゃん、学校に行く」

「良かった……」

 そう言って私は帰る支度を始める。これ以上話しているとこっちも泣いてしまいそうだ。

「それじゃあ電波ちゃん。明日、学校で会おうね」

「うん。今日は来てくれてありがとう」

「いえいえ。私は電波ちゃんのお友達ですので。えっへん」

「ふふっ。大好きだよ、らのちゃん」

「私もだよ。電波ちゃん」


 * * *


 翌朝。

 電波ちゃんから一通のメッセージが届いた。


「らのちゃん、ごめんね。昨日、学校に行くよってママに言ったら喜びながらゲームを買ってきてくれて、それがすっごく面白くて! 今日は学校を休んでそれで遊ぼうと思います。またうちに遊びに来てね! 電波ちゃんでした」


「もう、電波ちゃんのおバカ~~~!!!」


 * * *


 そんなこともあったけど、私が大学に進学した今でも、高校生の電波ちゃんとお友達の関係は続いています。


これからも、ずっと。

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卒業前にやりたいこと キム @kimutime

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