第16話 俺たちのその先

「へえ、そんなことがあったのね」

 数日後の昼休み、一緒に弁当を食べるタイミングで話を切り出した。数日間の葛藤を乗り越えた上の報告だった。長い三日間のエピソードを十分程度のダイジェストにして説明した。葛藤しぬいた割には短い話だ。

「お前には関係ないし、巻き込みたくなかったから言えなかった」

「お気遣いはありがたいけど、私がいてもできることはあまりなさそうだったね」

「そうか?」

「私は怪異に遭ったってだけで別に詳しくないし。下手したら、火に油注いじゃうかもしれないし。この場合は炎か。結果的に一人で解決できたわけだし、めでたしめでたしだね」

「事件はな」

 と、俺の視線は自然と窓際の後ろの席に向かう。三留千夢の席だ。いるはずの人物が今日はいない。欠席だ。昨日のことを気に病んでいるなら、少し心配だ。そうなったら完全に俺のせいなんだから。見舞いにくらい……行ったら余計に気に病むか。

「あの子が落ち込むなんてね。ちょっと想像できない」

 何とも言えない。昨日は落ち込むどころか泣かせてしまった。いつも元気いっぱいのあいつが泣いたのを、俺は初めて見た。それだけ衝撃的なことだったのだろう。俺だって泣いたし。

「来るまで放っておくのが一番だよ」

「あいつ、仲いい子とかいるのかな」

「井川さんとか黒崎さんとかと一緒にお弁当食べたりするのを見たりするけど……どうするの?」

「様子でも見に行ってもらおうかなって」

「随分心配なのね」

「まあ、それなりには」

「私はあんまり気にしてないけどね、一斗くん振ったの」

「おい。それ本人の前で言うか?」

「ごめんごめん。でもさ、気にしたってしょうがないよ。そういう決断を下したんだから、割り切るしかない。後悔はしてないんでしょ?」

「まあ、そうだけど」

「じゃあ待つのみだね――ところでさ」

 俺を気遣ってか、陽菜は言った。

「ちょっと気になっていることがあるんだけど」

「なんだ? サラマンダーの件で質問か?」

「ううん。ほら、セリーヌさんと仲違いしちゃったんでしょ。どうなったのかな、と思って」

「その件なら、今日謝りに行くよ。嘘ついたことは悪いことだし、ちゃんと教えないといけなそうだし」

「金髪の女だっけ」

「そうだ」

 金髪。真っ赤な唇。香る香水。一瞬で魅了したあの女の正体は、セリーヌさんなら知っているのだろうか。確か知り合いだとは言っていたが、味方ではないと思う。これはそう感じたというだけで、理由はない。明らかに妖しい雰囲気を醸し出していた。

「私、思うんだけど、その人は吸血鬼なんじゃないかな」

「吸血鬼?」

「私も本とかでしか知らないけど、会ったとき『首筋に痛みと生温かさ』を感じて、『どろっとした何かが流れた』んでしょ。それに『貧血にも似た感覚』に、『首元に鋭い牙を突き刺したような傷』があったんでしょ。ちなみにその傷っていくつあったの?」

「横並びに二つだ」

「やっぱり」

「でも、確証はないだろ?」

「ないけど、一斗くん、本当は分かってたのかなって」

「は? そんなわけないだろ。俺、顔はよく見えなかったんだぜ」

「そこだよ。顔が見えなかったのに、首元の傷が『牙』でできた傷ってなんで分かったの? 牙なんて口を開かないと分からないよ。それに『唇に塗られた真っ赤なルージュ』ってよく分かったよね。それにその人が声を掛けるとき、一斗くんの顔を覗いたんでしょ。だったら、一斗くんも顔を見てないとおかしいよね」

「……何が言いたいんだよ」

「つまり、正体を知っているからこそセリーヌさんに知らないって言ったんじゃないかな。面倒だと分かっていたから、嘘をついて知らないことにした」

「………………」

 こじつけのようにも思えるが、否定はできなかった。

 俺はあの正体を、知っている?

「私の仮説だから、本気にしないでね。多分、セリーヌさんにちゃんと本当のことを言えば、教えてくれるよ。あの人、優しいから」

 人じゃないんだっけ。まあいいや。

 と、最後に笑った。

 優しいのは十分知っている。一度見限った男を助けに来てくれるほど、優しいことは。結局、被害を出した三留のことだって、殺さなかった。怪異と向き合うからこそ、悪い怪異だけを退治する。向き合うからこそ、正しい退治ができる。不用意に槍で傷つけたりしない。 

 向き合える人間が優しいんだ。

 俺は恵まれている。こんな優しい人間(や怪異)に囲まれている。

 俺は再び空いた席を見つめる。悩む必要なんてない。俺だって優しくなればいい。あいつが来たとき、陽菜と同じように友達としてしゃべってやればいい。プレゼントを受け取ってやればいい。ありがとうと言えばいい。見本ならたくさん見てきた。

 今度は俺の番だ。

 昼休みが終わる直前、教室の扉が急に空いた。クラス中がそちらに注目する。そんな中、セーラー服が入ってきた。

 揺れるツインテール。片手にはバック、片手には小さな包み。ぱっちりおめめ・・・

 遅刻者の足は、こちらへ向かう。

 俺たちの関係は、こうして続く。

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