第15話 こうして事件は終結する

 時計に目をやると、すでに六時間目がスタートしていた。事件を終結させるのにはいい時間だ。きっと終わりの鐘が鳴る頃、俺たちの事件はちゃんと終わる。

 俺は炎のドラゴンを生み出した彼女と向き合った。

おざなりに接していては何も解決しないから。俺はちゃんと見る。あのとき、ドラゴンになって見たように。

三留は深呼吸を繰り返した。何を考えているか、俺には分からない。だから言葉を待った。炎でも熱でもなく、気持ちのこもった言葉を。

焦らなくていい。いつでも俺は受け止める。あの女に言われて気付いたんだ。俺は怪異だけじゃなくて、人間に対してもおざなりな態度をしていたということに。お前のことだって、俺は面倒だからってなるべく関わらないようにしていた。

今は違う。面倒でもちゃんと向き合う。お前の言葉を受け止める。そうしてあいつが俺を救ってくれたように――

「一斗」

「なんだ」

「あたし……実は今日も持ってきたんだ、お菓子」

 三留はそんな風に切り出した。ポケットから可愛い包みを出すと、差し出した。この大きさからすると、クッキーかな。

「受け取ってくれる?」

「受け取るよ」

 俺は丁寧に両手で受け取った。袋から香ばしい匂いが漂ってくる。

「開けていい?」

「もちろん」

 学校にお菓子を持ち込むのは禁止、とか関係ない。俺はこいつが作ってきてくれたものを、ちゃんと食べたい。

 中身は予想通りクッキーだった。チョコとプレーンが一枚ずつ。不格好な形だが、こんがり焼き色がついていて、美味しそうだ。

 早速一口、プレーンの方をいただいた。

「……うめえ」

 二口、三口。鼻を突き抜ける香ばしさが癖になる。

 次はチョコだった。甘いのは苦手だが、ちょっと考慮して苦いチョコにしてくれているのかもしれない。今度は一気にいただいた。

「………………」

 甘かった。甘ったるくて、コーヒーでも飲みたくなった。でも、まずくなかった。甘さは強烈でも、優しい味だった。

「ごちそうさま。よくできてるな」

「嬉しいな。褒めてもらえるなんて」

 三留は頬を赤らめて笑った。こうして自然に笑うこいつを、俺は初めて見た。

「実はね、こうして毎日いろいろ作って渡してたのは、わけがあるんだ」

 今までじっくり話したことのない俺たちは、お互いに多少の恥じらいを感じながら、それでも向き合っていた。彼女の場合は恥じらいと緊張が混ざり合っているのかもしれない。表情が少し堅い。

 彼女はまた深呼吸した。そして口を開いた。

「あたし、一斗が好きなんだ」

 ――告白された。

「大好きなんだ。これ以上好きな人は現れないってくらい、好き。なんでもしてあげたくなるほど、好き。ずっと一緒にいたいってほど、好き。こんなことやあんなことをしたいってほど、好き。炎の怪物を生み出しちゃうほど、好き。好き、好き。大好き。そこでさ、一斗。お願いしたいことがあるんだ――あたしと付き合ってくれないかな」

 一世一代の告白を、俺はじっと聞いていた。受け取って、噛み砕いて、飲み込んで。

 そして。

「ごめんな」

「……だよね」

「俺、他に好きな人、いるんだよ」

 断った。しかし、彼女の顔は崩れない。

「……えへへ。知ってるんだ、あたし。その人、うちのクラスにいて、二学期に告られて、しかも振ったって。それでも、好き?」

「好き」

「諦めない?」

「諦めない」

「そっか」

 三留は笑った。すごく無理やり笑っていた。

「えへへ。フラれちゃった。フラれちゃったあ。フラれちゃったよ……」

 堰を切ったように、ぱっちりおめめ・・・から大粒の涙が流れだした。その涙は次々と床に敷き詰められたサラマンダーの残骸に落ちて、消していった。全部消えても、涙は流れ続けた。顔なんて涙でぐしょぐしょで、目は真っ赤に腫れていた。

 俺は流れる涙が止まるまで、その場を動かなかった。抱きしめることもできたはずなのに、慰めることだってできたはずなのに、俺は全ての行為をしなかった。少しでも動けば、俺だって泣いてしまいそうだったから。

 相手を傷つけたという罪悪感に押し潰されて、泣きそうで。でも我慢した。俺は失恋したときの辛さを知っている。だから泣いてはいけないんだ。彼女は今、必死に傷を洗い流しているんだから、俺が泣いてしまっては邪魔してしまう。

 彼女は何度も何度も目をぬぐって、また泣いた。

 どうしてこう、上手くいかないかな。俺の恋も、三留の恋も、全然上手くいかないじゃないか。けど、一度失敗したくらいで人生は終わったりしない。俺たちの先はまだまだ長い。これからだ。何度だってチャレンジできる。何度だって失敗できる。

 俺たちの恋は、いつだって実らない。

 それでもいつかは実ると思って、走り続ける。恋をし続ける。

 三留は最後の涙を拭いた。そして真っ赤に腫れた目を細めた。教室で会ったときのように。

「一緒に教室帰ろう」

「おう」

 何もなくなった教室を出たのは、六時間目のチャイムが鳴った頃だった。

 

 セリーヌさんと若月は、外で待っていた。思えば、さっきの青臭い会話は全部丸聞こえだったが、仕方ない。妙に二人がすっきりした顔をしていたのが気になったから、恥が薄かったのかもしれない。

「事件解決。お疲れ様」

 セリーヌさんは最後に、告げたのである。

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