第11話 炎という感情とはⅠ

「炎と言えば……怒り、かな?」

 俺は登校中のあの『勘』を試すように陽菜に質問してみると、そんな答えが返ってきた。いつも穏やかな彼女とは正反対な回答だった。

「怒り?」

「なんとなくだけど。怒りってすごく激しい感情だから、メラメラ燃える炎ってぴったりじゃない?」

「まあ、そうだな」

「え? 違う?」

「いやいや、そうじゃなくて。答えが意外だな」

「そう?」

「お前はあんまり怒ったりしなさそうだから」

「そうだね」

 陽菜は笑った。怒りとは程遠い笑顔は、いつだって俺を元気にする。俺にとって陽菜と話している時間は、心安らぐ時間なのだ。こんな話題でも。

「でも、最近、一回だけ怒っちゃった」

「そうなのか?」

「ドラゴンの事件のときなんだけど、セリーヌさんって覚えている?」

 覚えているも何も、俺は再び怪異事件に巻き込まれていてセリーヌ・クーヴレールには少し知恵を貸してもらっていた。嫌いだとこれ以上の協力は拒まれてしまったが。

 しかし俺は、嘘を吐く。

「まあ、薄っすらとな」

 陽菜は特に反応せず、話を続けた。それでいい。お前はそのまま話を続けてくれ。お前を巻き込んだりはしないから。

「実はね、最初あの人、一斗くんを退治しようとしてたの。それで私、この子は悪い怪異じゃない! って激怒して……。結局、それは無害認定が下りるまでの時間稼ぎだったんだけど、ひどいこと言っちゃったんだ」

「どんなこと?」

「セリーヌさんも化け物だ、って。不死身のあなたこそ化け物じゃないですかって、怒りに任せて言っちゃった。あとで謝ったときには、気にしてないって言ってくれたけど、未だに申し訳なかったなって思ってるよ」

「でも、ちゃんとお前は俺を助けられたし、今は何もないんだろ」

「何もないのが逆に、だよ。本当に許してもらえているのか心配になる。燃えたあとには燃えカスが残るように、私の心にはもやもや・・・・が残った」

「俺は――救われたぜ。お前が頑張ってくれなかったら、ここにはいられなかった」

「そうかもしれないけど、あのときの私はもしかしたら一斗くんのことなんて考えてなかったのかもしれない」

 その言葉に、俺はがっかりなんてしない。

「そんなの、どうでもいい気がするけどな。大事なのは結果だと思う。こうして俺が感謝しているなら、お前がやったことは正しいんじゃないか」

「そうだといいんだけどね」

 そう簡単にはいかないよ、人の気持ちは。

 最後に付け加えたその言葉は、今の俺にはあんまり分からなかった。

 会話の終わりと告げるがごとく、三時間目のチャイムが鳴った。教室の前の扉から先生が、黒板用の三角定規やらコンパスやらを抱えて入ってきた。次の授業は数学らしい。

「ほら、一斗くん。準備して座らないと。前の授業、お休みしてたからちゃんと受けないとでしょ」

 まるでお母さんみたいだ。が、俺にこうやって言ってくれる友達が、最高に嬉しい。これが恋人だったら、なんて思うのは今はやめておこう。

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