第7話 図書館にいる頼れる大人
俺だってお前のことなんて嫌いだよ、バカ。
あいつのことが嫌いなら、俺も嫌いだ。前のあいつには周りが見えてなかったのかもしれないが、今のあいつはちょっと変わった。誰も見てなくない。俺を見てくれている。友人として見てくれている。誰も見てないなんて、転校してきて一か月ちょいの新参者に言われたくない。俺はあいつが好きなんだ。好きなやつを嫌う人間を、好きになれるわけがない。
だから、俺は幼稚にもビンタして彼と別れた。彼はにやにやと気色悪く笑っていただけで、何も言わなかった。やはり俺は、あいつが嫌いだ。
屋上をあとにしたときにはすでに一時間目が始まっていて、なんとなく教室には帰りづらかったから適当に校内を歩いていた。残り三十分ほどの暇つぶしである。とはいえど、学校ほどつまらない施設はない。昼休みや放課後ならまだしも、授業中の学校なんて静かなだけの建物だ。仕方ない、学校は授業するための施設なのだ。暇を潰せるようなところはないに等しい。
こういうとき、俺は決まってあるところに行く。そう言えるということは、俺には授業に出ないことが結構あるということだ。理由はたくさんあるが、大体の場合、授業がかったるいからだ。今回は全然違うが、とりあえず足の向くまま、いつもの場所へ歩き出す。
校内をしばらく歩いて、俺は一枚の扉の前に立った。横開きの教室の扉とは違い、縦開きの扉だ。扉はガラスになっていて、そこからは細くまとまった白い長髪が少しだけ覗いていた。俺は取っ手に手をかけて、思いっきり引く。
「おう、南雲。いらっしゃい」
入ってすぐの貸し出しカウンターから声がした。店員のような挨拶だが、ここは店ではない。入った瞬間に鼻を通る紙の匂い。ゆっくりと流れる時間。窓から溢れる温かな光。そして何より、圧倒的な書籍の数――
ここは、私立七星高等学校の図書室である。
俺に声をかけた人物はというと、
「またサボタージュかい」
「まあ、いろいろあったんだよ」
「ふうん」
先生は丸い眼鏡を通して俺を見た。そこに輝くのは真っ赤な瞳。妖しい気配を漂わす。さらに低めな声がそれを増長している。
俺はカウンターの近くにあった椅子に腰を下ろした。俺は本を読むのは苦手だ。文字を目で追うとすぐ眠くなってしまう。俺の目当てはあくまで海凪先生とおしゃべりすることなのだ。
「で、南雲。今日は何をするつもりなのかな」
「特にない。暇を潰しに来た」
「図書館は本を読む場所だよ。暇を潰すなら、本を読んでね」
「おい。俺に本を読むことを勧めるな。からかってるのかよ」
「君は面白いね」
赤い目を細める。男の俺から見ても綺麗な顔をしているが、学校での認知度は低い。夏休みが明けたあたりに興味本位に調べてみたのだが、数字にして〇・二パーセントだった。今時、本なんてスマートフォンがあれば読める。図書館に足を運ぶ人なんて、紙の本が好きなもの好きか、俺みたいなサボり魔くらいだ。外を歩いていれば、目立ちそうな髪色と目だが、俺は外で彼を会ったことがない。見た目通り、謎の男なのだ。
「で、何があったのかな」
「え?」
「君、そんな顔しているよ」
「し……してねえし」
「今は誰もいないんだし、聞いてあげてもいいよ。僕も暇だしね」
全く、この人はこういうところによく気付く。あの赤い目で、何を見ているのだろうか。
俺は話せる範囲で話してしまおうと、口を開いた。
「……厄介なことに巻き込まれてな」
「巻き込まれるほど友達がいたんだね」
「うるせえ。――で、嫌なやつと関わらなきゃいけなくて。すごい嫌で。さっき会ったんだけど、ほっぺ殴ってきちゃって」
「あらまあ」
「あとでまた会わなきゃいけないんだけどさ、気乗りしなくて」
「行かなきゃいいんじゃないか。高校生の厄介ごとなんて、程度が知れているだろう」
その程度から大きく外れているから、厄介なんだが、これを解決しないと俺は困る。
「まあその厄介なことっていうのが、解決しなきゃ困る事案で、俺は今、嫌なやつと厄介ごとを解決しなければいけないんだ」
「それは大変だね」
「まあ、俺は厄介ごとの発端というか、問題の第一発見者というか、そんな立ち位置だから、俺の仕事は情報提供なんだけど、つまりそれを終えてしまえば俺の仕事は大方完了するんだけど、俺は言われたんだ。嫌なあいつに、偉そうに」
――あの誰も見てない女みたいに、目を背けてはいけないよ。
専門家らしく、上から目線で。
「難しいねえ」
先生の出た感想はそれだけだった。ここはカウンセリングルームではないし、お悩み相談室でもないのだから、これは相談ではない。愚痴だ。言えば楽になる、というのを実行しているに過ぎない。だから、先生の意見なんて求めていないが、彼は続けた。
「年上からのアドバイスをすると、そういう案件は早急に終わらせるといいよ。厄介ごとは早く終わらせた方がいいし、嫌なやつとは最低限しか関わりたくないだろう」
「ああ」
「僕の場合、一日以内にすべてを終わらせる」
先生は真っ赤な瞳をまた、こちらへ向けた。俺をからかうでもなく、上から目線で言うでもなく、ただ言った。いくつもある解決法の、たった一つを。
「それはあんただからできるんだよ、先生。あんたが優秀すぎるんだ」
「それは嬉しいけれど、僕は君が思うほど優れた人間じゃないよ。優れた人間のように、ふるまっているだけさ」
そういうことができる時点で、きっと優秀な人間なのだろう。頭脳とか能力とかそういうのが優秀なんじゃなくて、
俺は多分、この人のようにはなれない。だって、たった一人の女子高生への恋心さえ、ドラゴンにならねば伝えられなかったのだから。
そんな着地点へ足をつけた頃、授業が終了するチャイムを聞いた。俺は本を一冊も持たず、図書館を後にした。
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