第6話 怪異密偵師との接触
さて、俺が若月風助と接触したのは、朝のホームルームが終わってからだった。俺は眠気をおして、若月の机に依頼書の封筒を叩きつけた。
俺はこの男を知っていた。ドラゴンの事件でお世話になった、と聞いている。あのときの記憶は曖昧にしかないから、やはり陽菜からの説明であるが、彼とセリーヌさんが協力して、事の収拾にあたったらしい。保護観察処分になったのも、彼の尽力があったからとかなんとか。
とはいえど、会話はしたことがない。俺は少し緊張しながら、声をかけ――ようとした。
「やっと来たね」
声はかけられた。若月は座ったまま俺に視線を向けた。上目遣いだが、にやりと笑っていて可愛いとは思えない。
俺は彼の言葉に応えることなく、腕を掴んだ。
「話がある」
「さて、こんなところで何の用かな」
俺が連れてきたのは、屋上だった。時折冷たい風が吹く。話しをする場所としては適さない場所だが、誰にも見られず話ができる場所はここ以外に思いつかなかった。
男が二人。色気がないのが、残念だ。
「お前に渡したいものがある」
俺は手に持つ手紙を渡した。あの黒い封筒だ。
「セリーヌさんからかな」
「そうだ」
若月は封筒から中身を取り出し、文面を読んだ。
「君がこれを届けに来たってことは、君が怪異と遭遇したのかな」
「察しがいいな」
「そりゃ分かるよ。専門家だもん」
ニヤリと笑う若月のことは、俺は好きになれそうにない。だが、俺は彼に頼る以外の選択肢はない。
「教えてくれるかな。君の遭った怪異のことを」
俺はセリーヌさんに話したのと同じ話と、セリーヌさんに助けを求めた話をした。できるだけ鮮明に、客観的に話すように心がけた。
「こういうのを類は友を呼ぶ、と言うのかな」
というのが彼の感想だった。
専門家である彼は当然サラマンダーを知っていたし、それがドラゴンの類であることも知っていた。
類は友を呼ぶ、か。
セリーヌさんは全然違う怪異だ、みたいなことを言っていた。
「セリーヌさんの見解は間違ってないね。サラマンダーには人を殺せるほどの力はない。けど、あの人は大切なことを教え忘れてる」
「どういうことだ」
「君の話がちゃんと正確なら、あの人は君に教えてないことがあるってことだよ」
「それは分かる。だから、それはなんだと聞いている」
「一匹ではほとんど弱いけど――集まれば退治すべき脅威になる、ってことだよ」
俺の脳裏に、昨日のあの光景が浮かんだ。
風呂場を埋め尽くしていたサラマンダーは、一匹じゃなかった。数えてないけど、あれは『たくさん』と言っていいほどの数だったのは間違いない。全部が全部、炎を発しながら俺を見ていた。
「君の話だと、サラマンダーは一匹じゃなかったみたいだね。具体的な数は、数百匹だと予測するね。全く、あの人は意外と杜撰(ずさん)だなあ」
「――ってことは、俺は……」
「結構危険な状況だったんだ。君がとった行動は正しかったわけだ。脅威に出会ったときは逃げるのが一番だからね。そのおかげで君は火傷一つ負ってないだろう」
「でも、あれを放っておけば、被害が出るんじゃないか」
「お。君、意外とそういうこと気にするんだね」
気にはならなくない。
ただ、俺は――
「それを防ぐのが、専門家の仕事なんだろ」
「まあ、そうだけどね。だから、俺はこの依頼書を受理するよ。セリーヌさんの依頼は引き受けた。サラマンダーの調査はお任せあれ。早速今日から始めるよ。君にはいろいろ話を聞くけど、承知しておいてね」
若月は手紙を封筒には入れず、くしゃくしゃにしてポケットにねじ込んだ。
「ねえ、南雲一斗くん」
「……はい」
「最初に言っておくけど、怪異が目の前に現れた時点で君は関係者だ。知らんぷりはできないよ」
「それは――分かってる」
「本当に? 君が思いを寄せる桐生陽菜ちゃんは、ドラゴンの君と遭ったとき、『心当たりはない』って言ったよ――そんなわけないんだよ。サラマンダーが君の前に現れた理由は必ずある。君にドラゴンに成った理由があるように」
だから――と彼は続けた。
「あの誰も見てない女みたいに、目を背けてはいけないよ」
彼は諭しているわけでもなく、忠告しているわけでもなく、きっと俺にこう伝えたかったのだと、解釈した。
俺は桐生陽菜が嫌いだよ――と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます