第5話 鬱陶しいあいつと歩く道
それを受け取ったあと、俺は再び術で自宅に戻ることになった。すでに母が帰宅していた。風呂に入ったあとらしく、寝間着で夕飯を食べていた。風呂場のことを聞いてみたけれど、俺が見たような気持ちの悪い景色は見なかったらしい。
たった一瞬の出来事だったようだ。
俺はその日、さっとシャワーを浴びてから眠りについた。サラマンダーで埋め尽くされたあの風呂場が、夢にまで出てきた。
変な汗をかいて起きても、学校に行かねばならない。高校生の本分は勉強だが、今日の俺にはそれ以上に大切な役目がある。俺は昨夜託された黒い封筒が鞄の中にあるのを確認して、家を出た。
昨日、あんなことがあったせいか、どうも体が重かった。踏み出す一歩が地面に沈む感覚がしたが、それはただの感覚であって、サラマンダーが起こした新たな現象だとか新しい怪異の出現とかではない。俺の疲れだ。今日はできれば、あの鬱陶しい三留とは関わりたくないものだ。
が、こういう日に限って、思いとは反対のことが起こってしまうのである。
「おはよう、一斗!」
玄関の扉を開けた途端、頭に響くような元気な声が聞こえた。
茶髪交じりのツインテールが揺れている――三留だ。
彼女は確か俺とは反対方向に住んでいるはずだが、どうしてここにいるかなんて、疲れが溜まった頭で考えることができなかった。
「なんだよ、お前」
「もう。桐生さんにはそんな反応、しないでしょ」
「お前は陽菜じゃないだろ」
「そうだけどお。桐生さん、最近忙しいみたいでえ、もう学校行ってるよ」
毎度毎度イラつくしゃべり方をする。いつもなら聞き流せるが、今は疲れとイライラが溜まってくる。
――忙しい?
「なんかあるのか?」
「もう、とぼけちゃってえ」
「とぼけてねえし」
「冷たいなあ。ちょっとからかっただけじゃん」
「お前……」
「アレだよお。お祝い会の準備!」
そういえば、やるって言っていたか。
俺のクラス――一年五組の担任の畔上(あぜかみ)修一(しゅういち)先生は冬休み中、ご結婚なさって、そのお祝いを修了式に合わせてやろうという計画である。発案者はクラスの女子だった気がするが、生徒から人気のある先生なので、クラスの九・九割が賛成して、クラス全員が主催するお祝い会を開くことになったのだ。ちなみに残りの〇・一割というのは、俺だ。反対意見ではなく『どちらでもいい』という意見だ。大まかに言えば、全会一致で開催を決めたのである。
三十二人全員が開くとなると大変なので、お祝い会実行委員なるものを秘密裏に決め、それを務めるのが、学級委員長を務める陽菜である。何をやっているのかは全然知らないが、陽菜のことだから着々と準備を進めていることだろう。
「副委員長なのに、何も知らないんだねえ」
「俺、実行委員じゃねえし」
「桐生さんから聞いてるんだと思った。いつもあんなに仲良くて、べったりだから」
「話さないこともあるだろ」
「あたしだったら話すけどなあ」
「………………」
「桐生さん、そういうところガード堅いよねえ。だから友達がいないんだよお」
「……おい。やめとけ」
「あ、今はいるのかあ。とっても楽しそうだよねえ。あたし、桐生さんのあんな顔、初めて見たよお。一斗のおかげだね!」
それは……そうなのか?
俺はずっと陽菜に思いを寄せていたけれど、かつてのあいつを俺は見てあげていなかった。だから、比べようがないけれど、第三者がそう言うのならそうなのだろう。
俺のおかげかどうかは、分からないけれど。
そんな雑談をしていると、学校へ着いた。思えば、三留とこんなに会話をしたのは初めてだった。雑談と言うか、俺が一方的に聞き役だった気がするが、案外普通にしゃべっていた。拍子抜けだった。俺は、もっと変わった人だと思っていた。俺のことが大好きで、俺に毎日プレゼントをくれるが、長話はしない。ムカつくしゃべり方をしているのも、俺に好きになってほしいから、ぶりっ子を演じている一環だと思っていた。が、意外に普通な子だな、というのが今朝抱いた三留への印象だった。
教室には、すでにたくさんのクラスメイトがいて、その中に陽菜の姿もあった。机に向かって何かを書いている。仕事中だった。
俺は座席に就いて、顔を伏せた。三留と会ってしまったせいで、強い眠気が襲ってきたのである。
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