第4話 俺の遭遇した怪異は

 疲労による眠りは、月明りによって妨げられた。考え直せば、それは緑色に輝く鋭い目だったかもしれないが、ここでは月明りと言うことにしておこう。目覚めたとき、最初に目に入ったものが、真っ暗闇に浮かぶ満月だった。

「ようやくお目覚めね」

 そんな声が聞こえて上体を起こすと、緑色の髪を撫でている女が目に入った。セリーヌさんだ。さっき(さっき?)来たときにはなかった槍がソファに立てかけられていた。物騒な雰囲気がする。

「あの、助けていただいてありがとうございます」

「堅苦しいのはなし・・にしましょう。私は仕事をしたまでよ」

 そうか。

俺はそれをよく知っていた。身をもって。だからこれ以上、お礼の言葉と迷惑をかけた謝罪の言葉は言わなかった。

一通りの状況を理解したところで、俺は改めて口を開いた。

「トカゲが、いたんです」

「トカゲ」

「炎をまとった、真っ赤なトカゲです。風呂に入ろうとしたとき、炎のトカゲがいっぱいいたんです。数は数えてません。その前に、家を出ました。今思い返せば、その個体がどれくらいの大きさで、どれくらい熱くて、どんな風だったか、あまり記憶がありません。あれが生物じゃないことだけは、理解できました。だから――」

「――だから、私を頼ったのね」

 頷く俺。

 セリーヌさんはこんなバカげた話を、俺の目を見て聞いていた。話と言っても、俺が覚えていることなんてほんの少ししかない。あのときは怖くて逃げることで頭がいっぱいだったから、どうしても曖昧にしか記憶できなかった。

 しかし、今の状況で確かなのは、専門家である彼女を頼って正解だったということだ。

「判断は正しいわ。あれはきっと怪異で間違いない」

「そう、ですか」

「あら、驚かないのね」

「寝て起きたら、冷静にはなれますよ」

 状況を理解した今、あのトカゲ……の怪異はいなさそうと判断している。

「……で、あれは何ていう怪異なんですか?」

「あら、知らないのね」

「……?」

「あなたなら、なんとなく分かっているのかと思ったけれど」

「……知らないし、分からないですけど」

 俺なら分かるって。俺は怪異になったけれど、だから詳しいというわけではない。怪異という名前と説明だって、事件のあと、陽菜からほんの少し聞いた程度だ。具体的にどんなものか、全然知らない。そういうよく分からないものだ、ということは、よく分かるが。

 セリーヌさんはショートパンツから伸びる足をソファに持ち上げて、続けた。

「あの怪異は、あなたと同じ系統よ」

「生物的に言うと、ドラゴン科ってことですか」

「面白い表現ね。まあ、その通りよ。ドラゴン科。あなたがなったドラゴンは一番スタンダードで有名なんだけど、今回あなたが遭遇した怪異も負けず劣らずそれなりに有名よ。名前を聞けば知っているかもしれないわ」

「なんて名前なんですか?」

「サラマンダー、という命名がされているわ。あなたの表現を借りると、ドラゴン科の炎属の怪異、ということになるかしら」

 ドラゴン科の炎属――炎のドラゴン。

 俺の記憶が正しいとすれば、そういうことらしい。

「ドラゴン科、なんて言っても、あなたとは全くの別物よ。まず大きさが違うし、形状も違うでしょ」

「まあ、それは」

「おまけに一体あたりの力はあなたの何十分の一。せいぜい軽い火傷(やけど)を負わせられるくらいよ。悪い怪異じゃない。それどころか、四大精霊の一つだから、悪さはしないはずよ」

「じゃあ、安全な怪異ってことですか?」

「九割がた、そうと言っていいと思うわ」

「でも、あれじゃあ家に帰れません。っていうか、家族全員帰って来られません。なんとかできないんですか?」

「退治はできないわ。だって悪さをしたってわけじゃないんでしょ」

「そうですけど……」

「でも、何もできないわけじゃないわ」

「本当ですか!」

「私が動けないのは、私が怪異退治の専門家だから。つまり、退治する以外の方法で怪異を対処する専門家に依頼すればいいのよ」

 セリーヌさんは、俺に届いた手紙と同じ封筒を俺に渡した。

 表にはこんな名前が書かれていた。

 怪異密偵師 若月風助殿。

 どうやらこれは、依頼書らしい。

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