第2話 専門家からの呼び出し 

『放課後、町外れの廃工場に来てほしい。内容は来てから話す。セリーヌ・クーヴレール』

 そんな手紙を受け取ったのは、始業式の直後だった。教室に戻ると、机に封筒入りの手紙が置いてあった。置手紙にしてはしっかりとした手紙だ。黒い封筒だ。なんか明らかに怪しい感じだが、とりあえず開いてみた。

 するとこの文面が出てきた。

 町外れの廃工場というと、思い浮かぶのはあの事件で連れて来られた、あのアジトみたいなところだが、差出人からして多分あそこだろう。

 話というと俺のことかな? ドラゴンの俺は怪異管理局から保護観察処分を下されているから、あの事件で転校生として来た若月に監視されているのだが、一か月間、ドラゴンの力は一切使ってないはずだ。

だとすると、なんだろう? 保護観察の期間が短縮されたとか? それなら嬉しいが、この文面だけじゃ判断できない。

行ってみれば分かるか。

俺は手紙を封筒に戻して鞄にしまった。


そんなわけで、放課後。俺は下校したその足で、手紙で言われたその場所に行った。かなり曖昧な記憶だったが、たどり着けた。

陽菜に聞けば一発で分かったかもしれないが、この件は話してない。俺の件で散々迷惑をかけたのだから、もう首を突っ込ませるわけにはいかない。あいつを危険な目にはもう遭わせたくない。

 廃工場まではバスを使った方がいい距離だが、歩いた。お小遣いをもらう高校一年生は、こんな交通費も節約しなければならないのだ。一時間近く歩いたので、着いた頃には日が暮れてしまった。

 あの事件のときは一瞬しかいなかったので、本当にここで合っているのか不安になったが、しばらく敷地内を徘徊していると、ソファに横たわる緑色の髪の女を発見したので、俺はここでようやく確証を持った。

「南雲一斗です。手紙を受け取って参りました」

 少し考えてそう声を掛けた。一応右手に手紙を握って、本当にそうであることを示した。

「やっと来たのね。いらっしゃい」

 緑色の髪の女――セリーヌ・クーヴレールさんは座り直し、出迎えた。

 さきも話したが、この人が怪異討伐師でめちゃくちゃ強いマーメイドの女である。こうして向き合うのは初めてだが、陽菜の話の通り、とても美しい人だ。髪もさることながら同色の瞳は澄んでいて、引き込まれる。

「こっちに来て座りなさい」

「座れって、どこに?」

 見る限り、椅子はソファしかない。すると、セリーヌさんは座りなおしたことによって生まれた隣の空席を指した。

「お隣に座りなさい」

 初対面に近い女性の隣に座るなんて、ちょっと勇気がいるが、座れと言われたので仕方なく座ることにした。

 マーメイドの怪異、か。

 陽菜からは強力な回復力があって、傷も一瞬で治ってしまうと聞いているが、どこからどう見ても綺麗な人間の女性にしか見えない。

 違う。今日はそんなことをしに来たのではない。

「あの、何の用ですか? 俺のことですか?」

「あら。せっかちなのね。急ぎの用でもあるの?」

「ないですけど……」

「じゃあゆっくりしましょう。こっちは急ぎでもなんでもないから」

 じろじろと見てくるセリーヌさん。綺麗な女性にこうも見られるのは男として光栄だが、そんな立派な胸を押し付けてくるのはやめてほしい。腕が谷間に食い込んで、変な気持ちになってくる。

「あ、あの、セリーヌさん」

「何かしら」

「離れて下さい」

「いいじゃない。今は、男と女、二人きりなのよ。イイこと、したいじゃない?」

「そんなことをするなら帰りますけど」

「もう。ちょっとくらいいいじゃない。つまらない子」

 と、セリーヌさんは言うと、惜しむように最後に顔をギリギリまで近づけて、最後に首元に――。

 ちゅっ。

「ちょっと、何するんですか!」

「何ってほどじゃないわよ」

「いや、俺まだ十六ですよ! っていうか、さっきそういうことしたいなら帰るって言いましたよね」

「もう、本当につまらない子ね」

 セリーヌさんはその色気に満ちた髪の毛を掻き揚げて、ようやく俺を諦めた。

「セリーヌさん、早く用件を話して下さい。帰りますよ」

「分かってるって。あなたを呼んだ理由はこれよ」

 セリーヌさんはソファの下から、紙袋を出した。無地の紙袋で薄いけれど大きい。

「これは?」

「菓子折りよ」

 ……菓子折り。

「ほら、あなたに対しての謝罪をするって言ったじゃない」

 それがこれってわけか。謝罪の品として菓子折りは正しいが。怪異管理局なんて変わった機関も意外と普通なものをくれるんだな。もっと謎のお札とか守り神とかお守りとか、そういうものじゃないんだ。というか、菓子折りなのか。結構ひどい大怪我して完治するのに三週間くらいかかったのだが、それでも菓子折りなのか。

「まあ、受け取っておきますけど」

「一応中身は和菓子らしいわよ」

「はあ」

「知らないの? あんこで作られているアレよ」

「和菓子自体は知ってますよ。日本人ですから。いや、甘いのが苦手なんですよ」

「じゃあご家族とか、陽菜とかにあげなさい。こんな話はついでだから、さっさとしまってちょうだい」

 ついで、だったのか。

 よく考えれば、菓子折りを渡すだけなら若月にでも任せればいいか。俺をわざわざ呼んだということは、それだけ重要な用事ということか?

「なんですか」

「ちょっと聞きたいことがあるの」

「ドラゴンについてですか?」

「いいえ。あなたには関係ないかもしれないから、知らなかったら知らないでいいんだけど――この辺りで、金髪の美しい女性を見たりしてないかしら」

 と、セリーヌさんは急に真面目な顔をして言った。

 金髪の美しい女性――か。

 俺の脳裏にはたった一人、思い当たる人物がいた。ドラゴンに初めて成ったあの夜に出会った、力を与えてくれた女性。ここは外国人が訪れるような町じゃないし、俺の知っている限り彼女の言う条件に合う女性といえば、その人しかいない。

 顔はよく分からない。あのときはかなりぼーっとしていたし、ドラゴンに成ったという状況変化に結構戸惑っていたから、せいぜい金髪と綺麗だった印象しか記憶にない。

「その人がどうしたんですか?」

 俺はとりあえずセリーヌさんの真意を探るように、そう聞いてみた。質問を質問で返してしまうのはよくないが、その金髪の女に何か危ない匂いが漂っているのは分かる。あのときあって、俺は薄々でも感じていた。あのときは危険というより、妖艶――妖しく、艶やか。

 俺にドラゴンの力を与えたくらいだから怪異の関係者であることは間違いないが、実は名前さえ知らない。

「最近、この町で見かけるって聞くから」

 と、セリーヌさんは言った。

「ご友人か何かですか?」

「知り合いっちゃ知り合いだけど」

 どうもはっきりしない答えだ。だが、結局は教えてくれなかった。

「で、私の質問に答えてちょうだい」

「俺は――」

 少し悩んで、こう答えた。

「全然知りません」

「そう」

 返ってきたのはそんな軽い返事だった。

 嘘を吐いたことに、あまり深い意味はない。強いて言うなら怪異絡みだと思ったからだ。俺は一か月前に怪異で痛い目を見たばかりなのだ。あんなことになるくらいなら、関わりたくない。だからこんな美人と顔を合わせるのも今日で最後にしたい。こんな暇があるなら、陽菜と一緒にいたい。そのためにも、怪異と関わるのはもう勘弁したい。

「あなたからはいい情報が入ると思って来てもらったんだけど、無駄足させちゃったわね」

「お役に立てず、すみません」

「いいのいいの。お菓子も渡せたし、顔も見れたし」

「それはどうも」

 セリーヌさんはようやくソファから立ち上がった。何をするのかと見ていると、白い大きな布を地面に広げた。陽菜から聞いた話だと、これは確か魔法陣と言ったはずだ。血液で術を発動させる道具とかなんとか。『これで瞬間移動とかできてすごいんだよ!』とか嬉しそうに話していたが、これがそうっぽい。

「今日は送るわ。暗いし、家まで帰るの大変でしょ」

「ありがとうございます」

「魔法陣の真ん中に立って。忘れ物はない? お菓子持った?」

「はい」

「じゃあ行くわよ」

 セリーヌさんは親指の皮を歯で千切って、一滴だけ血を布の上に落とした。真っ赤なシミが小さく広がっていく。すると、魔法陣に沿って光が放たれ始めた。術が発動したのである。

「お気をつけて」

「ありがとうございました」

 俺がセリーヌさんの言葉にそう返してお辞儀をすると、目の前には廃工場の景色がなくなっていた。

 ――が、俺はまたあのアジトに舞い戻ることになる。不本意ながら。

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