第2話 憎き顔と白き少女
「顔に見える大岩ってことで記事作るか」
洞窟からの帰り道、慶一朗がふとそんなことを呟く。
「ま、それでいいわよね、あの狭い部室じゃ展示とか出来ないし」
「狭いのって夢の私物のせいじゃ……ああっ!? ごめんごめん蹴らないで」
「相変わらず辰雄に当たりつえーな」
「辰雄は無自覚に人を傷つける事を言うのよ。昔っから、だから直してあげなきゃ」
「物理的に傷つけるのはいいんですかね……」
他愛もない事を言いあうこの時間。
慶一朗の一番好きな時間だった。
ずっとこれが続けばいいと思っていた。
だけど、あの顔が現れてしまった。
文化祭もだらだらと各催し物を散策しようという計画だったのに。
あの大岩と顧問の顔が重なってくる。
部活動を認めてくれた事は感謝しているが、今回に限ってはなんと面倒くさい事を持ち込んできてくれたのかと思わずにはいられない慶一朗。
(これだから現実ってやつは)
いっそ怪獣が目覚めてなにもかもうやむやになってこの時間が引き延ばされればいいのに。
そんな事を思わずにはいられない。
まあ実際にそんな事が起きたら避難所に行くことになったりで大変なんだろうが。
とにかく、この微妙なストレスをどこかに発散したかったのだ。
「……ねぇ! 慶一朗ってば!」
「うおっ」
突如、夢が大声で慶一朗を呼ぶ。
どうやら妄想にふけりすぎていたらしい。
「聞いてた? 名前よ名前!」
「名前? なんの?」
「怪獣のだよ! 僕たちが見つけたんだから、僕らに命名権があるよねって話!」
「うん? いや、あるだろ名前『ぶっか』だよ『ぶっか』仏花井物の怪伝説の絵巻に書いてあったろ」
「えー!?」
辰雄が驚きの声を上げる。
「そんなー……かっこいい名前付けようと思ったのにぃ……」
「いや、私でも知ってたし、辰雄は新種の生物でも探そうとしてたの?」
厳しいが至極真っ当な突っ込みが入ってもなお辰雄は唸っている。
「じゃあせめて『ブッカー』で!」
「……別になんでもいいけど、記事に乗せる時はぶっか、な」
「そうじゃないと怪獣研究会の成果にならないし」
「そんなぁ……」
落ち込む辰雄はとりあえず放って置く。
「でも大岩だけじゃ記事の文章に困るくない?」
「困るく……まあ適当に絵巻の文章引用して誤魔化せばいいだろ、文章書く場所はそもそもでっかい大岩の写真で狭めちまえばいいんだよ」
「そういえば大岩撮るカメラどうすんの?」
すると落ち込んでいた辰雄が復活する。
こうしてすぐ復活する事を二人は知っていたのだ。
「ウチの叔父さんがいいの持ってるよ! 暗くても綺麗に撮れるヤツ!」
あの暗闇では勿論フラッシュ込みの話だろうが、あるならそれに越したことはない。
「んじゃそれで」
「次、いつ行くの?」
「明日だよね!?」
辰雄が再び興奮気味だが慶一朗はスルー。
「二日連続山登りはちとキツイ。せめて明後日」
「賛成~、もう足パンパン」
「えぇ……」
というわけでその日は解散となった。
慶一朗は家に帰るとまずは風呂に入る。
山登りで汚れた体を洗った後、疲れが取れる入浴剤とやらをいれて入る。
「あー、生き返る生き返る」
思い返すは、あの顔の事以外ありえない。
「あの顔の事、記事にしたら、その後は……」
元のだらだらとした放課後を取り戻せるだろうか。
何故か知らないが、それが無性に心配だった。
普通に考えれば文化祭を過ぎれば戻れるはずだ。
それなのに、あの顔がなにもかも壊してしまう気がしたのだ
帰り道ではそれを願っていた節もあるというのに。
人間とは怪獣より身勝手なのかもしれない。
「いややっぱり、ホントにあの怪獣が起きちまった方が、なにもかもうやむやになるんじゃないか?」
虚空に問いかける。
すると。
『やめたほうがいいよ』
期待どころか想定すらしていない返答があった。
「!? えっ誰、誰!?」
大事なところを隠しながらあちらこちらを見渡す。
『こっちだよ』
少女の声、上から聞こえた。
天井を仰ぐ。
そこには宙に浮く白い少女がいた。
「きゃーーーー!?」
まるで少女のような悲鳴が風呂場に響き渡る。
「ちょっと慶一朗! うるさいわよ!」
慶一朗母の声が届くがそれどころではない。
「なに、誰、ゆ、幽霊!? 怪獣の精霊!?」
『ミコ』
「み、こ? ああ、巫女?」
「そう、ミコ」
なんか噛み合ってない気がするが、そもそもこの現実を受け入れられない。
(あれ? 巫女? 怪獣を封じたのは坊さんじゃなかったっけ? 尼さんじゃないのそこ、あれ?)
『ねぇ』
ミコが上から話しかけてくる。
とりあえず大事なところは死守したまま、慶一朗は彼女を見上げている。
少女は海を漂うかのように浮いていた。
「な、なに?」
『ぶっか、起こしたい?』
「え?」
『あなた言ってた、ぶっかに全部壊して欲しいって」
「全部とは思ってないけど。面倒くさい事だけとか」
『そんな都合よくはいかない、それでもいいなら起こす?」
やっぱり話がかみ合わない気がする。
慶一朗はもじもじしながら言葉を探す。
「……起きてるところは見たいかもしれない」
とりあえず本音を語る。
『じゃあ呪文を教えてあげる』
少女がこちらへと近づいてくる。
その姿は海を潜るかのようだった。
「ちょちょ、あんま近寄られると……!?」
耳の横、ぼそぼそと小声で、なにやら不可思議な言語を伝えられた。
それは鼓膜ではなく脳に直接届いたかのように思えた。
「これを唱えれば復活すんの……?」
『あの顔の前でね……』
すぐそばにあったミコの顔がない。
声だけ聞こえて姿は消えた。
「何なんだよいったい……」
疲れを癒すための風呂で余計に疲れた慶一朗は、追い炊きのボタンを押した。
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