■4 招待
有栖の小銃が弾丸の雨を浴びせる。武器の扱いに慣れていない彼女でも持てるものだから、いかにデーヴィス相手とはいえ一発で機能停止に追い込めるほどの精度と殺傷能力は備えていない。加えて有栖の射撃の腕はほぼ初心者だ。下手な鉄砲、という言葉がこれほどまでに似合う状態もない。有栖が唯一大切に持っていたチェーンソーでさえ、まともに扱えないまま譲ってしまった。
空になった薬莢が、乾いた音を立てて有栖の足元に転がっていく。エレベーターを目掛けて撃つも時折小銃をコントロールしきれず、照準がうまく合わせられないのも有栖を不甲斐ない思いにさせた。蓄えをもって襲撃に来たとはいえ、弾数には限りがある。デーヴィスの数は少なくない。有栖一人でやりあうわけではないが、難しい選択を要求される。
装填。有栖は素早く指示を出す。
「首のすぐ下よ、そこに動力炉がある! 破壊して!」
「はいっ」
有栖が連れてきた国民が駆け出す。淫蕩と奉仕を忠義だと捉えた彼女仕込みの家畜たち。そのなかでも体力があって武器を持って戦える見込みのある奴らを選んできた。正直兵卒というには形だけだ。だがいないよりはずっといい。有栖に酔った人間たちの精神でどこまでやれるか。酩酊した頭が覚めたとき、彼らはどうなるのか。それはそれでいい、有栖がふさわしい玉座を手に入れたらまた考えればいいだけの話だ。
帽子屋が騎兵槍を使って更にデーヴィスを串刺しにしていく。付き従う国民が細い手槍で突き刺しにかかる。手際は決して良くないが、数人がかりでデーヴィスを一機、再起不能にした。
装填完了。有栖はうっすらと笑みを浮かべた。
「確かに私は戦い向きではないけれど、まったく戦えないわけじゃないわ」
機械人形の奥でひきこもっている虚飾の女帝とは訳が違う。首がじりじりと熱を思い出す。死の淵を見せられたあのとき。ドロシーに傷ひとつ負わせられないまま地団駄を踏んだあのとき。帽子屋の皮肉も、家畜の奉仕も慣れていた。己の欲求に突き動かされるまま玉座を望むこの行為を、有栖は微塵も後悔していない。
「撃つわ、離れて!」
有栖の掛け声とともに兵士たちは離散し、小回りのきかないデーヴィスを狙って射撃する。有栖がリロードしている間は兵士がデーヴィスを蹴散らす。今の瞬間が王国として一番連携がとれている――これがまやかしでなければどんなにか胸がすくのだろう。嘲笑が喉を鳴らした。
ひとつの国家が束になって襲いかかる。その形がある程度できあがってきたとき、デーヴィスは第二段階へと移行した。
『手榴弾による迎撃が困難と判断。機銃の使用に移ります』
「とんだお笑い草ね……!」
あんなに銃を嫌がっていたのに、自分の命を容易く奪うかもしれない銃を、マダムは流通させなかった。しかし自分の手下にはしっかりと持たせていたわけだ。機械なら自分を裏切らない、そう思ってでもいるのだろうか。有栖は歯を噛み締める。有栖以外に機銃を持たせられるほどの余裕はなかった。相手が一斉掃射を始めたらどれだけの国民が無力に散っていくだろう。長居するのは危険だ。せめて階段までの道を開いて、一気にマダムのフロアまで行かなければ。
そう思っていたときだ。救世主が降ってきたのは。
「それは、あたしの、獲物だああああっ!」
知っている。有栖はその甲高い享楽の到来を知っている。鈴を鳴らすように笑って、無邪気とは縁遠い行為を繰り返す。殺傷、吸血、そのまま破砕。真紅の髪が揺らめく炎のように、苛烈に盛っている。チェーンソーを手足のように動かして一切の迷いなくデーヴィスの首を吹き飛ばした。呆気に取られて引き金を引くのを忘れてしまうほど、その少女に釘付けだった。
有栖にとっての銀の靴。願いを叶えてくれる、夢見がちな幻。けれどトウキョウに確かに彼女は息づき、魔法とはおおよそ言えない方法で有栖の前に現れた。
「ドロシー……」
「くっそ、先手取られた! さすがにトンネル徒歩は時間食いすぎたかな」
「仕方ないわ。私たちは私たちなりの最善でやってきたんだから」
有栖の顔を見るなり忌々しく舌打ちした少女は、付き従う
「私に、協力するの……?」
「んなわけないでしょ!」
有栖の確かめる問いをドロシーは清々しいまでに一蹴する。
「あたしはあたしの
「じゃあどうして」
「他人を利用して
思わず吹き出してしまった。
「……何それ。ドロシー、あなたきちんと言葉の意味がわかって言ってる?」
「邪魔な奴はさっさを殺せばいいってことでしょ?」
呆れた。騎兵槍でデーヴィスと交戦中の帽子屋もしかめっ面をしていた。険しい表情には余裕が見られないが、ドロシーという爆弾が飛び込んできたことで事態は好転している。そして加速も。
有栖は理解を諦めた。瑠璃色のカーディガンを羽織り直し、小銃を下ろす。デーヴィスの数も減ってきた。撃墜数に対して生産が追いついていないのだ。これなら一気に駆け上がれる。
「あんたは先に行くといいわ」
だから、戦果を譲るようなドロシーの言い方は尚更理解に苦しんだ。有栖は怪訝に思って真意を問う。
「それは、私にマダムを任せるという意味?」
「違うわよ。あたしがとどめをさしてオイシイところを持っていくの」
ドロシーは挑発的に唇を歪めた。
「あたしには先約があるの。それまでせいぜい一矢報いておいて」
有栖はさらに問いただすか逡巡したが、やめた。もとより自分だけで突撃する想定で始めた。マダムを打ち倒し自分の国を築き上げるのは有栖の悲願でもある。そこにドロシーが茶々をいれないというのなら、その意図は気になるが足踏みをしている余裕はない。
階段へ。有栖は小隊に指示を出した。
「遅れてきてもいいのよ。骸くらいは抱かせてあげる」
「減らず口」
そう、悪態をついて。有栖とドロシーは背を向けた。
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