■2 反逆

 デーヴィスの両目はカメラのレンズである。あれを目と呼ぶのは一種の比喩だ。無感情にぎょろりと回るそれは、眼差しほど柔和な色をしていない。それを通して乗客の情報がトチョウにいるマダムに送られているだろうことは容易に想像がついた。その視界に異常が生じれば――たとえば、デーヴィスが壊れてデータが送信されず砂嵐になってしまうとか――マダムは何かしらのアクションを取る。己の秩序に絶対の自信を持っているのなら、その異常を看過できないはずだ。壊れた人形を捨て置いて里砂は計画を前に進めていく。


「トチョウまで地下鉄で行けるかしら」

「その前に止められる?」

「マダムがどれくらい早く対応するか、次第ね。もし止められたら……」


 ドロシーと目を合わせる。その先を言葉にするつもりはなかった。出てくる前にやるべきことはすべて打ち明けてある。

 ドロシーはその意図を汲んだように、悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。


「わかってる。任せて、里砂」


 地下鉄ががくんっ、と急停止したのはイイダバシを過ぎた頃だった。プラットホームを通過してそこまで時間は経っていなかったように里砂は感じる。これまで機械的に規則的に動いていた地下鉄が、突然ブレーキをかけたのだ。慣性の法則に従って大きく揺らぐ身体。それを支え会うようにドロシーと里砂はきつく身を寄せた。レールに車輪が擦り付けられる音がする。甲高い金属音は耳障りな悲鳴によく似ていた。


「……ドロシー」


 声を低くして恋人を呼べば、彼女は狂暴な笑みを浮かべた。待っていた、という喜悦を表情が物語っていた。


「意外と遅かったんじゃない?」

「想定外、を想定してなかったのかもしれないわね」

「ふうん? まあ、どうでもいいか。あたしはただ」


 ドアが開くと同時にデーヴィスが雪崩こんでくる。駅を過ぎて少し経っていたせいか、その隊列は乱れて規則的でない。軍隊でもなんでもない、これは雑兵……数ばかりの寄せ集めだ。

 ドロシーがチェーンソーに手をかける。盛大な駆動音が耳を切り裂いた。


「――ぶっ壊すだけだし!」


 デーヴィスを清々しいほどに両断する。上から下に、時には横に。バチバチとショートしながらその場に崩れ落ちていくデーヴィスをドロシーは歯牙にもかけない。進路を塞ぐ人形をスクラップに変えながら二人は地下鉄を飛び出した。

 これだけで終わらせるつもりはない。ドロシーは地下鉄の進行方向に回り、線路を辿る。真っ暗闇を照らす二筋の光を頼りにドロシーは正面に辿り着く。得物もこれからの大捕物を自覚しているかのように、ヴォンとひときわ大きく唸った。


「あたしと里砂の邪魔は、させないッ!」


 ――轟音とともに、ドロシーは

 魔法使いが産み出した武器でもあるまいし、ドロシーが持つそれに巨躯を破壊するほどの威力はない。しかしこのまま放置してドロシーと里砂を引き殺す凶器に変えるのも頂けない。だから、脚を動かせなくする。

 ドロシーのチェーンソーは車輪と車両を引き剥がした。先頭車両の、先端にある二ヶ所だけでもいい。鋼鉄の身体はそのままに脚だけ不随になってしまえば、それはレール上の置物となる。それは後続車両にとっての障害物だ。


「里砂、走って!」

「ええ」


 そのまま暗がりへと突入していく。このまま進めば、距離はあるがトチョウマエまで辿り着く。ここまでは成功に分類できる成果だ。あとはマダムがどう動くか……だが。


 ***


「どういうことなの!」


 苛立って声を荒げる。マダムの気が立っているのは誰の目にも明らかだった。それは機械人形であるデーヴィスのをもってしてもそうだ。ソレはデータの蓄積から分析する。心拍や血圧の上昇、表情筋の変化、今まで彼女がそんな顔をしたときにはどういった状態だと提示されたか。豪奢な椅子に座ってふんぞり返っていようとも、結局彼女は感情的な生き物リコリスだ。冷静に高みの見物を決め込みたい女帝は砂嵐の映像を睨み付けて悪態をつく。


「地下鉄で火災? デーヴィスの異常? 非常装置はどうしたの、エラーが起こったら異分子を除去するために作動するはずでしょう!」

『機能はしています。全デーヴィスが情報を共有し、消火と異分子除去にあたっています』

「じゃあどうしてデータが届かないの!」

『デーヴィスそのものが破壊されれば、データの送信ができません』


 淡々としたデーヴィスの報告にマダムは強く机を叩いた。しっかりとルージュを塗った厚い唇を思い切り噛み締める。至極当然の結論を機械人形が報告する。わかりきっているからこそマダムは苛立っているのだ。


「私が敷いたシステムは完璧なはずなのよ……!」

『お言葉ですが』

「お前の戯れ言など聞きたくない!」


 マダムが机にあったティーカップを投げつける。デーヴィスの顔面に直撃し、無惨な音を立てて砕け散った。デーヴィスの方には被害はない。たかだかその程度の攻撃で壊れないように作ってある。それなのに。


「リコリス……まさか、あのお姫様が?」


 反逆するための力は削いでいたはずだ。独裁に抵抗させないためには力を持たせないことが肝となる。だから瑠璃のリコリスには監視をつけ、シロガネダイを燃やし、彼女一人が蜂起できない状況を作った。マダムの体制に異を唱えるとしたら彼女くらいのものだ。支配者としての欲求がある以上、マダムの庇護下にあるトウキョウは我慢ならないものだろう。

 しかし、とマダムは思考する。人間を飼育し数を束ねるという堅実な手段で力を蓄えてきた彼女が、こんなゲリラ的で無謀な策を講じるだろうか。デーヴィスのカメラに捕捉されれば一発で顔が割れる方法を。


『マダム。異分子を捉えたカメラがありました。提示します』


 抑揚のないデーヴィスの音声。それとともにスクリーンに示された二人組を見て、マダムはますます困惑した。

 燃えるような髪。勝ち気な瞳。様子見が必要だとデーヴィスに告げておいた、のリコリス。


「……烈火の……!」


 烈火のリコリス。それが何故ここにいる。

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