第5話
通路を出て、ガブリエルが目にした光景は異様なものだった。
まず目に入ったのは、狭い部屋の壁に背中をもたれるようにして小さく座る、16人の子供達の姿だった。
全員かなり疲弊しているようで、突然部屋に現れたガブリエルを見ても、驚きこそはすれど、声を上げる程の気力は残っている者はいなかった。
皆まともな食事をとれていないのか、ガリガリに痩せ細っている。
「…だれ?」
その中の1人が掠れた声を上げた。
「このひとはぼくらをたすけにきてくれたんだよ。あのまじょを、ころしてくれるんだ」
案内をしてくれた最年長の少年―ケニーがガブリエルに代わり答えた。
それを聞いた子供達は僅かに瞳に輝きを見せたが、同時に聞こえたこの部屋に向かってくる足音と、しゃがれた声に気づくと、それは恐怖に変わった。
「まじょだ…」「いやだよ…」
子供達はがたがたと震えだした。
「おにいさん、かくれて!」
ケニーに言われるがまま、通路への床扉に潜り込む。
扉の隙間からは怯える子供達と、がちゃり、と部屋のドアが開くのが見えた。
「子供達や、何を怖がっているんだい?こぉんなに幸せなのにねぇ」
そう言ってドアを開きながらけらけらと不愉快な笑い声を上げたのは、黒いローブを纏い、皺だらけの手で近くの少女の髪を撫でる、不気味な女だった。
深く被ったフードのせいで顔は見えなかったが、ガブリエルが確信するにはそれだけで十分だった。
(―魔女!)
ガブリエルは今すぐに通路から飛び出して、魔女を殺そうとしたが、この狭い部屋では子供達を巻き込んでしまうと判断し、そのまま唇を噛み締めた。
「ケニーにロン、ちゃんと仕事をしてくれたんだねぇ」
そう言って魔女はケニーとロン―ガブリエルを案内した少年2人を引き寄せた。
「―けれどどうしてだろうねぇ…あたしの可愛い子供達から、あの忌々しい銀の香りがプンプンするのは」
魔女はその大きな鷲鼻をケニーに近づけて、髪や服、全身の臭いを嗅いだ。
ガブリエルは焦った。
【異端狩り】の狩人は、【異端】が苦手とする銀を加工した装飾品を身につけ、銀の武器をそれぞれ得物としている。ガブリエルが持つ黒剣がそうだ。
普通の人間からすれば、鞘に収めたままの銀の剣の近くにいようが、その臭いに気付くことはありえない。
だが、この魔女と呼ばれる異端は別だ。
魔術とは、そもそも普通の人間が扱える様なものでは無い。
中毒性のある薬物を使用した者が身体に異常をきたすように、魔術の行使そのものが人間にとっては『毒』となる。
しかし、"魔女となった"者達は度重なる魔術の使用によって身体に変異を起こしている。目に見える特徴を挙げるとするならば、肥大化し、形の歪になった鷲鼻や、異常に水分を失った皮膚などだ。
それらは形が変異しただけではなく、それに伴って実際の感覚も普通の人間よりも敏感になっている。
故に、ガブリエルと狭い通路を進んできたケニーに移った微かな銀の臭いに気が付いたのだろう。
「可愛い可愛いケニーや、どうしてお前から銀の臭いがするんだい?―まさか異端狩りを見つけたんじゃあるまいね?」
魔女はケニーの手首を掴み、その邪悪な瞳で見つめた。
―こうなったらもう戦うしかない、ガブリエルは剣の柄を握った。
あの魔女が少しでも危険な行動を起こす様子を見せたら、すぐにでも斬り掛かる準備が出来ていた。
しかし―。
「さっきすてたひとがぎんのゆびわをつけてたんだ。ママはきづかなかった?」
「指輪ぁ?…そうかい。あたしは気づかなかったけどねぇ…」
扉の隙間からケニーと目が合う。
『―大丈夫。』
ケニーの強い眼差しはおそらくそう伝えていた。
ケニーの言葉を信じたのか、魔女はケニーの腕を離した。
「可愛い坊やの言うことだ、きっと本当なんだろう?」
「…うん」
「ならいいんだ…―子供達や、今日の夕食は久しぶりの肉にしようねぇ。嬉しいだろ、ケニー?」
「うん、ありがとうママ」
「あぁ、あぁ…そのためにも、あたしの可愛いケニー、少し手伝ってくれるかい?」
「…うん」
ケニーが頷くと、魔女はまるでガブリエルの侵入を忘れたかのように上機嫌な様子で乱暴にケニーの細腕を掴み、ドアの向こうへと引っ張っていった。
魔女とケニーの足音が部屋から遠ざかったのを確認すると、ガブリエルはすぐに床扉から飛び出した。
「ケニーがつれていかれちゃった…」
「そんな…」
周りの子供達はガブリエルが現れた時の比ではなく悲しみ、涙を流していた。
「…みんなここで待っててくれ」
「おにいちゃんもいっちゃうの?」
最年長であったケニーが連れていかれ、ガブリエルもどこかへ行ってしまう。そう考えた子供達はガブリエルに震えた声で訊ねた。
それに対し、ガブリエルは穏やかに答える。
「大丈夫。あの魔女をぶっ殺してくるだけだよ」
そう言うと、ガブリエルは背負っていたナップサックを下ろし、子供達に預けた。その他、荷物になる物は全て外し、同様に子供達に預ける。
持っているのは少量の薬と腰に提げた漆黒の剣のみ。
これが軍人達とガブリエルら【異端狩り】の狩人達との違い。
身体を守る為の重い鎧は邪魔になるからと身につけず、軽さ、速さを重視した狩人達のスタイルである。
邪魔にならないよう、男にしては少し長い黒髪を紐で後ろに束ね、視界を広く確保する。
ボロボロの黒い外套を翻しガブリエルはドアに手をかけた。
時を報せる教会の鐘の音が、寂然としたパープルステップに鳴り響き、ガブリエルの【異端狩り】の始まりを告げた。
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