第4話

依頼はシンプルなものだった。


『きょうかいのまじょをたいじして』


 依頼書にはまるでミミズが這ったような字でそう書かれていた。

 識字率は高くない為、大人でもあまり綺麗な字を書かないことも多いが、この依頼書はおそらく―。


「子供が書いてるのか?」


 屋根を伝い歩きながら俺は依頼書を見ていた。たしかに、シュパイセルの掲示板でこの依頼書を見つけた時、違和感を感じた。

 しかし特におかしな事もなかったはずなのでこの依頼を受けようと決めたのだ。


「これは…どうなってんだ?―うおっ!」


 俺は脆くなっていた屋根を踏み抜いてしまい、そのまま階下へと吸い込まれていった。



 ✕✕


「いたたた…」


 どれくらいの深さを落ちてきたのだろうか、彼が屋根に開けた穴から射し込む光がかなり小さく見える。

 その僅かな光だけでは光量が足りず、彼は自分の足元さえ満足に見えなかった。

 立ち上がろうとすると、何か硬いものがカラカラと乾いた音を立てて崩れるのが聞こえる。


「ったく…だから高い所は嫌いなんだ…」


 そう愚痴りながら、ガブリエルはナップサックからまた違う瓶を取り出した。

 簡易なハンドルの付いているこの瓶を彼は少し揺らすと腰のベルトに結びつける。

 その間、この空間に充満したなにかが腐ったような酷い匂いに、ガブリエルは顔を歪ませた。


「何だこの匂い…?」


 そうしてぶら下げた瓶の中にいたのは、数匹の蛍だった。いや、もちろん普通の蛍ではないのだが。

 瓶の中の蛍達は振動を加えられたことで目を覚まし、それぞれ緑がかった光を放ち始めた。

 腰の蛍の光に照らされて、薄暗かったせいでよく見えなかった足元がようやくはっきりとした。


「……そういうことか」


 彼が立っているこの場所。

 正確な深さは分からないが、普通の地面よりは下、つまり地下だ。

 そして彼が動くたびにこの空間に響く乾いた音の正体。


「―人骨。それもそこまで古い物じゃない。1週間かそこらだな」


 そう、音の正体は無数に捨て置かれ積み重なった人骨が、ガブリエルの体重移動によって砕け、崩れていたことによるものだった。


「この量は…村の大人ほとんどがここにいるのか?」


 手元の明かりだけではこの空間全てを照らすことは出来ないので、全貌がどうなっているかは分からないが、音の反響の仕方から察するにかなりの量、それこそ床一面を覆い尽くす程度の人骨があることが分かった。


「…ここには大人の骨しかない?」


 蛍瓶を近づけ、拾い上げた骨を観察する。


(やはりそうだ。頭蓋骨は大人のものしかない……)


 子供達は、まだ生きている可能性が高い。

 そうと決まれば、いつまでもここにいる必要はない。一刻も早く脱出しなければ。きっと何処かに出口があるはずだ。

 彼は蛍瓶で壁面を照らし、壁伝いに歩きながら、なにか仕掛けがないかと探した。


 ✕✕


 数十分ほど経過したのだろうか。


「辺りの壁に扉も仕掛けもなし。どうするかな」


 俺はその場に座り込んだ。

 どうやらこの"ごみ捨て場"には内側から開けられるようなものはないらしい。

 こうなれば、残された方法は1つしかない。

 そう思っていた時だった。


「~~~~」

「~~~」


 複数の何者かが、この場所に近づいてきていた。

 俺は素早く壁に張り付き、聞き耳をたてる。


「~~まだつづくの?」

「ぼくもいやだよ」


 聞くとそれは、子供の声だった。


「でもおとうさんたちはいなくなっちゃったし、ぼくらだけじゃにげられないよ」

「うん…」


 そして、会話が止まると同時に、俺が今立つ場所から数メートル上の壁面から一筋の光が漏れた。

 その光は次第に広がっていき、やがて約1メートル四方の扉が開いたのだと気づいた。


(あんな所にあったのか!)


 すぐにその真下まで移動すると、ナップサックから手探りで鉤爪の付いたロープを取り出す。

 適当な長さを取り、遠心力をつけて扉に向けてロープを投げた。

 それとほぼ同時に、扉から全身の肉と皮を削ぎ取られ、ほぼ骨だけの死体が落ちてきた。

 目の前に突然降ってきた死体に俺はあまりに驚き、泣きそうになったが、そこは大人の意地と、狩人としてのプライドで堪えた。



「うわぁっ!」


 死体しかないはずの地下から鉤爪が飛んできたことに、子供達はさぞ驚いた事だろう。

 軽く引っ張ってみると、鉤爪は扉のどこかに引っかかったようで、ロープはしっかりと固定されていた。

 鉤爪が外れてしまわないよう、慎重に登っていく。

 扉は広くはなかったが、這って入るのには十分だった。

 扉の向こうはちょっとした部屋になっていた。家具は何も無かったが、定期的に人の出入りがあるらしく、そこまで荒れている様子はない。

 1つ不満を言うとすれば、天井が驚く程に低い。

 そこまで背の高くない俺ですら、完全に屈まなければ、そのまま頭をぶつけてしまうほどだ。


「おにいさん、だれ…?」


 前方に目をやると、さっきの子供達だろうか、2人の幼い少年が扉の前で腰をぬかしていた。

 目を見開く少年達の様子を見て自分が不審がられている事に気づいた俺は、慌ててボロボロの依頼書を懐から引っ張り出した。


「えっと…ほら、この依頼書!俺は君達を助けに来たんだよ」

「ぼくたちを?」


 少年の1人は落ち着いているのか、予想より冷静に会話に応じてくれた。


「きょうかいにまじょがいるんだ。あいつをころしにきてくれたの?」

「そう。―ところで、もう少し広い所で話せないかな?ずっと屈んでると腰が痛くて」


 少年2人は顔を見合わせると、やがて言った。


「ここからきょうかいまでは、ずっとこうだよ。おとながたてるのは、きょうかいだけ」

「ここから教会までずっと!?」

「うん」

「そりゃまいったな…」


 俺はそのまま四つん這いになって2人のあとを着いて行った。


 ✕✕


 地下の通路は当然舗装はされておらず、土がそのまま剥き出しにされていた。物音はなく、時折聞こえてくる少年の道案内の声と、ガブリエルが狭く細い通路に体のあちこちをぶつける音だけが虚しく土壁に吸い込まれていった。

 この狭い教会までの道中、ガブリエルは2人に色々な話を聞いた。

 まず、この村の魔女のこと。

 突然のことだったらしい。1週間ほど前に魔女が村を訪れ、教会を占拠した。

 それに抗議した村の大人達は、その全員が殺されてしまったそうだ。家畜は魔女の食料に、子供達は教会のひと区画にまとめて収容されているらしい。

 魔女はその中から、3日に1度、数人の子供を選び、連れていくのだという。


(―まぁ、安全に解放、さあ幸せに暮らしなさいとはなってないよな)


 魔女が子供を使ってする事は限られている。そのどれもが、残酷で無慈悲なものだ。

 結末を予想出来るガブリエルからしてみると、連れて行かれてしまった友人の身を案じる少年達が憐れでならなかった。

 次に、ガブリエルが落ちてきたあの大穴のこと。

 あれももちろん魔女の仕業らしい。

 魔女は人間の体を材料に儀式を飾ったり、薬を作ることがある。

 その使い終わった体を捨てるのが、あの大穴らしい。

 つまり、ガブリエルが落ちてしまったのは、魔女の罠でもなんでもない、ただの偶然であったということだ。それを聞いたガブリエルの心が折れそうになったという事実は今は関係ないので伏せておく。

 そしてこの少年の片方は大人しく、病弱で、体も小さかった為、材料には適しておらず、こうして死体を捨てる仕事をさせられていたらしい。

 もう1人は子供達のなかで最年長らしく、不安定な子供達の世話役としても働かされているという。


「ほら、もうすぐでぐちだよ」


 この通路は子供用に高さが設定してあるらしく、少年達は背筋を伸ばし、なんだったら少し駆け足で、この狭い通路を歩いていた。

 一方ガブリエルは、時々腰の剣を突っかえながら、15分近く四つん這いのままで進んでいた。


「―あぁ、やっとか…」


 出口は下から開ける仕組みの木の扉で、上にいる数人のひそひそ声が聞こえていた。

 少年がその扉を押し開けて通路から上がって行った。それに続くようにして、ガブリエルも通路から抜け出した。

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