超連続立方体で迷子になった、思い出

 お酒を飲みすぎて泥酔したことはない。

 それなのに──知らない場所で意識を取り戻した。

 あたしが横たわっていたのはベッドや蒲団でさえなかった。

 おなじ面積の6つの壁に囲まれた──立方体の部屋。


 あたしたちは、もと着ていた衣服をすべて脱がされて、いつのまにかカーキ色のパジャマを着替えさせられていた。胸元にファーストネームがプリントされている。あたしの場合は「Yosie」だった。


 ひとりが死んだ。顔面に硫酸スプレーを浴びてぐちゃぐちゃになったあと息を引き取った。

 かれはカーキ色のパジャマに「Bouichiro」とプリントされていた五十代くらいの男性だった。

 Bouichiroは有名な脱獄囚だった。Gigazineでも記事になったことがある。世界の脱獄困難刑務所からこれまで6回も抜け出すことに成功している。

 Bouichiroおじさんは無愛想だけど頼りになる人だった。立方体の迷路に閉じ込められたあたしたちを安全に誘導してくれたからだ。

 刑務所に収容されていたってことは犯罪者だけれど──Bouichiroおじさんに事情を聞いてみたところ、コンビニのセルフ販売機でSサイズ(100円)しか支払わずにMサイズ(150円)を注ぐことによって得をした気分になるのが生き甲斐だったらしい。いちどだけなら微罪だけど、Bouichiroおじさんはそれをコンビニ各社(ローソンは除く。セルフ方式ではないから)のドリップマシーンで数百回以上も繰り返したという。最終的には東京地検特捜部によってBouichiroおじさんは逮捕されてしまった。日本の刑務所のセキュリティシステムではBouichiroおじさんの脱獄を防ぐことができなかったので、各国の協力を得て、アメリカ、メキシコ、ロシア、中国、イスラエルなどの脱獄困難刑務所に収監してもらったけれど、Bouichiroおじさんの脱獄テクニックが一枚も二枚も上手だった。

 そんなBouichiroおじさんでさえ、あたしたちが閉じ込められた超連続立方体迷路のトラップを潜り抜けることができなかった。酸を浴びて死んだ。

 おじさん(故人)のほかにも、ボタンを喉につまらせババア(女性医師)、支配欲のかたまり(男性巡査)、素数計算機(女子学生)、腑抜ふぬけ(男性技師)などが超連続立方体迷路に連れてこられていた。

 あたしは──キチガイのフリをしていた。なぜか。だって死んでも生きかえってしまうからだ。

 たとえば。Bouichiroおじさんみたいにトラップで酸を浴びて顔面がぐちゃぐちゃになって絶命したって、あたしは生きかえってしまう。それを他のメンバーに知られてしまったら、あたしはバケモノ扱いされてしまう。だからキチガイのふりをして「あーあー」「うーうー」などと呻き声をあげながら若いころの篠原ともえみたいに指をくるくる回してやり過ごしていた。

 ちなみに、ボタンを喉につまらせババアは精神科医のくせにあたしの演技を見抜けなかった。支配欲のかたまり男は態度がムカついたので、あるとき音に反応するトラップ部屋でわざと「あ!」とか叫んでやった。間一髪で死ななかったけれど。


 結局、あたしだけが超連続立方体を脱出することができた。

 ほかのみんなは? 死んじゃった。仲間割れで。


 あたしからのアドバイス。極限状況に陥ったときにはキチガイのふりをしましょう。有効なライフハックです。キチガイは役立たずで足手まといなので見捨てられがちだけど、だれからも脅威と見なされない、敵視されないので、いざ殺し合いになったときに「あとまわし」にしてもらえる。だから生存確率が高まるよ──っていう、思い出ばなし。

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