婚約者にサプライズを仕掛けられて死にかけた夜、の思い出

 むかし結婚を前提につきあっていた男の人がいた。別れた夫ではない。あたしが大学生のときに付き合っていた別のカレだ。

 カレは育ちが良かった。お父上は大学教授。お母上は専業主婦。カレは三男で末っ子だった。いちばん上のお兄さんは投資銀行に勤務していた。二番目のお兄さんはゲームクリエイターだった。


 夏休み。カレと避暑地にお泊りすることになった。カレの家族も集まるという話で、ついにプロポーズされるかもしれないと胸を高鳴らせながら、あたしとカレは別荘に着いた。


 あたしは歓迎された。カレは優しい人だったけれど、ご両親や兄弟のみんなも同じくらい気遣いをしてくれる良い人たちだった。長男の奥さんや次男がいまつきあっているカノジョも友好的だった。この人たちとなら家族になれると思った。

 あたしはカレとの出会いを神に感謝した──その晩に殺戮がおこなわれるまでは。


 窓ガラスが割れる音と誰かの悲鳴があがったのは、ほとんど同時だった。つい先ほどまでディナーを楽しんでいたミドリさん──長男の奥さんが床に倒れ伏していた。ミドリさんの首筋には羽根のついた太い棒が刺さっていた。クロスボウの矢だ。夫であるいちばん上のお兄さんが呼びかけても肩を揺すってもミドリさんは反応しなかった。即死だった。

 そのあともクロスボウよる襲撃が続いた。カーテンを閉めていなかったので狙い撃ちにされていた。あたしは死んでも生きかえるけれど、このままではカレの家族が皆殺しにされてしまう。あたしの幸福な人生が台無しにされる。

 あたしは頭を低くして窓際に向かって進んだ。匍匐前進ほふくぜんしん。傭兵であるママから仕込まれたものだった。食堂のすべてのカーテンをしめるとクロスボウの襲撃は止んだ。

 ほっとするのも束の間。近くでけたたましい破壊音。ガラスが割れる音だった。キッチンの窓からの侵入者だった。大柄だからたぶん男性で、小銃は携えていなかったけれど、サバイバルゲームをするときのような服装だった。手にはボーガンを持っていた。覆面をしているので顔はわからないが──確かにあたしと視線がぶつかった。クロスボウが向けられると同時にあたしは真横にローリングした。一触即発でクロスボウの矢が床に刺さった。

 ダイニングテーブルの脚元に隠れているあたしに向かってきた覆面の男は、ふたたびクロスボウをあたしに向けた──隙を見逃さなかったあたしは、すばやく覆面の男の背中にまわりこんで両肺のあたりに掌底を打ち込んだ。すると覆面の男は受け身もとらずに前のめりに倒れてしまった。さらに追い打ちをかけるために、覆面の首の横つらにゆっくり体重をかける。そのまま利き足で踏み抜いた。頚椎が砕ける。ママから習ったトドメの刺し方だった。


 そんな調子で、あたしは闖入者たちをひとりずつ撃破していった。ひとりを半殺しのまま拷問したところ、あたしは驚くべき真実を知る。

 この襲撃を計画したのは──あたしのカレだった。家族を皆殺しにして財産をひとり占めにするつもりだったらしい。あたしがカレに問い詰めると、「ふたりで幸せに暮らすためにやった。この別荘を売るだけでも10年くらいは働かずに生きていける。一緒にハッピーになろう。ぼく働きたくないもん。ゲヘヘー」と言い訳をはじめた。あたしはカレを──


 A. 許さない

 B. 許さない


 許せるはずがない。念入りにぶっ殺しておいた。っていう思い出。

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