白血病になったけど死んだら治っちゃって言い出せず死んだふりでやり過ごしたら彼氏が大号泣した、という思い出
あたしが高校生のときにできた彼氏は正真正銘のバカだった。たぶんI.Qが低かった。そんなバカとなぜ付き合い始めたのか、いまでは覚えていない。あのころは性欲が強かったのだろう。
彼氏は深夜ラジオの愛好者だった。聴くだけでは物足りなかったらしく、いわゆる「ハガキ職人」だった。学校に官製はがきを持ち込んで、休み時間にモクモクとはがき裏にネタを書き込んでいた。
あたしもその深夜ラジオを聴くために夜更かしをするようになった。バカ男子に影響を受けるなんて、当時のあたしもバカ女子だったのかもしれない。ネタハガキこそ投稿しなかったけれど、
ある晩のこと。大学受験の問題集を解きながらいつものようにBGMがわりに深夜ラジオを流していたら、あたしがよく知っているラジオネームが聞こえた。
「ラジオネーム、焼きそば大名からの投稿──ぼくは高校2年生です。先日はじめての彼女ができました。2年の1学期の終わりごろに出会ったので夏休みは一緒に遊びまくりヤリまくりの毎日を過ごしました。とても楽しかったです。感性も似ているしカラダの相性もバツグンなので、ぼくはその彼女とならば結婚していいとすら思っています。このまま高3になっても大学進学をしても社会人になったあともずっと2人で生きていくつもりでいたのですが──なんと彼女が白血病になってしまいました。その事実を彼女から告げられた夜、ぼくと彼女は抱きあって泣きました。いまはドナーを待っている状態です。この先どんなことがあろうとも、ぼくは彼女の味方でありつづけたいと決意した次第です。リクエスト曲は虎舞竜『ロード』をお願いします」
……あたしは絶句した。言葉を失うってことが本当にあることを生まれてはじめて思い知った瞬間でした。翌日、あたしは彼氏と顔をあわせたときにキツく注意しました。ほんとうに白血病になってしまって苦しんでいる人がいるのだから嘘のハガキを投稿するのは良くない、と。彼氏は「メンゴメンゴ」といって謝ってくれたので許してその日はヤラせてあげた。そのとき彼氏は反省の色もなく三回もイッた。その2ヶ月後に、あたしが難病に冒されるとも知らずに。
あたしに急性白血病の診断が下されたのは高校2年生の冬休みだった。民間療法による治療のかいもなく、あたしは数ヶ月後に息をひきとった──けれど、病院のベッドではなかった。なぜなら病院はマズイからだ。医者や看護婦がいる。死んだフリを見破られる。
皆さんご存じのとおり、あたしは死んでも生きかえることができた。高校2年生つまり思春期だから自殺の回数も多かった。あのころは人生に絶望して1日を待たずリフレッシュ自殺を繰り返していた。だから白血病になったけれど、次の日には練炭自殺をやっちゃったから、生きかえったあとには健康体に戻っていた。(たぶん)白血球数も正常値だった。
あたしは白血病を治すために「代替療法」を選んでみせた。担任の先生からは猛反対を受けたが、はっきりいって余計なお世話だった。なぜなら病院で血液検査をしてしまったら、すでに白血球数が正常値に戻っていることがバレてしまうからだ。あたしは「紅茶キノコで人間本来の免疫力を取り戻す」などと代替療法を信じきっているキチガイのふりをしてみせた。
ところで、バカというのは頭が悪いくせに行動力だけは優れていることが多々ある。あたしの高校時代の彼氏も「その類」の人種だった。代替療法キチガイのふりをして頑として病院へ行こうとしないあたしのことを無理矢理にでも病院へ連れて行こうとしたり。
あまりにもしつこいので、あたしはお母さんと相談して、お母さんが傭兵として働いていたアフリカ大陸の某国に一時避難しようと考えたことがあった。朝早くこっそり自宅を抜け出したはずなのに、あたしの彼氏は先回りしてあたしのことを空港ロビーで待ち伏せしていた。
あ、コイツと別れたいと思ったあたしは、お得意の連続窒息死をおこなった。空港ロビーで倒れてみせたのである。バカ彼氏はここぞとばかりに駆け寄ってあたしの上半身を抱きすくめた。そのときのあたしは本当に死に続けていたから、心臓や呼吸は停止していた。
バカ彼氏は「助けてください。だれか助けてくださいと」と泣き叫びながら、空港ロビーを行きかう人々に助けを求めていた。あたしは吹き出しそうになるのを必死にこらえた。死んでも生きかえるけどね。
あたしが経験したほろにがい青春の1ページ。
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