働きながら万引きもするファミリー、と暮らした思い出

 あたしは83歳になった。死んでも生き返る──つまり「不死」にかぎりなく近いあたしだけど、やはり「不老」ではなかった。とはいえ、あいかわらず病気になっても死ねば解決した。

 ただし、その年齢の平均的な健康状態に戻るだけであることが判明した。つまり生き返ったとしても所詮は老いた女──老人であることからは逃れられない。生きかえった83歳のあたしがは、生きかえった直後にもかかわらず、すでに身体のあちらこちらが傷んでいた。心筋梗塞や脳溢血などの即死イベントに見舞われる確率が高くなっていたのだ。

 死んでも平気な肉体をそなえていると、あまり将来のことを考えて生きなくなる。お母さんはまとまった遺産を残してくれたけど、夫と離婚したときに半分を財産分与で失った。あたしの取り分は、子どもたちの教育費やら何やらでなくなってしまった。


 あたしの子供には「特技」が受け継がれなかった。たったひとりの子を交通事故で亡くしてときに、はじめて知らされた。夫ともうまくいかなくなった一因になった。やがて離婚。それ以来、あたしは意気消沈したまま年齢だけを重ねていった。振りかえっても三十代から六十代までの記憶がほとんどなかった。


 どうにか生きていた。ひさしぶりに鏡をのぞいたら老婆が映りこんでいた。あたしには「死んでも生きかえる」特技しかなかった。知能は並だった。お母さんのように体質を利用してバリバリ稼ぐようなバイタリティは備わらなかった。努力を怠ってきた自覚もあった。

 83歳のあたし。ただの小汚い婆さん。お母さんが残してくれたもので手元に残った「平屋建ての一軒家」で暮らしていた。年金だけでは足りず、生活保護のお世話にもなっていた。

 じつをいうと、83歳のあたしは独居老人ではなかった。同居人がいた。正確には「同居人たち」だ。なぜ同居するようになったか。理由は覚えていなかった。認知症かもしれない。当然、自覚症状はなかった。


 同居人たちを紹介する。まずは中年のアベック。くたびれた男とくたびれた女。あたしが「夫婦なのか?」と訊いたら「似たようなものだ」と答えた。

 くたびれた男は、どうやら働くのが好きではないらしい。だが、くたびれた女に尻を叩かれて、たまに警備員として棒を降っているらしい。

 くたびれた女は、働きものだった。自動車部品の成型工場に勤めに出ている。パートタイマーだが。樹脂と金属を組み合わせた部品をひたすら検査しているらしい。

 そのほかの同居人──若い女。自称25歳。あたしから見れば孫娘のような年齢の女。いかがわしい店で働いているようだ。自分で稼いでいるなら誰からも文句を言われる筋合いはないだろう。小遣いをせびられたこともなかった。

 あたしは独りではない。しかし世間では独居老人ということになっている。同居人たちのことが知られると生活保護支給に支障をきたすかもしれない。だから、あたしたちはまるで空襲警戒態勢のように夜は灯火や声をもらさず慎重に暮らしていた。

 いま住んでいる平屋の一軒家。あたしの持ち家なので家賃の心配はいらない。かれらに要求するつもりはなかった。かれも支払えるほどの余分な収入はないようだった。

 しかし食うものは食わなければいけない。あたしを含めて6人の胃袋を満たすには、あたしの年金やかれらの少ない稼ぎでは心もとなかった。あたしを含めて酒飲みが多いので、なおさら物資が不足しがちだった。

 いつしか、くたびれた男が盗みをはたらくようになった。いや、あたしと同居するまえから、くたびれた女とペアを組んで万引きを繰り返していたようだ。

 盗むものはおもに食料品だった。コンビニエンスストア、食品スーパーマーケット、ドラッグストア、ディスカウントショップなど。食べたいものを万引きしてい必要な欲を満すという生活がすっかり板についていた。くたびれた男とくたびれた女は、それを当然の日課としていた。ふたりはけっして怠け者ではない。警備員や女工として労働によって賃金を得ていたわけだから、かれらにとって万引きはWワークであり副業だった。


 ある朝。あたしは死んだ。眠っているあいだに死んだ。年寄りにありがちな突然死症候群。例によってすぐに生き返ったけれど、自分の加齢臭にうんざりした。悔しくなったあたしはみずからの意思で呼吸を止めた。あたしくらい死に慣れると自由に窒息死できる。

「うぐぅっ……」

 あたしが窒息死を繰りかえしていたとき、くたびれた男があたしに声をかけてきた。

「おい、ばあさん。めずらしく遅いじゃねえか。どうした? くたばったのか?」

 いつも早起きのあたしが蒲団にくるまったまま。確かに「めずらしく遅い」。くたびれた男は、からかうような冗談めかした調子だった。

 おもしろい。あたしは死に続けることにした。これも熟練のテクニックだった。心臓の拍動を停めつづけた。皮膚から生者ならではの質感と体温が失われていく。

「し、死んでるッ──!」

 あたしの身体が冷たくなっているのを確認した同居人たち。あたしは笑いを必死にこらえていた(必死というか既死だったが)。内心でほくそ笑みながら、かれらの「次の一手」に期待した。

「おばあちゃん。死んだわ。今夜は焼肉よ!」

 提案したのはくたびれた中年女だった。つまり、あたしは食材として扱われることになった。

 何日もかけて、あたしの肉だったものを材料につかった献立が食卓に並んだ。くたびれた中年男とくたびれた中年女といかがわしい店で働いている若い女はそれらを食った。食べたものは消化吸収されたのち不要なカスが大便として排泄される。

 あたしは下水道管を旅した。あたしのカケラがさまざまなルートを巡って、やがて海に還った。結合。あたしは生きかえった。

 あたしが我が家に帰りつくと、そこには誰もいなかった。あたしの数回分の年金は不正に引き出されていた。へそくりも持ち去られていた。

 同居人だったかれらの行方は知らない。

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