連続猟奇殺人犯との対決、の思い出

 ある警察署のちかくで1台のタクシーが停車した。ひとりの男性が降り立った。その男は両手を赤黒く染めていた。血まみれの包帯をそれぞれ五指に巻きつけていた。

 地方の警察署である。玄関口に見張りは立っていなかった。足を踏み入れた男は、ぼそりとつぶやいた。「……XXX」だれも聴き取ることができないほどの小さな声だったが、どうやら「人の名前」のようだった。「XXX」さきほどよりも音量をあげてもういちど声を発したが、まだ誰も反応してくれない。

 「XXX!!!」

 ついに声を大きく張りあげたとき、1階フロアにいたひとりの私服警官の男性が顔をあげた。それは若い男性刑事だったが、視線の先に血まみれの男性をとらえて驚愕した。まさにいま追っていた連続猟奇殺人犯がみずから出頭してきたからである。


 5人の犠牲者は、とある教義になぞらえた惨たらしい方法によって殺害されていた。出頭したとき五指の指紋をみずから焼きつぶしていたので「血まみれ男」の身元を特定できなかった。

 連続猟奇殺人犯「ナナシ」は当初黙秘を貫いていたが──あるとき、若い刑事に現在日時を尋ねて答えを得たあと、「ある場所へ連れて行ってくれたら全てを自白する」という交換条件を示した。


 ナナシが指定したのは荒野だった。舗装が行き届いていないアスファルト道路と、地平線に向かって等間隔に電信柱が連なっている広大な土地。そのほかには砂埃が舞い散るだけの何もない場所だった。

 若い刑事と老いた刑事は「ナナシ」の目的を測りかねていた。重大事件の容疑者である。2人の刑事をバックアップするためにヘリコプターがホバリング警戒をおこなっていた。

「自動車が1台。対象がいる方角に向かっている」

 ヘリからの無線のとおり、ひときわ激しく濃い砂埃が立ち上がっていた。グリーンとベーシュに彩られた中型トラックだった。この国に住んでいるものならば知らぬ者はいない。

 宅急便トラックを視界にとらえると、老刑事はすぐに駆け出した。「ナナシ」が仕掛けたトラップの可能性があった。手錠によって拘束されたナナシを若い男性刑事に任せて、老刑事はこちらに近づいてくる宅急便トラックにむかって両手を大きく振り続けた。拳銃による威嚇射撃をするまでもなく宅急便トラックは停車した。

「車から降りろ! いますぐだ!!」

 運転席に座っている中年男性の反応は鈍かった。老刑事は仕方なく拳銃をかまえて銃口を向けると、ようやく運転手は降車した。

「この場から離れろ! 早く!!」


 ズシリとした重みがあった。ひと抱えほどのダンボール箱に貼ってある宅配伝票をみた。いまだにガラケーを使っているような老刑事でさえサービス名を知っている有名フリマアプリの匿名宅配を利用しているようだった。


「やめろ! 見てはいけない!」

 老刑事の発した忠告によって、なおさら若い刑事は「それ」を確認しないわけにはいかなかった。

「これは罠だ。ナナシによって巧妙に仕掛けられた──」

 もはや老刑事の声など、若い刑事の耳には届いていなかった。地面に置かれたダンボール箱に近づいていく若い刑事。ナナシによって演出された破局に抗えず───そのとき、ヘリから無線にのせた同僚警官の声が届いた。

(──もう1台。車が……タクシーだ! タクシーがそちらへ向かっている!!)


 タクシーから降りてきたのは──フルフェイスのヘルメットをつけた小柄で細身の人物だった。パンツスタイルだがおそらく女性のようだった。

「あなた! あたしは無事よ!!」

 声をあげながら、フルフェイスヘルメットの人物はダンボールを拾い上げて、あわててタクシーの車内へと引き返して行った。


「ちくしょぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 ナナシは断末魔の叫び声をあげた。かれの目論見が外れたからだ。

 ざまぁ。

 あたしは死なない。

 若い男性刑事の「家内」でございます。あたしが妻です。

 夫がナナシを射殺するまえに間に合って良かった。せっかく公務員と結婚したのだから。まだまだ稼いでもらわなくっちゃ。

 タクシー車内に戻ると、あたしはダンボールから「切断された頭部」を取り出した。フルフェイスヘルメットを脱ぐと、いそいで元の位置へ戻した。

「じゃーん。あたしです」

 ──って、こんな経験もしました。

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