第5話 独房外の看守さん

「あの、す、すみません…」


トイレの事で最後必死さをアピールした勢いではなく、遠慮がちにドアを叩いて声をかける。


「す、すみません、い、います?」


再度、遠慮がちに声をかけた。しかし、反応は無し。い、居ないか?ちょっと強めに叩いて、今は居るか居ないか解らない相手へと声をかけた。


「すみません、あの」


拳を振り上げた瞬間、かたん、と音がしたと思ったら地面に紙が置かれていた。振り上げた拳を下へと下ろし、紙を拾う。


「…何か用、ですか?」


紙には、俺が声に出した言葉が書かれていた。用があるから声を掛けた、と言うかそっちは言葉で返さないのかよ!や、俺みたいな野郎とは話したくはないか。急なマイナス思考に陥るが、首を緩く降って言葉で返した。


「と、通るか解らねェけど、時計とか、カレンダーとか?時間や日にちが解るのが欲しい……です」


最後、敬語っぽく語尾が小さな声になっちまったが、相手が年上だった場合、タメ口は流石にやべーかなと。相手に聞こえたか解らないが、暫く返事が無く却下されたのかと思い定位置に戻ろうとした所、下のドアが開閉されやり取りしている紙と、丸められたカレンダーらしき物が置かれていた。


手を伸ばし、置かれた物を掴む。


丸められたカレンダーらしき物を引き伸ばすと、やはりカレンダーで、シンプルに日付けだけが書かれている物だった。やり取りする紙には、時計は無理でカレンダーなら大丈夫と書いてある。


まァ、金属関係は駄目っつう認識か?


「ありがとう、ございます、はい」


妙な言葉遣いになっちまったが、礼だけは述べた。すると直ぐにやり取りの紙が置かれる。


「…どう致しまして、か」


やり取りするだけの紙、さっきは文字を読むだけだったが、良く見ると綺麗な文字だ。丸みを帯びたとかじゃなく、丁寧に書かれた読みやすい文字。几帳面にも感じるが、好ましいなァなんて思う。……俺に思われても、良い事はないかも知れねーけど。


何度かやり取りした紙は、重ねて近くに置いておく。何となく、世間から外れちまった俺の唯一の繋がりだと思ったら大事にしたくなった。


やり取りの紙を置いてから、広げたカレンダーへと視線を向ける。確か今日は…如月の10日だったよな…やべ、書く物もねーな、これも頼んでみるか?毎回、毎回、日に何度も頼むのもアレだし、必要なのを纏めてから頼んでみるか。


カレンダーを意識無く見詰めながら、必要な物を考えてはみる。考えてはみるが、何が必要だって考えれば考えるだけに書くものしか思い浮かばねェ。後で思い出してあー、あったあった!ってなるやつだ。


……うん、欲しいと思ったのを常に言ってみるスタイルにしよう。カレンダーから顔を上げ、ドア前には行かずに看守さんに声をかける。


「すみませーん、書くもの貰えますか?」


しかし反応はなく、再度声をかけてはみるものの、全く反応を見せない。俺は立ち上がりドアの前へと歩く。そーいや、良く見りゃあ立派で頑丈そうなドアだよな、ま、人を一人閉じ込めとく場所にうってつけか。


頑丈なドアを何度か叩き、看守さんへと声をかけると、小さなドアが開閉し紙と鉛筆が差し出された、って聞こえてるじゃねーか!鉛筆と紙を拾って紙へと視線を向ける。


「……りょ、おけ」


……多分、看守は二人居るな、と俺は思った。

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