其の4

 成る程いつの間にかちょうど正午になっているらしく、ふと気が付けばあちこちのビルからサラリーマンやOLたちが外食を取るためにゾロゾロと出て来ているのだった。

「亀山さん、ここから5分ばかり歩いたところに行き付けのいい店があるんです。そこで食事でも取りながら今後の私たち二人のプロジェクトについてゆっくりと相談しましょう。申し遅れましたが、私、貴家っていいます」

「おお、二人のプロジェクト!!」周一は頬を真っ赤に紅潮させてそう絶叫した。

 首都高のガードの下に建ち並ぶ飲食店街の一角に位置する、その古びた佇まいのレトロな和食専門店の店内は不気味に薄暗くて、時代を五、六十年逆行でもしたかのような印象を与えてくれた。『高齢者専科』という変テコな名前とは裏腹に高齢者の姿はあまり見られず、店内には年齢も国籍もよく判別できないような得体の知れない人種がまばらに座っていて、皆一様にまるで学者が顕微鏡を手にばい菌を研究しているかのような表情でゆっくりと箸を動かしていた。厨房では80歳はとっくに過ぎているだろう老夫婦とおぼしき男女が料理を作っていたが、料理を運んでくるのは太腿ピチピチの派手なイケイケギャルで、それが店内に異様にアンバランスな紅一点の華を添えていた。

「あのコはここの店主のお孫さんで、メロちゃんっていいます。ね?なかなかいいコでしょう?」

メロというコの顔立ちは上中下に分けた場合、上と中の中間くらいの結構整った造りであったが、周一の女子の好みからはちょっと外れ過ぎていたというか、今時のギャルの中にいかにも偏在していそうなありきたりな感じを彼にはちっともいいとは思わなかったが、太腿のピチピチ感にだけはなぜか無性にそそられるものを感じた。彼は脳内でこのピチピチした若葉のような太腿に妓王のちょっとくたびれた感じの紅葉の如き細目の腿を全速力でぶつけ合わせてみたら一体どうなるのであろう?と密かに脳内でシミュレーションしてみるのであった。

成る程『高齢者専科』という名前の通り店のメニューに記載されておるのは、鯛のあら炊きや泥鰌汁、ミョウガのお浸し、ごま豆腐、麩入りのにゅうめん…と高齢者だけが好みそうなものばかりで、昼食を求めて来るサラリーマン層の姿は一人もなかった。周一と貴家は如何にも胡散臭そうなインド人風家族連れが食事している隣のテーブルについて、むかご飯とブリ大根と、高野豆腐に竹輪の入った膾と、菠薐草の白和えをそれぞれ注文した。

この異次元空間に迷い込んだような店内のムードと、隣の席から聞こえてくるヒンズー語らしき素っ頓狂な会話の発音とが、どこれから始まる密談に相応しい演出効果を与えているかのようであった。

「おや、御味御汁を注文するのを忘れておりましたぞ!これはいけません。勿論ブリや竹輪は蛋白源となりますし、野菜も豊富でビタミンの点からも申し分ありませんが、腸内環境を整える発酵食品に欠けておりますようですので、御味御汁の具は挽き割り納豆にいたしたいと存じますが、亀山さんもそれでよろしいですかな?」

「いや…、ボクは味噌汁の具は水菜と細かく切った絹漉し豆腐と麩にします。麩は食べ物の王者なんですよ。それに後塩麹を少々加えて…」

「わはは…。我々は食い物の趣味からも気持ち悪いほ実に一致しておりますですな。しかし亀山さんは高齢者料理にとっても造詣がお深いようで」貴家はそうに言いながら味噌汁を追加注文した。

「さてと…」まるで西洋料理店であるかのように可愛らしいピンクのナプキンで口元を拭いながら、貴家がゆっくりと話を切り出した。「単刀直入に言いますとですな、亀山さんがいま具体的に考えてらっしゃる構想とやらを、ひとつこうざっくばらんにお聞かせ願えませんでしょうかな?」

「あ、あの…いまボクが暖めている構想を100%成功させるためには、当然動画という表現手段以外にはないことは自明であると思います。受け手の勝手な想像を許さずに、あくまでもこの系とこの系の女子の死闘であることを視覚的手段によって強制的に伝え、そのヴィジュアル性によって見る者に性的むらむら感を喚起させてやることがボクの狙いであるわけですから、その手段って動画以外にないのです。勿論同時に胸キュン♡感もですけど…」

「ちょっと待った…」貴家は周一の言葉を遮った。「あなた、そこんところにはちょっと飛躍がありますぞ…。いいですか、この系とこの系の死闘であることを視覚的に固定して伝えることと、それによって性的むらむら感や胸キュン♡感を見る者に喚起させてやることとの間にです。亀山さん、視覚性を固定したからといって見る者はあなたの狙い通りの性的むらむら感や胸キュン♡感を見る者が感じてくれるとは限りませんですぞ。いやいや、むしろあなたの狙いからはかなり外れた、普通の女子同士の戦いを見る際の平凡な性欲を受け手に引き起こす結果になりかねませんぞ。またそしてほとんどは、そういう結果で終わってしまうことでしょう…。もちろんあなた、それではいけないのですよね?」

「ええ、もちろんです!!もうもちろんですともっ!!」周一はムキになって叫んだ。「ボクはね、普通の女子同士の戦いを見る時のエッチなむらむら感などもうああ糞食らえですっ!!あくまでも妓王系と仏御前系の戦いに於けるこの世でもうただ一つに限定されたああああああああっむらむら感と胸キュン♡感を見る者に感じさしてやるのでなければ、何でボクのやることに意味がありましょう!!ただのエッチな動画作成だったら、ボクはこうまで人生の全てを賭けてのめり込んだりはしませんてもうっ!!」

「うーん…」編集者は考え込んだ。

「そうすると…あなたの野望である妓王系と仏御前系の対決に限定された、性的むらむら感や胸キュン♡感を受け手側に感じさせるためには、よほど高度な演出力が必要とされますな。これはもう、なまじっかな演出では見る者の心をそっちの方向には引っ張れませんですぞ。いやはや実に、これは針の穴に糸を通すよりも難しい至難の業ですな…」

「貴家編集長殿!!こう見えてもボクは、萠え系からとった3Dデータを元にほとんど本物の女子同士の戦いといえる動画をつくるアプリの開発に成功しておるのです!!もちろんまだまだ問題点は数多く残っておりまして、そのまま商品化するにはまだ少し心許ないと申しますか…、さらにリアルな動画にしていくためにはやはり3Dムービーの一コマ一コマについてそこから3Dプリンターで実物のフィギュアを一体一体制作していき、少しずつ動きを変化させたフィギュアに取り替えてゆきながら、さらに一コマ一コマを撮影するという気の遠くなるような作業を繰り返してゆく必要があるんですけどね…。しかし編集長、ボクのアプリはね、この女子同士の対決については実に微妙で豊富な機能を有しておりまして、殴り合い、蹴り合い、取っ組み合いはもちろんのこと、ビンタのはたき合い、万力での締め付けによる太腿の折り合い、股の裂き合い…などとそれこそもうさまざまな方法でリアルに対決させることができるわけなんです。特に股の裂き合いについては、これこそボクの一世一代の苦心作でありまして、数限りないいシミュレーションの結果、恐らく人間の股はこういう具合に裂けるであろうという絶対的な自信を持っておるわけなんです。また女子たちのその股の強度についても、皮膚の色や質感、体脂肪率、筋肉の弾力や張りやカーブの具合などから推定して9割9分9厘方まで、現実の女子通りのものを再現しておるという自負は持っております。したがってPC内で二人の股を裂き較べた場合実際に強いほうが必ず勝つという結果になりますので、これはもうリアルにそれを知りたい側にとってはまたとない垂涎のアイテムと言うべきほどのものなんです…!!」

「股の裂き較べ…ううっ……股の裂き較べ……!」ニコニコ顔の編集者の眼が突如血走って、周一をゾッとさせるような不気味な輝きを放った。彼は脳内でそのことについて具体的映像を展開しているのだろうか?それとも別の何かが……?しばしの気まずい沈黙が流れていった。

「しかしまあ亀山さん…その方法ですと、動画が完成するまでに大変な時間がかかることになりますな。一コマ一コマを繋ぎ合わせて狙い通りの完成度のものを作るとすると、もうそれこそ何万体ものフィギュアをつくらなければなりませんでしょう?いやはや…気の遠くなる話ですぞ!!…亀山さん、ちょっと確認しておきたいのですが、そのフィギュア自体はアニメーションを行わないんですかね?」

「はあ?何を言ってるんです!」周一はビックリして叫んだ。「フィギュアは物体ですよ」

「いやいや、そういう意味ではなく…ほらロボットのように人間の動きを真似て動かすことはできないかなと思ったもんですから。私何分コンピュータに素人なものでトンチンカンな質問だったらご免なさい」

「あのね…、貴家編集長はいまのロボットの水準を知らないようだから言いますけど、いまのロボットの動きの水準ってのはもう…動きなんかまだまだ情けなくなるくらいにぎこちなくて、ボクがやろうとしている目的のためにはとても使える代物ものじゃありませんのですよ!!」

「うむ、なるほど…」笑顔に戻った貴家は口の中のむかごの触感を舌先でれろれろ確かめながら言った。

「その3Dムービー作成ソフトですが、では表情についてはいかがでしょう?もちろんそれは、キャプチャした萠え系のアイドルやタレントたちの表情に基づいてはいるんでしょうけれども、表情について何パターンかのお決まりのものしか用意されていないのか、それともどんな予期せぬ微妙な表情をも取り得るものなのか?この点は私非常に重要であると考えます。仮にあなたが一番好きな妓王系と仏御前系の股の裂き較べというシチュエーションを提示することで、見る者の性的むらむら感を途方もなく引き出すことに成功したまではよろしかったとしても、肝心の妓王と仏御前がありふれた表情しか取らないときていては、彼らは大いにシラけかつ落胆し、3Dムービーを作ることの意欲を失ってしまうことになるでしょう」

「そ、それは誠に残念ながら、いまのところは用意したお決まりの表情しか出すことができないといったところです…。ムービーの元となるデータ自体が所詮萌え系のアイドルやタレントたちからキャプチャーしものでありますので、彼女等ときたらそうしたステレオタイプな表情しかつくることのできないときていて、これはもういかんともし難いです…」

「失礼だが、それではおそまつなソフトと言わざるを得ませんぞ…」

 ふと周一は隣のテーブルの30歳前後のインド人妻に目をやって、妓王とはあまりにもかけ離れた風貌の典型的なインド人インテリ層らしきこの女性がいまの会話を聞いていたとしたらどう思うだろうか?などとその分厚そうなデーンと張った臀部を観察しながら考えた。そして一瞬だが、メロちゃんのピチピチした太腿にも反射的に目を移したりした。

「つまりは要するに、役立たずの萌え系データなどは一刻も早く破棄してしまって、ぜひとも妓王系と仏御前系を3Dキャプチャする必要があると、こういうわけですね」

「いやいや…、そういうわけではありませんよ…」貴家は掌を横に大きく振った。「萠え系は萠え系なりに、どうしてこれでちゃんとした使い道があるのですぞ。そしてそれは私たちのプロジェクトにとってもね…」

「は…と言いますと…?」

「はは、よろしいですかな?私たちが最終的に目指すものはあくまで無論妓王系と仏御前系の対決なのでありますぞ。いま私たちは勇猛果敢にもそれに取り組もうとしているところでありますが…、ですがね亀山さん、いきなり一般大衆にそれを見せつけるというのは果たしてどうでありましょうか?。いまの時代、いまの現状、いまの風潮…そのいまの時代性から考えてみて女子同士のリアルな対決といって一般に受け容れられるのは、萠え系同士の戦いを置いてまずありませんぞ。まあ亀山さん…ここはひとつお互いのホントの狙いを一旦引き出しの中に仕舞っておいて、まずは萠えキャラ系同士の戦いから始めて、そこから少しずつ妓王系と仏御前系の要素を加えていくことによって、見る者の目をそれに慣らしていかなければなりませんのですぞ」

「つまり…万力による太腿の折り合いとか、エンドレスで鬼気迫るビンタのはたき合いとか、そして本命である股の裂き較べとか…そういうことですね?ああ…ボクはもうそんな対決方法のバリエーションをいろいろ考えるだけでそれこそいくら考えても考え尽きることはありません!!もう、その手の作業ならボクの十八番なのでぜひお任せいただきたいです!!」

 食事を終えた二人は、最後に出されたデザートの羊羹を、煎茶を飲みながら菓子楊枝でゆっくりと口に運んだ。

「まあ、萠系たちの死に物狂いの喧嘩についてはその都度ユーチューブにアップしていってください…。と同時に私のオフィスからライブ中継の形で公開できるようにもいたしましょう。実は私のオフィスというのは例の集塵社の子会社をマンションの一室に借りてやっておりまして『時おり裏本プレミアム黄金倶楽部』の会員向け極秘出版物の編集販売が本来の目的なのですが、亀山さん、今回我々お互いの夢の実現のために、ぐっと業務拡張してあなたの作った動画もここから発信することにいたしますぞ!そしてまたこの『時おり裏本プレミアム黄金倶楽部』なんですが、何分不定期刊行なわけで繁期と閑期がありましてな、繁期はもちろん通常の他の会社同様大忙しなわけで問題ないのですが、閑期はその何と申しますかね…表向きはその子会社の副社長という形になっておりますけどね…実はその私の愛人の居住スペースになっておるという次第で、ははは…実は私、そのマンションに愛人を囲っておりまして。まあこれはどうでもよろしいにしても、亀山さん、その私の愛人というのはね…、『仏御前』系なのですぞ!」

「げっ、仏御前!!」周一は煎茶をプッと吹き出した。

「まあ、もちろん愛人というからにはまず妻という前提があってこそなわけでして、私のその妻のほうはしがない一般女子であるわけなんですが…」

「一般女子…」その言い方がおかしかったので彼はもう一度吹き出した。

「亀山さん、あなたは察するところ独身ですね…。で、あなた彼女います?」唐突な質問に周一はビクついた。ビクつきながらも慌てて頷くと、「ははあ…するとあなたの彼女は妓王系ってことですかね。そしてあなたはこれまでごく少数の妓王系の女子としか付き合った経験がありませんね?あなたは一般女子を知らない。ね?あなたねェ……、それって…、それは女子を一人も知らないのと同じことなんですよおっ!!わはは、それはね、女のコと付き合った経験が一度もないのと同じことなんですよ!!わはは。…わはははははははははーーーーーっ!!ぶははははははははははああああああーーーーーーーーっ!!そしてまたあなたが付き合ってきた妓王系の妓王純度は、そこそこでがあるが取り立てて言うほどのものではない…。せいぜい準一級か二級といったところで、いまあなたが付き合っている彼女にしたってせいぜいまあそんなところでしょう?」

 周一は大いにムカついて反駁した。

「随分失礼なことを言うではないですかっ!!ぼ…、ボクの彼女は加川稚絵という名前で、ボクは稚絵を妓王度79%と査定したので接近して彼女にしたんです!!いいですか。彼女はボクがこれまで付き合ってきた中で最高の妓王純度を持った女子で、そりゃあ街を歩いていて稚絵以上の妓王性を持つ女子を見かけたことは何度かあるにしたってですね、彼女だってもうこれから先ボクの器量では二度と知り合えぬであろう…、ええ…人口の中の分布で統計的に言いますと、何万人に一人しか分布していないような超レアな存在なのですからっ!!よ、よろしかったらその画像をご覧に入れようじゃありませんかっ!!」周一は内ポケットからスマホを取り出して稚絵の写真の待ち受けを貴家に示した。

 貴家はスマホを受け取ってしばらく何かを研究するような顔で稚絵の写真に見ていたが、やがて大いに感心したように口を開いた。

「なるほどこれはなかなかのものですな!私ね、最初は妓王度79%と聞いてもう少しレベルの低いフェイスを想像していたんですが…、と言うのは私自身あなたのいう意味での妓王度90%の女子と付き合っておった経験があるからで、でもこれは確かに造形的には口許や顎の端あたりの曲線の具合に若干妓王らしからぬものが見られるものの、性的むらむら感の喚起という点から見るならば、ほぼ完璧な妓王系である私の昔の彼女をも上回ってすらおりまするぞ!!ほら、ご覧ください…これが妓王度90%の私の昔の彼女、森川真琴です。ガラケー時代に撮影しておいたものなんですが、こちらに移し変えたのです…」

 周一は編集者が表示した携帯の画面を驚きの目で見詰めた。そこにはもう妓王そのものかと思えるほどほぼ完璧な純度の女子が写し出されていた。しかしどこか彼は稚絵ほどにはその女子に性的むらむら感を感じることができなかった。どこがどういけないのか…、その欠落点を解析することはきわめて困難であったが、妓王度100%ではなく90%というその僅か10%足りない分のどこかに性的むらむら感を引き下げるらしい要因が隠れているようでもあった。

「い、一体…貴家殿はこれほどの妓王系女子と付き合っておきながら…、どうしてその付き合いを継続させずに、ボクたち共通の敵とも言える仏御前系なんぞと現在付き合ってらっしゃるんですか?」怪訝そうに周一は尋ねた。

「はい…当時私はまだいまの職に就いておらずプー太郎をやってたものですから…、経済的な事情でやむなくその妓王とは別れたのです。しばらくして某財閥の令嬢であるいまの一般女子と結婚したんですが、これがまた何とも味気ない結婚生活でね、ますます生来の妓王系への渇望は強まるばかりである中、なかなか次の新たな出会いのチャンスが得られないで悶々としている時に知り合ったのが、いまの仏御前系の愛人である天野響子というわけなんです。その時私考えましてね…。敵を知り己を知れば百戦危うからず、と申しますか…近い再び将来巡り会うであろう妓王系女子のためにも、ここは一つちょっと回り道をしてその宿敵である仏御前系の敵情視察をしておくのも悪くないな…、とこう考えを改めた次第です。そして天野響子を愛人として囲いベッドを共にするようになってからはですね、それこそもう無我夢中で仏御前の身体各部を激しくむしゃぶりつきながら調べに調べ尽くしましたよ!この響子の仏御前的純度ときてはね、何と推定96%と途方もないものでして、そう…以前の妓王純度90%の森川真琴と較べてどこがどう違うのか、身体を密着させながら少しでも疑問に感じる点があったならば納得のいくまでその部分を撫でたり揉んだり抓ったり指で強く押したりして、その把握に全力の限りを尽くしましたね…。亀山さん、もうかなり違います。妓王系の女子と仏御前系の女子の身体とではね。あのね、共通している部分は生物学的に人間の黄色人種の雌であるという点くらいで、もう肉質から肢体のしなり具合から弾力から皮下脂肪の質から皮膚表面の様相から皮膚と皮下脂肪の繋がり具合に至るまで、それこそ何もかもまったく違うんです!この違いはあるいは白人と黄色人種の違いよりも大きいかも知れません…。それはそうですよ。白人女子の間にだって黄色人種ほど多くはないにしても妓王系と仏御前系はそれはそれでちゃんと分布しているんですからね。亀山さん、系の違いは人種の違いよりも大きいですよっ!!で、仏御前系の身体の方でありますがね、これが実に奥深いと申しますか…、調べても調べても新たな発見が次々に沸き出てくるのです。まるで途方もない質量を持った小惑星を人工衛星でもって探査しているみたいにね。一方妓王系のほうはあくまで等身大です。質量も等身大にしか感じられない。しかし等身大のままで無限のポテンシャルを持っているっ!!…私はここのちょっとした違いのところに下腹部がいまにもビッグバンを起こすくらいの途轍もない性欲を感じてならないのですが、亀山さん、それはあなたも同じはずですよね?ねえ?ああっ…等身大の人間に巨大な質量の惑星をドカーンとぶつけたら?ああっ…私、仏御前の身体からは妓王系を脅かしそうな手応えをいたるところに感じてもうそれはそれは歯痒くてならず野獣のような獰猛性ではち切れんばかりの自分の下腹部を鷲づかみすること頻繁ですっ!!ねえあなた…、仏御前の身体が妓王を脅かす手応えで満ち満ちているならば、妓王の身体のほうには仏御前を脅かす手応えは少しも存在しないのでしょうか?はいっ、この命題については、まあ実に微妙です…。まあ贔屓目に見るならば妓王の身体のほうにもそういう頼もしさが存在してなくもない…といったところでありましょうか?尤も私はこのひいき目に見た頼もしさにこそあなた同様に自分の全存在を賭けて較べてみたいと思ってるわけなんですが…。あっ、そうそう…、あなたに仏御前であるその私の愛人を見せておかなければなりませんでしたね」

貴家はそうまくし立てて、天野響子という仏御前系の愛人のアップを表示して周一に差し出した。周一は純度96%の仏御前と聞いてあらかじめ恐ろしい予感を覚えていたが、差し出された天野響子という女子の写真を見てやはりその予感通りに彼女の顔の女子中最上位ともいえる意味の濃厚な顔立ちに、見るだけで自分自身の人間の尊厳が破壊されてしまいそうな目眩を感じた。

「ぼ、ボク、こういうのにはとても耐えられませんっ!!た、貴家編集長は、よくこのような途轍もない女子と上手くやっておられますねぇ…。ボクにはとてもこの仏御前と付き合えるような器量はありませんっ!!付き合うどころか、面と向かってまっとうに会話することだって難しそうです…。貴家編集長はさすがにボクよりも歳をとっておられるだけあって、何か海千山千の人間関係の技みたいなものを習得されておられるのでしょうか?何かこの辺りが極めて共通項の多いボクたちですが、決定的な差があるといま思い知らされました次第です!!ボクなどまだまだ若造で…、こんな仏御前が発する磁場の中ではそれこそ5分と持ちそうにありませんよ…」

「何をおっしゃいますかっ!!」隣のインド人夫妻が怪訝そうに眉をしかめてこちらを振り向いた。「いいですか亀山さん…、あなたは妓王を仏御前に挑戦させ勝たせるというそれこそ未曾有の大きな夢を抱いているのでしょう?妓王を仏御前と戦わせたいと願うそのあなた自身が、その仏御前から逃げていてどうするんですかっ!!それは卑怯というものですよ」周一を叱る貴家の右手はズボンの上から自分の股間を何故か力一杯ひっ掴んでいた。

 インド人夫妻がこちらを睨んだままなのに気が付いて貴家は少し声のトーンを落として言った「あ、これは失礼…私としたことがね、つい取り乱してしまいました…。ですがね…、亀山さん、今度あなたが働くことになる我々のオフィスに常駐しているのは天野響子だけなんですからね。あなたは好むと好まないとに拘わらずこれからその仏御前系と仕事の面でいろいろ打ち合わせをしていかなければならないのですよ!!好むと好まないとに拘わらずです…。なーに、でも心配はいりません…。勿論仏御前の存在感はあなたのヒトとして自意識を根源から揺るがすでしょうし、その表情や喋り方、声質がもたらす波動はその一つ一つがあなたの生命に深刻なダメージを与えるかも知れませんが、まあ彼女の話す内容自体は一般女子といたって変わらぬごく普通の他愛ないものですから…ははは、いいですか、仏御前系と会話するコツはね、その表情、話し方、声の質…等々をことごとく無視して、彼女が語る話の内容のみに耳を傾けることです!これはちょっと難しいことではあるでしょうけれども…、そうでもしなければ、あなたごとき、彼女の途方もない圧力に呑み込まれて本当に矮小な小虫に変身してしまうかも知れませんぞ!ははは、もちろんこれは冗談ですがね…。いいですか、よろしいかな?彼女ではなく、彼女の話す内容と会話すること」

「うーん…」周一は顔を顰めてで呟いた。

「そうは言っても…、話しっぷりや声質とその話す内容とは渾然一体のものですから…、それらをまったく耳に入れないようにして話す内容だけを耳に入れるなんて神業が果たして時自分にできるでありましょうか…?」

「ははは…」貴家はお茶目に笑った。

「ところで亀山さん、あなたの妓王について参考までにひとつお聞きしますけど、その加川稚絵さんでしたっけ…?その稚絵さんですが、何か格闘技の経験などはお持ちなのでしょうか?」

 周一は稚絵から三つの頃から空手を習っていたこと、高校生の時インターハイの型部門で優勝したこと、また格闘技ではないがやはり三つの時からフィギュアスケートを習っていて全日本のジュニアで8位に入賞したことがあるなどを聞いていたので、そのことを全部貴家に話して聞かせた。

「完璧です!それこそ、稚絵殿は実に完璧すぎる妓王です。はいはい…稚絵殿一見華奢だけれどもどこか凜とした強さが漲っているところ…、健康感が感じられる点などはまさにその由であったのですな。うーん…、仏御前と対決させるにはこれ以上にもってこいの妓王はいませんぞ。ちなみに私のほうの天野響子ですがね…、小学6年生の時に何でも子供相撲の全国大会で優勝したことがあること…、さらにその後も確か女子ラグビーのチームをつくって主将を務めたことがあることなど、まあどちらも一応格闘技の経験者であるという共通点が、もう来たるべき何かを無性に予感させてどうにも武者震いが止まらないではありませんか!!はははっ。いや今回はあくまで参考までということで…。それにしても、実にいいことをお窺いしましたなあ…」

「編集長殿、それって、ま、まさか…!!」

「いや、いや…。とにかくそれはあくまで参考までにということで…。それでは今回いろいろと話に出た仕事の段取りのほうは、私のほうでつけておきますので…、亀山さん、近日中に何かこれといった動画を制作して、なるべく早めにそれを光学ディスクに保存した上我々のオフィスまでご持参下さい」

周一にとって運命の分岐点ともなった貴家との最初の出会いはこうして終わりを告げた。それにしても心の奥底に秘めた最も恥ずかしい部分を共有し得る、それこそ人生最大のパートナーが突然目の前に出現したこの出来事は、身体中の細胞が一瞬にして進化してしまうほどの驚愕を彼に与え、周一はもうしばらくは震えが止まらずに上ずった気持ちのままでその後の数日間を過ごしたのであった。

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