59.彼の名は
「兎ノ原アリスです。またこちらでお世話になります。よろしくお願いします」
四月。二年生になったアリスは教壇の横に立っていた。
まばらな拍手を送る同級生たちはほぼ顔見知りだ。昨年転校するまでと変わらぬ面子。ひとりふたりの増減はあるものの、アリスに向けられる視線から察するに「好ましく思っていない」のは相変わらずのようだ。
(凪人くんにはああ言ったけど、仲悪いんだよねウチのクラス)
ここにいる全員がライバルだ。自らが表舞台に立つためなら他者の足を引っ張ることも厭わない。
興味ないふりを装いながら監視しあい、少しでも隙があれば匿名のSNSでさらし者にされる。
一瞬も気が抜けない。
そんな緊張感が恐ろしく、それでいて懐かしいと思えた。
「では兎ノ原さんの席は一番後ろです」
机の配列こそ違うものの、おりしも凪人と過ごした場所だった。
隣は、と視線を向けると……。
(いない)
引き出しの中身からして持ち主がいる形跡はあるが肝心の姿はない。芸能コースという関係上、仕事で遅れている可能性もある。
一年次の机をそのまま持ってきているのか、乱雑に詰め込まれた教科書の合間から採点済みのテストの用紙が覗いていた。
(『来島怜史』。知らない名前だけど――――九十七点!?)
かろうじて読み取れる乱雑な字に対し、九十七点という高得点。
このクラスには個性を爆発させた変人奇人が多いが、それでも興味をそそられた。一体どんな生徒なのだろうと胸を躍らせていると、大きな音を立てて教室後方の扉が開いた。
「すぃません寝坊しましたー」
振り返ったのはアリスひとりだ。他の生徒たちは慣れっこなのだろう。教師ですら眉をしかめただけだ。
現れたのは細身の男子生徒。
言葉とは裏腹にまるで反省した様子はなく、着崩した制服とそりかえった前髪を気にしながら堂々と歩いてくる。まるで自分のステージといわんばかりに。
彼がカバンを置いたのはアリスの隣。
そう、『来島怜史』の席だ。
「ぁん?」
ほんの一瞬、視線が重なる。
一般的な日本人より薄いアンバーの瞳。きりっとした眉に整った目鼻立ち。根元から毛先に向かって徐々に赤く染まっていく髪が特徴的だった。片方にだけ空けた大きなピアスはプラチナのようだ。
(うそ……)
アリスは目が離せなくなっていた。
彼の奇異な風貌ではなく、隠しようもないその顔立ちに。
※
ピロリン、ポケットの中でスマホが鳴った。
新しい教室での清掃時間中だった凪人はスマホを取り出す。
(アリスだ。珍しいなこんな時間に)
「なになに?」と覗き込んでこようとする福沢に背を向け、画面を操作する。
(なんだろう。もしかして心細くなってメールしてきたのかな)
などと軽い気持ちでメールを開き――――色を失った。
『いた』
『やっと会えたの』
『いま目の前にいる』
30秒ほどおいて、最後のメールが届く。
『小山内レイジが』
(つづく)
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