10.転入生(ヤな予感)
「今日からお世話になります、転校生の兎ノ原アリスです。モデルやってます」
檀上で挨拶して礼儀正しく頭を下げるのはミルクティーの髪色のアリスだ。窓際の最後尾の席に座っていた凪人の位置からはアリスの整った鼻梁がよく見える。教室内を見回していたアリスは狙いを定めるように凪人を見た。
(ひっ)
慌てて視線をそむける。
「じゃあ兎ノ原さんの席は真ん中の……」
「先生すみません。私、仕事で抜けることが度々あると思うので授業の妨げにならないようできれば後ろの席が」
そう言いながら机の合間を縫って歩いてくる。
彼女が通り過ぎるだけで皆ランウェイを歩くモデルを見ているような目になる。
ぴたっと足を止めたのは凪人――の隣机の男子生徒の前。
「突然ごめんなさい。席、交換してくれないかな。ね、お願い?」
青ざめる凪人。対する隣の男子はひとしきり顔を赤くしたあと「はい喜んでっ」と叫んで引き出しの中の教材などを丸ごと引っ張り出した。素早く立ち上がってアリスを促す。
「汚い机ですがどうぞ!」
「ありがとう。大切に使わせてもらうね」
厚意を受けるのが当然とばかりに机を奪……譲り受けたアリスは、
「これからよろしくね」
と凪人に笑いかけた。
「な、なんでここに」
納得しかねていると身を乗り出して耳打ちしてくる。
「ストーカーの目をくらますために元々転校手続きとっていたんだよ」
「それは解決したじゃないか」
「自宅からはこっちの方が近いし、なにより凪人くんがいる学校は楽しそうだもん」
にっこりと微笑む顔は女神のようにキレイなのだけれど……。
「ちょっと耳かして」
まだ少しざわつく教室で、隣の席のアリスが手招きしてきた。
仕方なく体を傾けると彼女は嬉しそうに笑って身を乗り出してきた。ぎゅむっと柔らかいものをこちらの腕に押し付けながら「あのね……」ともったいぶる。
「私、あなたに一目ぼれしたみたい」
「…………はっ?」
「駅で助けてもらったときにビビッときて、毎日のようにあなたのことを考えてる。あんなことやこんなことしたらどんな顔するのかなってワクワクしてる。今も」
そう言いながら凪人の肘を掴んで胸元に引き寄せる。危険を察知した凪人はありったけの力で腕を引き、触れそうになるギリギリのところで引き離すことに成功した。
「ちぇっ」
舌打ちしたアリスだがターコイズの瞳はなお獲物のように凪人を捉えている。
「これからよろしくね、黒猫くん。いろいろと」
ぞーっと身の毛がよだつのを感じた。
兎ノ原アリス。
またの名を『ケダモノ』という。
頭の中でまっくろ太がため息をつく。
『やれやれ、これじゃあ先が思いやられるにゃん』
まったくだ。
(つづく)
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