宇宙都市物語

凍龍(とうりゅう)

第2夜 リコール・ラブコール

プルルー、プルルー、カチャ


「あ、もしもし、ユウキ? 俺。まだ起きてたの。そっちは何時。え? 夜中の一時! あー、計算間違えたか! わるいなあ。眠くないか。大丈夫? そう。こっちは午後四時、ちょうど仕事が終わった所」


「え、ああ、仕事はフレックスタイム制だから。今朝五時半に目が覚めちゃって。そう、まだ時差ボケがきちんと抜けてないんだと思う。仕方ないから早めに会社に行ったんだ。でも、徹夜組もまだ居たから。うん。あいつらは夜中に仕事して、昼間は昼間で派手に遊び回ってる。まったくタフな奴らだよ。一体いつ寝てんだか」


「そーだよなー。同じ日本国内だって言うのに不便だよな。でも、コロニー時間はどの国もみんなGMTって決まってるからな。こっちにあるのは企業の研究所が主だから、別にリアルタイムである必要はないし」


「え、何かおもしろいこと。そーだな。俺が急にこっちに呼ばれた理由、言ったっけ?

 実は五日前、最終動作テスト中の『MC-10』がね、え、そう。セラコムの新型。家庭用のヘルパーロボットだけどね。そいつがいきなり“私は人間です”なんて言い出して、待遇改善を要求してきたんだ」


「そりゃ驚くどころじゃないよ。量産ラインに乗る直前だったしね。パーツなんかももうグロス単位でガンガン納品されてたし」


「そう。で、プロマネが青くなって論理設計から生産管理まで呼び集めて二日完徹で点検したらしいよ。結局、ビス一本までばらしてもバグは無かったんだ。で、わかんなくて、うちの課に回ってきてね」


「そうそう。さすが! 俺達もそう思った。回路にミスが無くてまともに動くのなら本人……いや、『MC-10』自身に聞きゃいいんだって。で、仕方ないからまた元通りに組んで。うん。そしたら、自分が人間である根拠にね、何て言ったと思う?」


「いや、あいつ、夢を見ることが出来るって言い張るんだ。確かに、対話テストの項目にそういうのはあるんだよ。検査課の新米の娘がそこらへんの説明をどうもあいまいにしたらしくて。

 それであいつは、夢を見るイコール人間だって思い込んだんだろうな。多分」


「で、もう一度、待機スタンバイモードで調べ直して見たら、バックアップの電源基板に載ってるチップが一枚絶縁不良だったんだ。でも、基盤単体の検査じゃまずわからなかったと思う。そもそもラインアウト時のチェック項目に入ってないし、動作試験って、普段は起動状態でのチェックしかしないからね。

 確かに、ちゃんと動くことは動くんだから」


「そう。それでメインCPUと映像系の記憶回路に想定されていない微弱電流が流れ込んで不安定な励起状態が起きたらしいんだな。それが『MC-10』に言わせればまさに、夢うつつの状態と、ま、そういう事。人間の見る夢とどう違うか、そこまでは調べなかったけどね。多分、活動中に記憶した映像がランダムに再生されていたんだと思うよ」


「うん、まあ、これも仕事だから直したけどな。

 ただ、なんだかもったいないような気がして。え、だってそうだろう。現実をただ生きて行く事だけに忙殺されて、夢を見ることを忘れた俺達人類と、夢見るロボット。本当に人間らしいのはどちらか、君には判断できるか?」


「それにさ、MC−10は一般家庭用のヘルパーなんだ。小さな子供の相手も仕事の一部さ。子供達に夢見る事を教えられるのは自分も夢を見る事ができるものだけ。そうは思わないか? そう考えると、あのままの方が優れた商品になったんじゃないかとも思うし……」


「まあ、確かに君の言うとおりだけど、子供といつも一緒にいてやれる親なんて、現実じゃ不可能だよ。MCの様な奴も必要なんだ。放っておかれるよりきっといいはずさ」


「ああ、俺も読んだことある。アイザック・アシモフのあの物語は今でも俺たちロボット工学者のバイブルなんだ。彼の提唱したロボット工学三原則は今でも有効だ。それどころか、俺たちが論理設計をやるときにはいつもそれが頭の中にある。

 決して人を傷つけず、人の言うことをよく聞いて、自分の身も守る。だよな」


「そう。確かにロボット兵器は存在するし、あいつらは平気で人も殺す。でも、俺は好きじゃない。甘いと言われようと、あんな奴らの生みの親にだけはなりたくない。そう思っているエンジニアは多分俺だけじゃないさ」


「は? そんなこと話した事あったっけ。当たってるけどね。親は共働きで、俺はずっと一人で放っておかれたんだ。本だけは腐るほど買ってくれたけど。で、子供向けにうんとやさしく直されたあの話を読んだんだ。そのときからずっと俺はあの話のロボットが欲しかったんだよ」


「そう。そして今は、いつかあんなロボットが作りたい。

 無骨で、辛抱強くて、優しい。今回の事件はかなり参考になったからね、多分二、三年中におもしろいものができそうだ。俺だったら、そいつのコードネームは《ロビイ》と名付けるよ。そう、あの小説の子守ロボットの名前だよ。仲間がみんな、いつか使おうと大事に取ってある名前だけど。うん、みんなバカだよ。どうしようもない程ロマンチストなんだ。多分」


「え、うん。設計ミスじゃなかったから『MC-10』がラインに乗るのもすぐだよ。それで仕事は終わりだから、多分。来週には地球に戻れると思う。式には間に合うよ。あ。もう眠い? そういえばそっちは夜中の1時、え、そんなに話してたっけ。じゃあ、もう切るね。明日寝坊するなよ。え、大丈夫。はいはい、おやすみ。いい夢を見ろよ。じゃ、また。

 ああ、愛してるよ」

カチャ。ツー、ツー、ツー

(了)

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