第42話 真闇

「いったい、何がどうなってるんですか」


 先輩であるデスクリムゾンに、漠然とした質問をぶつけた。

 分からないことが多すぎて、何から聞けばいいのかが分からなかったのだ。


 しかし、デスクリムゾンが答える前に、上空から別の声がした。


「貴様、勇者ではなかったのか。どういうことだ!」

「まあ落ち着けよ。お前も、いつまでも浮かんでないで下りてきたらどうだ」


 デスクリムゾンは、見上げながら平然と言った。


「降りてこいだと? その手には乗らん。下りれば、総攻撃で私を殺すつもりだろう」


 それはそうだ。普通はそう考えるだろう。つい先ほど、こいつの部下は八つ裂きにされたのだ。そうそう、下りてはこられない。


「大魔王ともあろうものが、総攻撃が怖くて下りてこないだと?」


 少しの沈黙があり、デスクリムゾンが続ける。


「お前が攻撃してこない限りは、こちらは手を出さない。お前を殺しても、あまり意味がないんだよ」


 意味がないとはどういうことだ。デスクリムゾンは何を知っているのだ。

 シリアルキラーは、無言のまま考えているようだった。


 俺からも呼びかけてみることにする。


「シリアルさん。とりあえず降りてきてください。話をしましょう」

「シリアルって略すな。私は、シリアルキラーだ」


 なんとなく、場に緊張感がなくなり、シリアルは、ゆっくりと俺らの前に下りてきた。

 先ほどまで逆光を背負い、漆黒の影にしか見えなかったシリアルの姿が、徐々に明らになる、かと思いきや、その姿は漆黒の影のままのように見えた。


「それが、シリアルさんの普通の姿なんですか? 変身しているとかいうわけではなく」

「ああ、そうだが。なにかおかしいか?」


 シリアルは、服を着た人間の形をしているらしい。らしい、と言わざるを得ないのは、目の前で見てもはっきりしないからだ。


「いや、なんというか、すごく黒いですね」


 シリアルの身体からだは漆黒どころの黒さではなかった。すべての光を吸い込み、一切、反射させていないかのように黒く、身体からだの表面にあるはずの段差や、衣服の境目などがまったく見えないのだ。おかげで、形がいまいち分からない。


 輪郭だけはくっきりと見えるので、俺は、様々な角度からシリアルを眺めて、脳内でその形を補完していった。どうやら、人間が仰々ぎょうぎょうしいマントを羽織っているような格好をしているらしい。身体からだの線がやけにはっきり見えることから、服らしい服は着ていないのか、はたまた全身タイツでも着ているのか。

 毛髪らしきものはないことからも、俺の中では、全身タイツ説が濃厚だ。


 うーむ。全身タイツにマントか。この大魔王も、なかなかアバンギャルドな格好をしている。

 そんなことを考えている俺に、シリアルが応える。


「なにしろ、大魔王だからな」


 さも当然といった口ぶりだ。


「大魔王と黒さが、なにか関係あるんですか?」

「黒さイコール悪さ、みたいなところがあるだろう」


 うーむ、そういうものだろうか。その理屈で言えば、輝かしい鱗に覆われた俺は、どちらかというと正義寄りだろうか。実際、悪事を働こうとは思っていないが。

 いや、そんなことはどうでもいいのだ。早く、この状況に関する説明を聞かねば。


 俺は、デスクリムゾンのほうを見て、目で促した。


「ああ、だがその前に」


 そう言って、デスクリムゾンが簡単な合図を送ると、町中まちじゅうに居た魔物達が、人間の姿へと変わっていく。


「俺らも変身しよう」


 デスクリムゾンは再び、薄汚いローブをまとったクレナイへと変わった。

 俺もそれに続き、フレークの姿に戻る。先ほどから、成り行きを見守っていたザクロ達も、人間の姿へと戻った。再び、勇者フレーク一行の完成だ。


 ふと見ると、シリアルは、サイズこそ普通の人間になったが、冗談のような黒さはそのままだ。


「ちょっと、黒すぎですよ。そんな人間居ませんって」

「そう言われてもなあ。私は、人間に変身などしたことがないのだ」


 そのやりとりを聞いていたクレナイが言う。


「構わないさ。とりあえずは、人間サイズになってくれれば問題ない。あのままのサイズで会話をしていると、人間達に、内容がだだ漏れになるんでな」


「人間達に聞かれるとまずい内容なんですか?」

「んー、正直、そこは俺にもまだ分からんのだが」


 言いながらクレナイは、町の奥、いや、城へと目をやったように見えた。


「さて、どこから話せばいいか――」


 俺とシリアルを交互に見やりながら、クレナイは、ぽつりぽつりと過去を語り始めた。

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