第41話 露呈

 気づくと、俺達への攻撃はみ、辺りは静寂せいじゃくに包まれていた。


 魔物達の巨体は、すっかり小さくなり、俺の腰の高さほどまでに縮んでいた。先ほどまで俺達を見下ろしていた魔物達が、驚愕きょうがくの色を浮かべながら、こちらを見上げている。

 その魔物達の後ろには、先ほどまではなかったはずの何かが並んでいた。


 魔物達から視線をはずし、ふと前を見ると、やたらと見晴らしがいいことに気づく。魔物達の壁がなくなったとはいえ、なんだ、この開放感は。

 遠くのほうに、町や森、海岸線まで見える。


 再び、魔物達に視線を落としたとき、その後ろに並んでいるものが、家屋の屋根であることに気づいた。


 魔物達が縮んだのではない。俺が巨大化したのだ。


 嫌な予感がして周囲を見てみると、俺のかたわらには、3 体のブラックデーモンと、ブラックデーモンよりも大きい、俺とほぼ同サイズの、真紅の魔物が立っていた。


 おそるおそる自分の手を見てみると、そこには、銅色あかがねいろの鱗に覆われた 3 本指があった。


 変身が、解けている。


 周囲の魔物達は、今もなお、無言のままこちらを見上げている。驚きのあまり、声も出ずに固まっているらしい。


 そうだ。町はどうなった。

 何体もの魔物が、町の奥へと侵入していったはずだ。どの程度の被害が出ているのだろう。


 町の奥へと目をやると、そこには、想像以上に多数の魔物がひしめいていた。大通りも、家々の隙間も、魔物でぎっしりだ。人間よりも、魔物の数が多いといえるほどに。


 こんなに多くの魔物が侵入していたのか。

 驚きつつも、違和感を覚える。


 おかしい。こんな数の魔物が侵入したとは思えない。しかも、大量にいる魔物のうち、大半が、まったく見覚えのない魔物だ。


 その魔物達も、みんな、一様に驚き、声を出せずに固まっているようだった。おそらく、上空のシリアルキラーもだ。


 いったい、何が起こったのか。


「トゥルーの鏡か」


 俺のすぐそばで、真紅の魔物は、このときを待っていたかのように言った。

 その魔物は、全身が真紅のうろこで覆われており、腕が 6 本生えた、阿修羅のような姿だった。口は大きく耳まで裂けており、人とトカゲの中間のような顔をしている。


「あの、クレナイさんですか?」

「ああ。クレナイは偽名だがな。俺は、デスクリムゾン。元魔王だ」


「え! 元魔王!? 元勇者じゃなかったんですか」

「嘘に決まってるだろう」


 ええー。どいつもこいつも、変身して嘘ばっかりつきやがって。


「フレーク。そういうお前こそ、勇者じゃなかったのか」


 デスクリムゾンに言われ、自分も変身した嘘つきであることを自覚する。


「あ、あの、その、フルグラといいます。現魔王です」

「俺の後輩ってわけだ。最初にストラリアで会ったときから、こうなるんじゃないかと思ってたよ」


 やはり、あのときも、今も、正体はバレていたのか。

 いや、そんなことより、話にまったくついていけない。現状をどう考えたらいいのか。


 敵側の魔物は、今は驚きで固まっているが、間もなく我に返り、俺達や町への攻撃を再開するのではないか。

 いや、俺が勇者ではないことが分かった今、攻撃は止まるのか。


 もし攻撃が再開された場合、戦力的にこちらが不利であることに変わりはない。

 変身していようがいまいが、戦力に変化はないのだ。そして町中まちじゅうあふれるほどいる、圧倒的多数の魔物。俺達5体だけでは、どうあがいても撃退できないだろう。


「こうなった以上しかたない。反撃開始といこうか」


 デスクリムゾンは自信たっぷりに言い放った。


 この自信はどこから出てくるのだ。実際、ついさっきまで殺されかけていたのだ。戦力差は、そのときから何も変わっていない。


「安心しろ。あっちの魔物のほとんどは、俺の仲間だ」


 俺の不安を読み取ったのか、町の奥へと視線を投げて、デスクリムゾンは言った。


「どういうことだ!」


 上空からシリアルキラーが言った。

 その気持は痛いほど分かる。俺だって、今まさにそう思っている。


「この町の人間の多くは、変身した魔物だったってことだ」

「ええ!」


 俺とシリアルキラーの声が同時に響いた。


「誰かが、トゥルーの鏡で、町中まちじゅうを照らしやがったんだろう。面白いことをしてくれるじゃないか」

「な、なんのためにそんなことを」


 俺は、まとまらない思考のまま、問うことしかできなかった。


「話はあとだ。まずはこいつらを殲滅せんめつしよう」


 そう言って、デスクリムゾンは町の奥の魔物の群れに命令を出した。


「やれ!」


 その声を合図に、町の奥では魔物達の乱闘が始まった。正直、俺から見ると、どの魔物がどちら側の軍勢なのかが分からない。

 その乱闘の中、一部の魔物は、数少ない人間に戦禍が及ばないよう保護し、避難させるのに専念している様子だった。


「ちょ、ちょっと待て! お前ら、退けい!」


 上空からシリアルキラーが慌てて指示を飛ばす。その声を聞き、一部の魔物達は町の外へと逃げ始めた。


 デスクリムゾン側の魔物は圧倒的な数を誇り、逃げ遅れたシリアルキラー側の魔物達は、1 体残らず八つ裂きにされた。


 ひとまず町を救うことはできたらしい。これで一安心といいたいところだが、理解不能の状況を前に、俺は途方に暮れていた。

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