第40話 閃光

「あなたは……」


 俺はそこまで言い、言葉に詰まった。

 俺は、この薄汚いローブの男を知っている。


 過去に、ここ、ストラリアで、会って話をしたことがある。そのときは、俺の変身技術が未熟であったため、俺が魔物であることが、あっという間に見抜かれてしまったのだ。


 今は完璧に変身できているはずなので、俺が魔物であることはバレてはいないと思うが、フレークという名前を使い続けたのは失敗だったかもしれない。

 以前、彼と話をしたときに、俺はフレークと名乗ったのだ。


「俺は、クレナイ」


 彼は、顔を俺のほうに向けずに、前方の赤鬼を見え据えたまま言った。


 そう。あのときも、彼はクレナイと名乗った。


「俺は……フレークといいます」


 自然に返そうとしたが、つい、名前を言うのを躊躇ちゅうちょしてしまった。


「知ってるさ。世界を救った勇者様だからな」


 そうだった。勇者フレークの名は、今や世界中にとどろいているのだ。今さら、名乗ることを躊躇ためらっても意味がない。

 そんなことよりも、町の危機をどうにかしなければ。


「クレナイさん。協力の申し出、感謝します。一緒に町を守りましょう」

「敵の数が多すぎる。俺1人が協力したところで、どうなるものでもないかもしれないが」


「やれ」


 上空から降ってきた、その声を合図に、赤鬼達が襲いかかってきた。


 俺を含めた4人のパーティは、目の前の赤鬼と戦うことになった。クレナイは、その奥にいる、先ほど、女性に右フックを止められた赤鬼に向かっていった。

 こちらは4対1だ。まず負けることはないだろう。だが、クレナイは1対1。大丈夫だろうか。


 心配している間もなく、ザクロが前に飛び出て、空中に飛び上がり、右手に持った巨大な斧を、勢いよく右へ振り抜いた。

 斧は、赤鬼の左膝、その内側を切り裂き、そのまま膝を外側へとぶち折った。


 にわかに、左足の支えを失った赤鬼は、バランスを保てず前のめりに倒れかけた。


 すると、ベリーも前に躍り出て、ゴテゴテの装飾が付いたメイスで、赤鬼の右膝を打ち砕いた。


「ぐぎゃあああああ!」


 両足が奇妙な方向に折れ曲がった赤鬼は、そのまま前のめりに倒れたが、両手を地面につくことで、顔から地面に激突することを、かろうじて防いだ。


 これも結構、としてはグロい。しかし、ある意味、新鮮な光景だ。

 今まで、勇者パーティが瞬殺されるところしか見てこなかったので、一撃で勝負がつかない戦いを見るのは初めてだ。

 さらに、魔物が攻撃されているのを見るのも初めてだ。


 両足がへし折れるというのは、HP 的にはどういう扱いなんだろうか。

 エンカウント制のバトルというのは、本来こういう感じなのか。


 いや、そんなことよりも、人間と魔物の和平を望む俺が、ここで、この赤鬼を殺してしまっていいのだろうか。


 悩んでいる俺をよそに、パーティメンバーは確実に攻撃を繰り出していく。


 パインが、俺の横を駆け抜けかと思うと、赤鬼の顔面近くまで跳び上がり、七色の宝石で装飾された杖で、赤鬼の額を打ち上げた。


 両手で体重を支えながら、苦痛にあえいでいた赤鬼の首が、背中側に不自然に折れ、次の瞬間には、その両手から力が抜け、赤鬼の身体からだは崩れ落ちた。

 その目からは、完全に生気がなくなっている。


「あー、殺したー!」


 俺は、つい叫んでいた。


 着地した直後のパインが俺のほうへと振り向いて言う。


「え? 殺しちゃまずかった?」


「いや、まあ、なんというか、人間と魔物が仲良くできたらいいなあなんて思ってたんだけど」

「あいつらが襲ってくるだからしかたないでしょう。それに、わたし達は、人間じゃないしね。魔物同士なら仲良くなくてもOKじゃない?」


「いやあ、そういうわけにも――」

「じゃあ、黙って殺されろというのかえ?」


 ザクロも俺に問いかけた。


「余計なことは考えないの。今は、町を守ることに集中なさい。悪い魔物はいくら殺しても大丈夫よ。勝てば官軍なの」


 ベリーが諭してくる。


 ベリーの思想はやや過激な気もするが、たしかに、今は町を守ることを優先しなくては。


 ふと、クレナイのほうを見ると、何をどうしたのか分からないが、赤鬼を縦に一刀両断しているところだった。

 真っ二つに分かれた巨体が、左右に開きながら倒れていく。


 クレナイは、民家にもたれかかった赤鬼の半身を凝視ぎょうししていた。その仕草が、どこか心に引っかかった。

 まだ生きているんじゃないかと警戒しているのか、それとも、何か不審なことがあるのか。


「クレナイさん! すごいですね」


 俺はクレナイに駆け寄りながら言った。


「妙だな。死体が消えない」


 クレナイは、自らが倒した赤鬼の死体と、パインが倒した赤鬼の死体を交互に見やりながらつぶやいた。


「あんた、あっちの赤鬼も殺したんだろ?」

「はい。あの金髪のパインが殺しました」


 なんとなく、パインが殺したことを強調しておいた。


 しかし、そんなことをいぶかしんでいる間にも、町の入り口から、新たな魔物が続々と入ってくる。

 俺とクレナイは、すぐさま町の入り口へと向かい、封鎖を試みる。




 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 俺も、ザクロ達も、クレナイも、町の入り口で、押し寄せる魔物の群れと戦っていた。


 気づけば、俺達とクレナイは、5 人で 1 パーティのようになっていた。敵は、後から後から押し寄せ、大小併せて 10 体ほどの魔物が一斉に襲いかかってくる。


 何かがおかしい気がする。

 これは、本当にエンカウント制のバトルだろうか。


 そんなことを考えていても、事態は解決しない。


 敵の攻撃は四方八方から同時に襲いかかり、防ぎきれない。俺の身体からだにも確実にダメージが蓄積しているのが分かる。ザクロ達も、クレナイも同様だろう。

 まずい、このままではもたない。合間合間に、パインが回復してくれているが、MP が無限にあるわけではないのだ。


「フレーク! まさかヘバッたんじゃないだろうな。戦いはこれからだぜ」


 クレナイが言ったが、おそらく強がりだ。


 いつしか俺達は、じりじりと後退させられており、町の入り口からは大量の魔物が流れ込んでくる。

 何体もの魔物が町の奥へと進んでいく。そいつらを止めようとするも、他の魔物に阻まれてしまう。

 程なくして、俺達は、多数の魔物に取り囲まれ、袋叩きにされた。もう、魔物達を止められない。


 くそ! ここまでなのか! まさか、こんな結末なんて……。


 そのとき、どこかで何かが光った気がした。

 一瞬のきらめき、閃光が町の中を駆け抜けたように見えた。


 気づくと、周囲の魔物達の身体からだが、みるみる小さく縮んでいった。

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