第二部
第39話 応戦
俺は、しばらくの間、空を見上げたまま
「勇者フレークを始末しにきた。町の人間どももまとめて皆殺しだ」
上空から、大魔王シリアルキラーは言った。
俺を始末しに来ただと。さらに、町の人間も?
思考をまとめるのに必死だったが、絶え間なく鳴り響く重低音に気づき、ふと我に返った。
音は次第に大きくなり、地面を揺るがす。それに呼応するかのように、町のあちこちから、悲鳴や怒号が聞こえてきた。
この音は、大魔王の軍勢が、攻めてきたということなのか。
「町の入り口に向かうぞ!」
俺は、ザクロ達に向かってそう言うと、走り出していた。勇者フレークの姿で。
「その姿になっちゃっていいの?」
パインが後ろから問うてくる。
「構わない! あいつの狙いは俺らしいからな!」
走りながら後ろを振り返ると、ザクロ達も、それぞれ戦士、僧侶、魔法使いの姿になり、ついてきていた。
重低音は、かなり近くから聞こえる。間断なく聞こえることから察するに、かなりの数の魔物が迫ってきている。いや、もう町の中に入ってきているかもしれない。
走りながら左右を見回し、念のため、町の壁の無事を確認する。大魔王の軍勢は、壁を破壊して侵入してきてはいないようだ。
であれば、やはり目指すは町の入り口だ。
いくつかの建物の間を通り過ぎて
大通りまで走り出て、町の入り口のほうへ目をやると、こちらに向かって駆けてくる人々の向こうに、魔物の大群が見えた。
全身が真っ赤で、頭に2本の
まずい。入り口で食い止めることができれば、当分の間、魔物の侵入を防ぐことは可能だっただろう。マサムネが、勇者達を封じ込めたように。
なぜなら、この世界はエンカウント制バトルだからだ。
だが、すでに町の中にまで侵入されてしまっている。この状況では、今から侵入を止めることは難しい。侵入を止めるべく、町の入り口へ向かっても、途中で他の魔物と戦闘になってしまい、その間にも、続々と侵入を許してしまうことになるだろう。
それでも、戦うしかない。ほかに選択肢はなさそうだ。
俺は、人々の避難の邪魔にならないよう、大通りの端へ寄り、町の入り口へと走った。
町の入り口付近で、赤鬼が、逃げ遅れた、商人風の男性のすぐ背後に迫り、右足を高く持ち上げた。
踏み潰す気だ。
くそ。この距離では、助けられない。町の中ではワープも使えない。
目の前で、魔物に人間を殺されてしまったら、アキナに合わせる顔がない。なんとかならないのか。
考えを巡らせたが、俺には、走ることしかできなかった。
頼む。なんとか間に合ってくれ。
しかし、俺の、祈りにも似た思いも虚しく、赤鬼の右足は、地面を突き刺さんばかりの勢いで、男性を踏みつけた。
赤鬼に背を向けていた、その男性は、おそらく何が起きたのかも分からなかったであろう。走っている最中に、頭上から圧力を受け、うつ伏せの格好で地面に倒れこみ、そのまま巨大な足の下敷きとなった。
鈍い音が鳴り響き、踏みつけた赤鬼の足と、地面との間には、ほとんど隙間がなくなっていた。
くそ! 間に合わなかった!
自分の無力さに苛立ち、先ほどの赤鬼から目をそらすと、別の赤鬼が、やはり逃げ遅れた初老の女性に、襲いかかるところが見えた。
「助けてえええええ!」
弱々しい悲鳴を上げる女性に、無慈悲な
やめてくれ。これ以上、人間を殺さないでくれ。
赤鬼の右
再び、鈍い音が響き、女性は血まみれになりながら、腰が逆に折れて吹っ飛んだ、と思ったが、そうはならなかった。
女性は吹っ飛ばされてはおらず、
俺は、何が起きたのか分からなかった。
赤鬼のほうも困惑顔だ。それはそうだろう。余裕で振り抜けると思っていたはずの右フックが、か弱き人間ごときに止められてしまったのだから。
「助けてえええええ!」
女性は、再び弱々しい悲鳴を上げながら、こちらへ駆けてきて、町の奥へと逃げていった。
赤鬼も、黙ってそれを見ていた。
いったい、何が起きているんだ。
混乱しながらも、走り続けていた俺は、先ほど、男性を踏み潰した赤鬼のすぐ近くまで来ていた。
赤鬼は、まだその場から動いておらず、その巨大な右足を、男性の遺体の上に乗せたままであった。
赤鬼は、俺を見下ろしながら、微笑を浮かべているように見える。が、次の瞬間、その顔に
何ごとかと思ったそのとき、俺の目の前で、赤鬼の右足がゆっくりと持ち上がった。足の下では、男性が、腕立て伏せのような姿勢で、
赤鬼の右足は、男性の腕力に逆らうことができず、徐々に持ち上がっていく。両腕を伸ばしきった男性は、片足を地面に立てると、無理矢理上体を起こし、立ち上がっていく。
赤鬼は、右足に体重をかけようと、前かがみになるが、男性が立ち上がるのを止められない。両足で立ち上がった男性は、両腕を頭上にやり、自身を押さえつけている巨大な足裏を、横方向へと払いのけた。
重心を横にずらされた赤鬼は、バランスを崩して転びそうになるが、なんとか踏みとどまった。
「ひええええ。助けてくれええ」
男性は、雄々しい悲鳴を上げながら、俺の横を駆け抜け、町の奥へと逃げていった。
なんだ、これは。
いったい、どういうことなんだ。
俺の目の前で、赤鬼2体は、いまだ困惑顔だ。
上空で一部始終を見ていたはずのシリアルキラーも、逆光で表情は読めないにもかかわらず、困惑している空気を感じる。
「これ以上、町の人間に手は出させない!」
状況がまったく飲み込めなかったが、俺は、精一杯勇者らしく、赤鬼達の前に立ちはだかって言った。
「共同戦線といこうか」
声のしたほうを見ると、いつの間にか俺の横に、黄土色の薄汚いローブで全身を包んだ男が立っていた。
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