第38話 亀裂

「そなたらは、一体、何ものなのじゃ」


 王は、目を細めながら言った。その、すぐ背後には、見張りの兵士が2人、こちらを向いて立っている。

 先ほど話したほうの兵士は、祈るような表情で、俺を見つめている。


「何ものと言われましても、勇者フレークと、その家族としか」


 俺は、立ち上がって答えた。

 王は表情を変えない。


「そなたら……人間ではないのではないか?」


 いやー、ばれてるー。

 

 なんと答えるべきか。

 そうなんです。実は魔王なんです、などと言えるわけがない。


「なぜ、そう、お思いになるのですか」


 これが、限られた時間の中で思いついた、精一杯の回答だった。王の質問に対し、質問で返すのは失礼にあたるかもしれないが、やむを得まい。


「王には、王の世界があっての」


 曖昧あいまいな返答だ。

 やはり、王が管理している、戸籍のようなデータがあって、そこに俺らの名前がないということだろうか。


 考えを巡らせている間に、王が、その顔に笑みを浮かべて、再び口を開く。


「じきに、結論は出る。知っておるか。この世界には、真実の姿を写す、トゥルーの鏡と呼ばれる鏡があることを」

「名前だけは、耳にしたことがあります」


 平静をよそおって言ったものの、内心は軽いパニックだ。

 トゥルーの鏡を持ってくるつもりか。


 これはまずい。

 そんなものを持ってこられたら一発アウトだ。言い逃れようもない。


 それどころか、鏡に写された途端に、変身が解けて圧死などという最悪のケースもあるのではないか。

 いや、それはないか。よく考えたら、そんなことが原因で、ボスが死ぬ RPG など見たことがない。

 しかし、俺はすでに、普通の RPG から、かなり逸脱したことをしており、そのせいで、この世界も歪んでしまっている可能性がある。不安は払拭ふっしょくできない。


 王は、しばらく俺の顔を見ていたかと思うと、突然、大きな声で笑いだした。そして、背後の兵士に何やら指示を出す。


 兵士は、腰に着けていた鍵束かぎたばを手に取り、その中の1つの鍵を、俺らの鉄格子の鍵穴に差し込み、回した。

 ぎい、という音を立てて、鉄格子が開く。


 この状況で、なぜ、鉄格子が開くんだ。

 状況が飲み込めない俺に向かって、王が言う。


「出るがよい」


 一体、何がどうなっている。


「トゥルーの鏡を持ってくるのではなかったのですか?」

「そうしてほしいのか?」


「いえ」


 この王は、何を考えているんだ。


「俺達が、怪しいものではないと証明されたのでしょうか」


 王は、厳しい表情でこちらをにらむ。


「まだ分からぬのか」


 何も分からない。どういうことなんだ。


 王が、ため息をつきながら歩み出て、牢の中まで入ってくる。

 動けないでいる俺の、すぐ目の前までやって来たかと思うと、俺の耳元に顔を近づけて、たしかにこう言った。


「わしも、人間ではないのじゃ」


 王の発した言葉を理解するのに、しばらく時間がかかった。


 なんだって。

 王が、自分は人間ではないと言ったのか。

 王の発した声は、小さかったものの、2人の兵士にも聞こえていたはずだ。しかし、兵士達は平然としている。兵士も、その事実を、当然のこととして知っているのか。


 俺の耳元で、王が、ふたたびささやく。


「まったく、世話の焼ける魔王様でちゅね」


「……!」


 こいつ、まさか……。


「シロポン、なのか」


 王は、一歩下がって、にやりと笑った。

 ということは、後ろの兵士もノッペランなのか。


 ということは、どういうことだ。いつ入れ替わったんだ。いや、兵士達に関しては、入れ替わる時間などなかったはずだ。


 そう。たしかに俺は、以前、ノッペラン達に指示を出していた。全員、世界中の町や村に散って、潜入するように。

 最初は、情報収集がメインだった。俺がフレークとして、魔物退治の芝居を始めてからは、フレークの噂を広める役割もこなしていたらしい。

 ノッペラン達への指示は、ブランに任せていたため、正直、こいつらの存在を忘れかけていた。


 こいつらは、とっくに兵士に化けて潜入していたということだろうか。


「一応、確認するけど、ストラリアの王が、元々お前ってわけじゃないよな」


 王は悲しそうな顔で口を開く。


「そんなわけないじゃないでちゅか。魔王様は相変わらず思慮しりょが浅いでちゅね」


 この口の悪さ。もはや懐かしい。


 王は真剣な面持ちを作って言う。


「早く行ったほうがよいぞ。そんなところに突っ立っているひまはない」


 お前のせいで、混乱してるんだよ。

 それに、本当に時間がないなら、さっさと正体を明かして、鍵を開ければよかったのに、無駄な小芝居しやがって。

 こいつ、絶対、俺の反応を見て楽しんでたんだ。


「行こう」


 後ろを振り返り、ザクロ達に言った。


「くそ。助かったよ。ありがとう」


 腹立たしいが、助かったのは事実だ。


「気をつけるのじゃぞ」


「お前もな」

「要らぬ心配じゃ。そなたとは、ここの出来が違うのでな」


 王は、緩やかに曲げた人差し指で、自分の頭を2回叩いた。


 急いで階段を駆け上がりたいところだが、その前に。


「変身したほうがいいんじゃない?」


 後ろからパインが言った。


「ああ。兵士になろう」


 俺らはこれから逃亡するのだ。フレークパーティの姿のままでいるのは、リスクが高い。

 4人全員、兵士に変身し、何食わぬ顔で地上へ出た。

 どうやら、現在は昼らしく、頭上から太陽光が降り注いでいた。


 城の外壁に沿って進み、町へと向かう間、誰ともすれ違わなかった。これも、シロポンの想定通りなのだろうか。

 堀にかけられた橋を渡る際に、城門脇の番兵に見られたが、特に気にはされなかった。


 無事、町の中に入った俺らは、人目ひとめにつかないよう、裏通りへ行き、建物の隙間に身を隠した。


「町の中では、兵士姿が逆に目立つな。町民にでも化けるか」


 どんな姿に変身するかを話していると、ふと、あたりが暗くなった気がした。建物の陰に入ったとはいえ、この暗さは普通ではない。


 はっとして、頭上を見上げると、町の上空に何かが浮かび、太陽光をさえぎっている。

 それは、黒いローブのような服をまとった、巨大な人型ひとがたの影だった。逆光のため、その大部分は、輪郭しか判別できない。


「私は、大魔王シリアルキラー」


 たしかに、そう聞こえた。


 俺は、上空の影を見上げながら、考えていた。

 あれは、なんだ。

 あんなものの登場は予定にない。ブランやブラックデーモンが化けているわけではないはずだ。となると、本物の大魔王なのか?

 でも、大魔王が居るなら、もっと前に、なんか情報共有があるものじゃないのか。


 魔王が倒されたと判断されて、急遽きゅうきょ、大魔王が現れたということなのだろうか。


 たしかなことは分からない。しかし、どうやら、俺の、一世一代の大博打おおばくちは、失敗したらしい。




                第一部 完

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