第37話 懐疑
なんだか、すごくまずそうな状況だ。扉が閉められたときから、嫌な予感はしていたんだが。
「これは、どういうことですか」
俺は、
「お父さん! 何これ。どうなってるの」
アキナが、怒気を含んだ声を上げた。
「世界を救ってくれた勇者に対し、このような扱いをすることは、まことに心苦しいのじゃが、理解してほしい」
理解? 何をだ。
考えている間にも、兵士達がにじり寄ってくる。
「ちょっと! フレーク達をどうするつもり!?」
アキナが、王に詰め寄る。
「少しの間、牢に入っていてもらうだけじゃ。このもの達が、怪しいもの達でないと証明されれば、すぐに釈放する。安心せい」
安心できなーい。怪しいものであることが証明されてしまう。
俺らを牢に入れている間に、何かを調べるつもりだろうか。
どうする。俺やザクロ達が本気で暴れれば、兵士をふっ飛ばして逃げることくらいはできるだろうが、殺してしまう可能性もある。
人間と魔物の平和を、などと言っておきながら、早々に兵士を殺してしまってはまずい。
「分かりました」
俺は、両手を挙げて、ゆっくりと立ち上がった。ザクロ達にも、余計なことはしないよう、目配せをする。
「フレーク!」
「大丈夫です。すぐに疑いは晴れますから」
自然な笑顔を
俺らは、おとなしく捕えられ、連行された。
連行される先の場所は、自然と分かった。城の東側にある地下牢だ。
以前、公開裁判前に、ミキモトが囚われていた場所だ。あのときは、地下への階段を兵士に
まさか、自分が牢に入れられる
前後を兵士に挟まれた状態で、階段を下りると、視界はみるみる暗くなっていく。一切、日が差さない地下牢では、数本のたいまつが弱々しい明かりを放っている。
階段を下りきって、左を向くと、3つの牢が並んでいるのが見えた。どうやら、左端の牢が空いているようだ。
牢が3つしかなくて足りるのだろうか。この町の犯罪事情はどうなっているのだろう。
まさか、犯罪者は、片っ端からすぐに処刑するから、牢は少なくても大丈夫、なんてことじゃないだろうな。
俺らを牢に入れる間、兵士達は一言も発しなかった。
俺の目の前で、重々しい鉄格子が、大きな音を立てて閉まった。
左端の牢に入れられたのは、案の定だったが、明らかに独房サイズだと思われるところに、4人ともぶち込まれたのは、少し意外だった。
トイレが不要であることなどを考えると、この世界では、このスペースに4人でも妥当ということだろうか。
俺は、試しに鉄格子を押したり、引いたりしてみた。が、びくともしない。どうやら腕力でどうこうできるものではないようだ。
RPG の世界で、勇者がどんなに強くなっても、扉をぶち破ったりはできないのと同じで、鍵がなければ扉は開かないのだろう。
鉄格子の、すぐ向こう側と、階段の前に、見張りの兵士がひとりずつ立っているのが見える。
うーん。これでは、ザクロ達と、今後どうするかを話し合うことはできない。声を潜めても、会話は丸聞こえだろう。
「わたし達が怪しいとか、失礼しちゃうわー。あの王様」
パインが、早速ぼやき出した。
「王様にも、事情があるのでしょう。あまり文句を言っては駄目よ」
「あたしがもう少し若かったら、色仕掛けでイチコロだったんじゃがのう」
こいつらの、自分達を人間と信じて疑わない力は、俺の中では定評がある。本当に、自分達がブラックデーモンであることを忘れているんじゃないかと不安になるほどだ。
なので、こういう無駄口を叩かせておく分には、特に問題はないだろう。
「イチコロってのは、王様が?」
一応、俺もザクロの話に乗ってみる。
「王もそうじゃが、周りの兵士達もじゃよ。昔は、あたしがちょっと悩殺すれば、みんな、その場で
「今でも、
むしろ、今なら。
俺は
「フレークは、分かっとるのう。どれ、ちょっと悩殺されてみるかえ?」
そして、皮肉も通じない。
「あら、それなら私だって、まだまだ」
ベリーがポーズを取り出す。
「もう、2人ともいい歳してみっともないなあ。わざわざ、悩殺しなきゃいけない時点で二流なの。わたしなんて、存在が悩殺だからね。フレークなんて、いつも、わたしのこと、いやらしい目で見てるもん」
いつもは見てないから。たまに見てるけど、中身が、
こいつらと話していると、あまりのバカバカしさに、笑いがこみ上げてくる。
「はは」
俺の笑いに、別の笑い声が重なった気がした。
ふと見ると、鉄格子の向こうの兵士がこちらを見て笑っている。
「みなさん、元気ですね。牢屋の中で、こんな楽しげにしてる人達は、初めて見ましたよ」
丁寧語で話してくれているのは、俺らが、まだ本物の勇者である可能性があるからだろうか。
「すみません。うるさくしてしまって」
一応、謝った。
そうだ。ここは牢屋なのだ。
「いえいえ。構いませんよ。あなたがたを見ていると、こちらまで楽しくなってきます。むしろ、勇者様を、このようなところに押し込めてしまって……」
「いえいえ。そちらも仕事でしょうから」
「申し訳ありません。一刻も早く、あなたがたの疑いが晴れることを、祈っております」
祈ってくれるのはありがたいが、順当にいけば、俺らにかけられている疑いは晴れない。なんせ、俺は魔王なのだ。
今、この瞬間にも、この兵士をだましてるのかと思うと、胸が痛くなる。
正体を隠さなければ、人間とろくに話もできないとは、なんと切ない話だろう。
こんなことなら、さっさと正体を現して、王に対して、正々堂々と和平を申し入れたほうがよかったのだろうか。
いや、もしそこで拒否されたらあとがない。それは最後の手段だ。
そんなことを考えていて、ふと思った。
もし、ここで変身を解いたら、どうなるのだろう。
壁や天井をぶち破って、元の姿に戻ることができるのだろうか。いや、壁や天井は微動だにせず、狭い空間の中で
そんな結末はないと信じたいが、絶対ないとは言い切れない。
実際、鉄格子は、力ではびくともしなかった。
魔王城は改築可能だったが、人間の城がどうなのかは分からない。圧死は充分あり得る。
変身を解くのは、このままだったら死ぬというくらい、追い詰められたときだけだな。
しかし、この状況をどうしたものか。ザクロ達と、延々、バカ話で時間を費やすわけにもいかない。どうにかして、ここから出なければ。
こうしている間にも、王は何かを調べているのだろう。もしや、この世界にも戸籍のようなものがあるのだろうか。もし、そんなものがあったら、一発だ。長引くほど状況は不利になる。
どれくらいの時間が過ぎた頃だろうか、ふと足音が聞こえた。
誰かが、階段を下りてくる。
見張りの兵士達に声をかけ、鉄格子の前までやってきた人物、それは、王だった。
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