第34話 屹立

「こんなところまで、よくきたな。ここはサイハテの町だ!」


 町の入り口で、中年男性は、そう言ってから、さらに決まり文句のように続ける。


「と言っても、最近は魔物が居なくなったおかげで、ここ、サイハテも、だいぶ来やすい場所になったみたいだがな」


「そうだね。ここに来るまでの間、本当に、魔物1匹、出なかったよ」


 ミキモトは応えた。


「やっぱりそうなんだな。今までに、何組もの勇者パーティが来たが、みんな同じことを言ってたぜ。フレークって勇者のパーティが、世界中の魔物を、皆殺しにしちまったんだろ」


「みたいだね。俺らが、今までに訪れた町の人達も、そう言ってた。町にフレークが現れて『この町の周辺の魔物は、俺らが倒します』って宣言したかと思うと、翌日、いや、早ければ数時間後には、本当に魔物が1匹も居なくなってたってさ」

「ああ。ここも同じだよ。フレークが現れて、『皆さん、安心してください』とかなんとか言ってたかと思ったら、本当に魔物が居なくなっちまった。まあ、ここの場合は、フレークが2回目に来たときだったが」


「へえ。2回目?」

「もう1ヶ月くらい前かね、最初にフレークが来たのは。父親を探してるなんて言って、ばあさんと、母ちゃんと、姉ちゃんを連れた、変わった勇者だったから、よく覚えてるんだ。そのときは、そんなに強そうなパーティには見えなかったんだけどな」


「2回目に来た時は?」

「見違えるようだったよ。結構、いい装備着けてたしな。そりゃ、ここまでの魔物を全部倒してるんだから、ゴールドはたんまり持ってるんだろうし。ただ、武器屋のおやじは、怒ってたけどな。へへ」


「それはまたなんで?」

「勇者達が、この町で買える最強装備を全身に着けてるってのに、おやじの店の装備品は1個も売れてねえんだと。ま、なんだかおかしな話ではあるよな」


「へえ。不思議だね」

「ああ。だが、俺らにとっちゃ、勇者がどこで装備品を揃えてるかなんてどうでもいいこった。あとは、さっさと魔王さえ倒してくれればね」


「フレークはもう魔王城に向かったの?」

「ああ。数日前だったかな。だが、まだ魔王を倒したって話は聞かないから、さすがに苦戦してるのかね。魔王城にはまだ魔物が残ってるみたいだし。あんたらも、もし行こうってんなら気をつけろよ」


「ああ、ありがとう。行くだけ行ってみようと思う」


 ミキモト達は、その後、サイハテの中を一通り回ってから、町の外へ出て、少し離れたところで待機していたマサムネ達と合流した。


「お待たせ」

「お帰りでさあ」


「やっぱり、この周辺の魔物も、フレーク達にやられちゃったみたい」

「そうかい。残念だねえ」


 マサミが応えた。


「ターリア地方にも、サイクロプス1匹、居なかったでさあ。みんな、やられちまったかと思うと、悲しいでさあ。うう……」


 マサムネが嗚咽おえつの声を漏らすと、マサミがすかさず、トックリを取り出し、マサムネの股間の下に差し入れる。


「お前さん、そんなに泣かれちゃあ、トックリが何本あっても足りやしないよ」

「うう。これが泣かずにいられるかってんでさあ。今夜もやけ酒でさあ」


「まったくもう。飲んだ分だけ出しちまうんだから」


 そう言いながら、マサミは、マサムネの涙で満杯になったトックリと、からのトックリを入れ替える。


「マサミ様も、律儀に、すべての涙を保管されなくても、よろしいのでは」


 控えめにレイジィが問いかけた。


「あたしは、男の涙は無駄にしない主義でねえ。1滴たりとも、地面にくれてやるつもりはないよ」


 マサミが不敵な笑みを浮かべた。


「さすが、主婦。たくましい」


 リージュがうなずく。


「でもなあ、マサムネの悲しみの涙で出来てると思うと、飲んでも、いまいち盛り上がれねえんだよな。あたいは、やっぱり楽しい酒が飲みてえな。それに、股間から出る、あのさまがまた、まるでション――」

「アイドラ! みんな分かってて黙ってることを、いちいち言わないの!」


「あたいは、隠しごとはしねえ主義なんだ!」


すっかりこなれた、リージュとアイドラのやりとりを聞いていた、ミキモトが口を開く。


「とりあえず、魔王城に向かおうか」

「わたくし達が行って、どうにかなるものでしょうか」


「フレークを止めるのは無理だろうな」

「では、何を?」


「フレークより先に魔王に会って、なんとか逃げてもらうくらいしかできないかもしれない。でも行かなきゃ。魔王まで倒されたら、マサムネ達も消えちゃうんだろ」


 ミキモトの言葉に、マサムネ達がうなずく。


「そうでさあ。フルグラ様が倒されたら、あっしら魔物は終わりでさあ」


 ミキモト達は、高山に沿って西へと進み、洞窟に入った。

 洞窟は簡単な一本道の構造になっており、中には、やはり魔物1匹おらず、難なく通過することができた。


 地上へ出た途端、ミキモト達の視界に、とんでもないものが飛び込んできた。


「あ、あれが……魔王城?」


 パーティメンバーを振り返るミキモト。


「みたい、ですわね」

「うわ。見るだけで、うんざり」

「おいおい、マジかよ」


 ミキモト達が見たものは、天高くそびえる、塔と形容したほうがよさそうな、高層の建造物だった。


「あそこにフルグラが居るの?」


 ミキモトは、改めてマサムネに問いかけた。


「だと思うでさあ。でも、あっしも、魔王城に来たことはないから、たしかなことは分からないでさあ」


 地上にも魔物の姿はなく、東に見える魔王城らしき建造物まで、ミキモト達は、容易に近づくことができた。

 建造物に近づくにつれて、地響きのような音が大きくなる


 建造物の入り口付近には、勇者パーティらしき集団が2組、居た。


「あのー、ここが魔王城?」


 ミキモトは、地響きに負けないよう大声を張り上げて、どちらにともなくたずねた。


「ああ、そうだ。ここの最上階に魔王が居る」

「60階まであるらしいぜ」


 2人の勇者は、魔王城の入り口をにらんだまま、大声で答えた。


「60階!? そんなに」


 言いながら、ミキモトは改めて魔王城を、上下に数回、見返した。


「かろうじて、城っぽいのは1階部分だけじゃないか。これ、明らかに、あとから上に塔を付け足したてるよね」


「まあ、魔王も必死なんだろう。フレークとかいう、化物ばけものみたいに強い勇者パーティが出て来ちまったからな。まあ、強いのは勇者以外の3人らしいが」

「世界中の魔物も全部やられちまって、ここが最後の砦だ。急拵きゅうごしらえの塔ってとこじゃないか」


「こんな縦長たてながの建物を、魔王城と呼んでいいものだろうか」


「いいんじゃないか別に」

「『魔王塔まおうとうに行ってきたぜ』じゃ、なんか格好つかないしな」


 そんな話をしている間にも、魔王城の中からと思われる地響きが鳴り続ける。


「この音はなんなの?」


「魔王城の中で、魔物が歩いてる音だよ」

「この中には、最重量級の、最強クラスの魔物がうようよしてんだ。そいつらの、足音の大合唱が、こうして外にまで響いてるってわけ」


「なるほど。で、みなさんは、ここで何を?」


「いやあ、ここまで来てはみたものの、どうしようかなと思ってね」

「ここでぐだぐだしてる間に、魔王城に挑戦した勇者達の話を聞き続けて数日経ち、情報だけは得て、今に至るってわけ」


 そう言った2人の勇者と、そのパーティメンバーは、全身、革か、せいぜい銅と思われる防具を着けており、ミキモトから見ても、魔王城に挑戦するには心もとない装備だった。


「運よく、最上階まで行けたやつも居るみたいだけど」

「結局、魔王に殺されてるから、運がいいんだかはよく分からないな」


「最上階に魔王が居るのは間違いないわけか」


 言ってから、ミキモトは、意を決したように息を強く吐き出した。


「よし。入ってみよう」


 後ろを振り返って言い、ミキモトは魔王城の入り口を閉ざしてる門へと近づいていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る