第33話 名声
実験は終了した。
今後は勇者が侵入できないよう、魔王城内部にたっぷりと魔物を配置した。
その後、ブランとカッカを相手に、綿密な打ち合わせを重ねてから、俺はチョーシの町へと戻った。
近くの林までワープで移動してから、町へと向かう。
ザクロ達と別れてから、数日が経過してしまった。あいつらは、上手くやっているだろうか。
前回同様、赤レンガの防壁に設けられた鉄門へ向かうと、遠くからでも、明らかに町の雰囲気が違うのが分かった。
町の外まで喧騒が
マックが勇者をやめたことで、勇者同士の殺し合いも収束し、町が本来の姿を取り戻したというところだろう。
門に着くと、前回と同じ兵士が門を開けてくれた。
「ああ、あんたはこの前の! ようこそチョーシの町へ! あんたが殺し合いを
思いがけず、興奮気味に話しかけられて、少し戸惑う。
「ああ、いえいえ」
無難な返事をしながら中に入り、町の中を見て驚いた。
目の前の大通りは、人で
外からでも活気は感じ取れたが、これほどとは思わなかった。
人の多さに気を取られていて気づかなかったが、よく見ると、あちこちに飾り付けがされており、祭りか何かの真っ最中のようだった。
「あんたのお仲間は、多分、広場に居ると思うぜ」
背後で、門を閉めながら兵士が言った。
この状況に、何か違和感を覚え、俺は兵士に返事をするのも忘れ、歩き出した。
人混みをかき分けながら、広場へと向かう途中、何気なく目をやると、建物の屋根から屋根へ、横断幕のようなものが渡してあり、そこに何かが書かれていることに気づく。
【老いてますます盛ん ザクロ様】
こ、これは。
歩を進めながら、見回すと、あちこちに似たようなものがある。
【炸裂する母性 ベリー様】
【全てを焼き尽くす美貌 パイン様】
【お父さんはきっと見つかる フレーク君】
なんだ、これは。
しかも、俺だけ微妙に扱いが変だ。
なんで、町がこんなことになってるんだ。
いや、答えはひとつしかない。
群衆の隙間から、ちらりと見えた広場には、臨時のテーブルが設けられ、食べ物や酒が振る舞われているようだ。
「フレーク!」
なんとか広場近くまでたどり着いたとき、ふいに名前を呼ばれた。
見ると、テーブルの脇で、パインがこちらを見ながら、高々と掲げたグラスを振っていた。
テーブル近くの群衆のざわめきが音量を増す。
「ああ、あれが……」
なんだか、人々が俺を見る目に、おかしなものを感じる。
俺は、そそくさとパインの
「ちょっと、これ、どうなってるの?」
語気荒く、パインに問うた。
「あんたが、なるべく多くの人に、わたし達の存在を知ってもらうようにしてって言ったんじゃなあい。だから、こうなったの! これで満足?」
赤ら顔で、笑いながら答えるパイン。ブラックデーモンも酒に酔うのか、酔っているふりなのか分からないが、いやに楽しそうだ。
たしかに、俺は、去り際に、ザクロ達にそのようなことを言った。俺が留守にしている間、チョーシの人達となるべく話して、俺らの評判を広めておいてほしい、と。
フレークという勇者が率いる強力なパーティが、魔王討伐に乗り出す。その情報を広めることで、人々に安心感を与え、あたかも、魔王討伐は順調だと、世界中に知らしめようと考えたのだ。
ところが、いざチョーシに戻ってきてみたら、なんだか思っていたのと違うことになっている。
「あのあと、町のかたがたが大勢出てきて、私達のことを、町を救ってくれた英雄だって言うものだから」
片手を頬に当てながら、のんびりと言うベリー。
「あとはもう、あたしの魅力で、みんなイチコロというわけじゃよ。あたしも、罪な女じゃわい」
こいつらが何を言ってるのか、いまいち分からない。
「ちゃんと、俺らの評判は広めたの?」
「そんなこと、あたしらがするまでもなかったわい」
ニヤリと笑うザクロ。
「私達の戦いを見ていた、元勇者の皆さんが、町の皆さん相手に、それはもう雄弁に語ってくれたの。私達の強さを」
おっとりと微笑むベリー。
「おかげでもう、わたしのファンもできちゃって大変よお」
ためしに、俺も手を振ってみると、なぜか、失笑を返される。
「俺だけ、なんか評判おかしくない?」
「まあ、ほら、あんた地味だったから」
パインが、慰めるように言った。
そこへ、見覚えのある男達がやってくる。マックと戦った直後に、広場で出会った、元勇者の面々らしい。
「いやあ、ザクロ様のあの一撃はしびれたなあ。フルプレートの戦士が吹っ飛んだもんなあ」
「ふぉっふぉっふぉ。まだまだ、そこらの重装備だけが取り柄の戦士ごときに負けんわい」
右腕を曲げて、力こぶを見せるザクロ。
「ベリー様も、僧侶でありながら、人間を縦に両断するかのごとき打撃。おみそれしました」
「いえいえ。息子を守ろうと思ったら、つい力が入ってしまいまして」
「パイン様の、町ごと焼き尽くすかのような炎! すごかった。俺ぁ、パイン様の炎になら、焼かれてもいいと思ったね」
「あらあ、今ここで燃やして差し上げましょうか? うふふふ」
元勇者達は、ザクロ達を
「あの、俺は?」
「あー……」
先ほどまで
何だこの扱いの差は。
そこで、ふと気づいた。
俺は、マック戦で攻撃をしていない。
でも、何かひとつくらいあるだろう。
「あ、俺見たぜ!」
ある男が言い出した。
そうだ! 言ってやれ。
「相手の僧侶が風魔法を使ったときに、フレークはびっくりして、ザクロ様に抱きついてた!」
ええー。
しかも、それちょっと誤解。
「こやつは、むかしっからおばあちゃんっ子でのう。何かに驚くとすぐあたしに抱きついてくるんじゃ」
「おいおい。あまりザクロ様に迷惑かけるなよ」
その言葉に、周囲がどっと沸く。
くそが!
「俺、
元勇者達は顔を見合わせる。
「そんなことあったか?」
「いや、俺は見てねえ」
なんでそこは見てないの。
「ということで、わたし達の強さは充分広まってるから安心して」
パインに肩を叩かれた俺は、その場で崩れ落ちそうになった。
「そうだ。マックは?」
マックなら、俺が頭で斧を受けたこと、首でレイピアを受けたことを覚えているはずだ。なんとしても、証言してもらわねば。
「マックになんか用か? あいつ、あんたらとの戦いのショックで、軽い記憶喪失になっちまってるぜ」
答えたのは元勇者のトーマスだった。
「え、そうなんですか?」
「ああ。ここ最近の出来事はなんにも覚えてねえみてえだ」
「大変、残念です」
いや、本当に。
こうして、強力なパーティメンバーを連れた、へっぽこ勇者の評判が充分に広まったことを確認し、俺達は、チョーシの町を後にした。
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