第32話 着手

 勇者達は、たしかに、旧・玉座の間の中に入ってきた。しかし、俺は、ドラキャットの姿で、ここに横たわっている。

 ブランの話では、勇者が玉座の間に入ってくると、俺は、強制ワープをさせられ、変身も解かれ、フルグラの姿で玉座に座らされるはずなのだ。

 しかし、そうはならない。


「魔王が居ないぞ!」


 勇者達は、ご丁寧に、わざわざからの玉座の前まで行き、俺の不在を確認した。

 あの反応を見る限り、勇者達には、本物の玉座の間かどうかを見分ける能力はないらしい。その能力は、俺にしかないということか。


「玉座の間、移動成功ニャン」

「やったね!」


 アキナが、俺の頭をもみくちゃにする。


「ア、アキナのおかげニャン」

「そうよ。感謝しなさい」


 別部屋への通路を見つけた勇者達が、こちらに近づいてくる。

 俺は、アキナの膝枕から離れ、4本の足で身体からだを持ち上げると、アキナの前に歩み出た。


 部屋の入り口はデスデスが守ってはいるが、一応、俺もアキナを守る位置についていたほうがいいだろう。


 勇者が、デスデスの股越しにこちらを見る。


「アキナは渡さないニャン!」


 俺は、頭を低くして、毛を逆立て、威嚇いかくのポーズをとりながら言った。


「ドラキャット風情が笑わせる! 姫、この骨とネコを倒して、すぐに助けにいきます!」

「ああ、勇者様! わたしのことは捨て置いてください。わたしは、ここで、魔物の世話をして暮らします。魔王と、そう約束したのです」


 今回、アキナはウソは言わなかった。しかし、その言い方では、はいそうですかと納得してもらえるはずもない。


「おのれ魔王め! 力づくで、そのような約束を交わすとは卑劣な!」


 勇者達が剣を抜く。


「フルグラ様を悪く言うやつは許さないデス!」


 何かが、勇者達4人の前を、横一閃に疾走はしったかと思うと、4つの身体からだは、腰から真っ二つに切れて、回転しながら吹っ飛び、壁にぶつかる前に消滅した。

 勇者達が立っていた場所に、あとから突風が吹き荒れる。

 俺の目の前には、つるぎを右に振り抜いた体勢の、デスデスが立っていた。


 すごい。デスデスが戦っているところを初めて見た。なんて速さだ。こいつ、ちゃんと強かったんだ。


 俺は、威嚇のポーズを解き、尻をぺたんと地面につけて座った。


「デスデス。よくやったニャン。お前、初めて役に立ったんじゃないかニャン?」


 こちらに振り向いたデスデスは、身をかがめて、顔をぐっと地面に近づけた。


「ドラキャットに言われたくないデス! それに、お前のためにやったんじゃないデス!」


 えらい剣幕で怒られた。

 こいつは、俺がフルグラであることに気づいていないようだ。


 俺のことを悪く言うやつは許さない、か。一応は、魔王として敬愛されているようでよかった。


「デスデスちゃん、ありがとうー」

「アキナは、わたしが守るデス!」


 そう言ってデスデスは、再びこちらに背を向けた。


「えっへっへー」


 アキナが、にやにやしながら俺の顔を覗き込む。


「な、なんだニャン」

「あんた、さっき、なんて言った?」


「ニャン?」

「アキナは渡さない、とかなんとか」


 言った。極自然に言ってしまっていた。


「最初、勇者が来たときは、連れて帰ってよいぞ、とか言ってたよねえ」


 アキナは、俺の眉間を指でつつく。

 くそ。この女、完全に遊んでやがる。なんとか一矢いっしむくいたい。


「ごめんニャさい。アキナには、ここに居てほしいニャン」


 俺は、再びこうべを垂れた。


「しょうがないなー。もうしばらく、ここに居てあげる」


「アキナが居るから、俺は安心して外に行けるニャン。魔物達の世話を頼むニャン」

「まかせて!」


 アキナは、両手を腰に当てて、胸を張った。

 これから、魔王城の魔物はどんどん増える予定だ。いやというほど世話をしてもらおうじゃないか。


 旧・玉座の間の中に、ブランが現れた。


「フルグラ様。首尾はいかがでしたか」


 俺は、ブランの近くまで駆け寄った。


「成功だニャン!」


 ブランは、しげしげと俺を見下ろしている。


「……フルグラ様ですか?」


 もう変身は解いてもいいか。

 俺は、ありのままの姿へと戻った。


「強制ワープは発動しなかった。玉座の間の移動は成功だ」

「おお、素晴らしい」


 玉座の間は、移動できることが確認できた。であれば、これを利用して、ひと仕事やってやろうじゃないか。俺の、一世一代の大博打おおばくちだ。

 そして、俺が、これからやろうとしていることに、ブランの協力は不可欠だろう。


「ブラン」


 俺は、ブランに目配せをして、超空間へと移動した。

 色彩の薄くなった空間の中、俺の横には、すでにブランが居た。


「私は、人間との共存を目指そうと思っている」


 人間と魔物の共存。それは、俺とアキナの間で、勝手に取り交わされた話であり、ブランにとっては初耳のはずだ。


 魔王が人間との共存を目指す。その考えを、ブランはどう思うか。驚かれるのは間違いないだろう。それどころか、猛反対されるかもしれない。

 ブランに話すと気まずい感じになりそうで、今まで、なんとなく話せずにいた。


 しかし、ブランに隠しごとをしたままでいるのは、俺にとっても本意ではない。ブランには、すべてを聞いてもらった上で、協力してほしい。


「ほほう」


 あれ?

 ブランのリアクションが、思ったよりも薄くて心配になる。


「……もっとこう、なんと! といった反応をされるかと思っていたのだが」

「そういった話をされたのは、これが初めてではございませんので」


「なんと!」


 こんなことなら、さっさと相談しておけばよかった。


「歴代の魔王達の中にも、人間との共存を目指したものが居たのか。して、その魔王達はどうなったのだ」


 興奮して、つい聞いてしまったが、愚問だと気づく。


「私が知る限り、すべての魔王様方は、勇者に倒されています。こちらから和平を持ち出したところで、勇者達は聞く耳を持ちませぬ」


 そうなのだ。先に勇者達をなんとかしなければ、和平も共存もない。

 俺は、自分が考えている計画を、ブランに打ち明けてみた。


「なんと! そのようなご計画を!」


 うむ。今度は驚いてくれた。


「どう思う。上手くいけば、勇者達を殲滅せんめつできる」

「なんと大胆な。しかし、成功する保証はありませんぞ」


「たしかに、保証はない。しかし、やってみる価値はあると思わないか」

「うーむ。しかし、そのあとのことは考えておられますか?」


 さすがブランだ。俺も、そこに懸念はある。


「具体的な案はまだないが、勇者さえ殲滅せんめつしてしまえば、あとは時間をかけて、どうとでもなると考えている」

「心配です。フルグラ様は、少しアレでございますから、非常に心配です」


 アレってなんだ。


「お前の協力が必要だ」

「フルグラ様が、やるとお決めになったのであれば、喜んで協力いたします」


 ブランは最終的には、俺の言うことを聞いてくれる。それはありがたいのだが、実は、心中穏やかじゃなく、不満を溜めているのではないだろうかと心配になる。


 俺は魔王城の外へとワープし、カッカに声をかけた。


「これからもっと忙しくなるぞ。大改築だ!」


 俺の改築プランを伝えると、カッカは、その髭面ひげづらに笑みを浮かべた。


「フハハハハハ! それは面白い。吾輩わがはいの大工としての腕が鳴ります」


 本業は大工ではないはずなのだが、楽しそうなので、まあいいだろう。


「いけそうか」

「デスワームが、もっと要りますな」


「好きなだけ集めてもらって構わん。早晩、すべての魔物は魔王城に集結する予定だ」

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