第31話 吐露

「で、あんたは、何が憎くて、魔王なんてやってるの?」


 アキナが、俺の頭を撫でながら言った。


「いや、気づいたら魔王になってただけで、別に、誰を憎んでるわけでもないんだニャン」


 つい正直に言ってしまったが、大丈夫だっただろうか。魔王の生い立ちが、こんなことでいいのだろうか。


「そうなんだ。千年前に封印された恨み、今こそ晴らしてやるぞ! みたいな感じかと思ってた」


「そういうのはないニャン」

「へー。魔王ってそんな感じなんだね。わたしが、人間を殺さないでって言ったとき、やけにあっさり納得したから、なんか変だなって思ったのよね」


「俺が、特殊なんだと思うニャン。普通の魔王は、人間に対する恨みとか、過去の因縁とか持ってるものだと思うニャン」

「急に魔王になって、どう思った?」


 アキナは、俺の言っていることを信じてくれているのか、とても素直な質問をぶつけてくる。それとも、俺の発言に破綻がないかを探っているのだろうか。


「最初は、びっくりして、わけが分からなかったニャン。ただ……」

「ただ?」


「魔物達を助けたいって思ったニャン」

「それは、あんたが魔王だから、魔物を助けたいってこと?」


「それもあるのかもしれないニャン。でも、それ以上に、魔物達が不憫ふびんだったニャン。俺が、魔王としてこの世界に生まれたとき、ブランが言ったニャン。魔物は、今までに何回も勇者に滅ぼされてる。どうせ、今回も滅ぼされるに決まってる。それが運命だって。それを聞いたとき、俺が、こいつらを助けてやらなきゃって思ったニャン」


 俺が、今までプレイしてきた RPG の中で、当たり前のように滅ぼしてた魔物達が、こんな思いでいたのかと思うと、罪悪感を覚えたんだ。


「ブランは、過去に何回も滅ぼされた記憶があるってこと?」


「多分そうだと思うニャン。ブランだけじゃなく、他の魔物も多分、記憶があるニャン。いろんな魔物から、フルグラ様は変わった魔王だって言われたニャン。いい意味なのか悪い意味なのか分からないけどニャン」


 これを聞いて、アキナは、くすっと笑った。

 この笑いもまた、いい意味なのか悪い意味なのか分からない。


「わたし、過去の記憶ってないのよね」


 意外な発言だった。

 魔物達は、歴代の魔王のことを記憶しているようだったので、人間も、もしかしたら勇者もそうなのだと思っていた。


「あ、もちろん、ここ最近のことは覚えてるわよ。でも、前回の魔王がどうだったとか、昔の勇者がどうだったとかって全然知らないの。お城の人達は知ってるみたいで、よく、過去のことを教えてもらったけど、いまいちピンと来ないのよね。そういう意味では、わたしもあなたと一緒ね。気づいたら、ストラリアで姫をやってた」


 過去の記憶を持っているものと、持っていないものが居るのか。


「ストラリアの姫になる前の記憶は、一切ないニャン?」


 この質問は危険だと分かっていながら、せずにはいられなかった。もしかしたら、アキナも、俺と同じように、別の世界から来た可能性があるのではないかと思ったのだ。

 そして、そうであってほしいと望む自分が居た。


「うーん。ないなあ」


 しかし、それははかない望みだったようだ。そして、次の質問は当然こうなる。


「あんたは、魔王になる前の記憶ってあるの?」


「はっきりした記憶はないニャン。でも、俺は、ここと似たような世界を、外側から見ている存在だった気がするニャン」

「外側から見てるって、どういうこと?」


「いろんな勇者が、いろんな魔王を倒すところを、何回も、もしかしたら何十回も見てきたニャン」

「それは、この世界の過去を全部見てきたってこと?」


「分からないニャン。俺が見てきたのが、この世界の過去なのか、それとも、全然違う別世界のことなのか……ニャン」


 ここに関しては本当に分からない。この世界は、俺がプレイしたことのある RPG の世界なんだろうか。

 勇者と魔王が登場する RPG なんて、やまほどあるし、俺がおかしなことをしたせいで、この世界は、すでに変わってしまってるような気もするしで、確かめようがない。

 だが、少なくとも、フルグラなんて名前の魔王が登場する RPG を、俺は知らない。


「……もしかして、あんた神様みたいな存在だったの?」


 ここが RPG の世界であるならば、その開発者こそ神と呼ばれる存在なのだろう。しかし、おそらく、アキナのいう神は、それとは違う。

 ストラリアには教会があった。あそこには神父がいるはずだが、まさか開発者に祈りを捧げているわけではあるまい。信仰の対象となる神は別に居るのだ。


「まさか。もし俺が神だったら、もっと手軽にいろんな問題を解決してるニャン」

「あは。それもそっか。神様だったら、自分のことをお兄ちゃんて呼ばせるのなんて、簡単だもんね」


 根に持つな。


「そうニャン。今頃、俺を兄と慕う女の子で、世界中が埋め尽くされてるニャン」


 ふいに、右頬をひっぱたかれた。


「あんたが、神様じゃなくてよかったわ」


 冗談っぽくごまかすことができたが、アキナには、俺が言っていることが、正確には理解できていないだろう。

 しかし、ことこまかに、すべてを説明する気はない。

 すべてを説明すれば、あなたは、RPG という玩具の中に登場する、別世界の人間を楽しませるための、いち登場人物なんですよ、という宣告になってしまう。


 たとえそれが事実だったとしても、アキナには、言いたくなかった。


「俺は、たくさんの勇者を見てきたから、勇者の弱点も知ってるニャン。勇者を滅ぼして、魔物と人間が平和に暮らせる世界を作ってみせるニャン」

「楽しみにしてる」


 それからも、アキナと、とりとめのない話をした。


 ああ、アキナの言う通り、こんな時間が続くのも悪くない。そう思った。


 どのくらいの時間が経過した頃だったか、ふいに旧・玉座の間の扉が開き、勇者達と思われる4人パーティが侵入してきた。


 俺は、デスデスの大きな股の間を通して、それを見ながら、強制ワープが発動しないことを確認した。

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